ガードレールに腰かけてる(8/9)

「じゃ、次のバイト先でもゴウダさんをガードレールに座って待ちますよ」

反対車線を走る車がヘッドライトを消して都心に向かっていく。

夜から朝へのグラデーションの中、しばらくの間、ラジオのDJだけが岡田と朋恵に語りかけ、車は別の高速道路に入って二十分ほどでインターチェンジを降りた。

道端に生い茂るススキが朝の陽射しで黄金色に彩られ、民家の屋根の連なりが東京から離れたことを知らせている。

運転席側の半分開いたウィンドウから、あさまだきの風が潮の匂いを運んできた。

海が見えた。

深呼吸して、朋恵は目を細める。

岡田が車の停める場所を探し始めると、寝起きの江本が運転席と助手席の間に顔を出して、流行(はや)りの歌をハミングした。海岸沿いの道で犬を連れた老人とすれ違い、車は歩く程度のスピードまで減速していく。

「やっほー!着いたぜぇ」

道路標識のそばでエンジンが止まり、雄叫びをあげた江本がいち早く外に出て伸びをする。

波音に誘われ、岡田のジャンパーと江本のダウンジャケットと朋恵のコートが水際へと近づいていく。岡田の右手にあるポップコーンの袋以外は、三人の手をふさぐものはない。朋恵は両手をポケットに入れて、背中を丸めた。

「もうすぐ冬だな……」

言ってから、岡田は潰れたビール缶を蹴った。干涸びた海草の周りで、捨てられたビニール袋やティッシュが風化を待っている。

鼠色と白色の折り紙を切り貼りしたような雲の縁(へり)では、太陽がオレンジ色の光を落とし、斑(まだら)にきらめく海原が沿岸から遥か遠い位置で一隻のタンカーのシルエットを留めていた。

岡田を真ん中にして、波打ち際に並ぶ。

群青の絨毯が上下に鈍く弛くうねりながら三角波を作り、朋恵の足下で、水分をたっぷり含んだ砂が微細な泡の集まりを呑み込んでいく。

人気(ひとけ)のない空間で、街中では見かけない鳥が三人の眼前を軽やかに横切っていった。

強い風が朋恵の髪をなびかせる。

「いいカンジだっ!」

とおりのいい声で、岡田がひとつかみのポップコーンを宙(そら)に放る。

大きな粒は真下に落ちたが、大半が強い風に乗って、海の上を駆けていった。

パートナーの手中から、今度は江本が頭上高くにポップコーンを撒いた。勢いを増した風に煽られ、桜の花びらみたいに鮮やかに散っていく。

近くの水面に浮いた粒が流れに乗って戻ってくると、朋恵はパンプスを濡らさないよう後ずさり、よろけそうになったタイミングで岡田からポップコーンの袋を向けられた。迷うことなく、ふたりよりも少ない量を投げてみる。力を込めて、できるだけ遠くに。

しかし、微妙な風向きの変化で、いくつかのポップコーンが舞い戻り、朋恵の顔に触れた。

「こう投げるんですよ。風を測りながら」

腕の振りを水平線と平行にするモーションで江本がお手本を示す。

つかの間の風に乗ったポップコーンは、さまざまな個体が複雑な曲線を描きながらそれぞれに落下して、降り始めた雪みたいに海の上に落ちていった。

「鬼は外ー!」

突風のタイミングで、岡田がもう一度放つ。

いくつもの粒が朋恵の目の前からいっせいに離れていく。

「ジョーシキのバカヤロー!」

突然、海に向かって、岡田が叫んだ。

打ち寄せる波がその音を何事もなくさらっていく。

「オトコが好きでわりいかぁー!」

両手をメガホンにした江本の大声に、パートナーの岡田が体をくの字にして笑った。

順番を意識した朋恵が空気を肺いっぱいに吸い込んで、頬を膨らませる。

「おーい、俊哉ーー、わたしはー、ずっーと、待ってるぞー!」


(9/9へ続く)

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