導かれし地獄

「ありがとうございました。ストリップ・タイム、これにて終了となります!」


 最後のポーズを取り終わった瞬間、司会からの声と大きな拍手が上がる。絶えず流れていた演奏が、めの旋律せんりつを経て鳴り止む。

(終わっ、た……)

 背を向き、両手で身体を隠す。凍らせた感情を戻す。大きく息をつく。


 これであのペンダントを手に入れたら、もうこの街を離れよう。

(いや、その前にあの護衛達の映像を悪用しないように、念書でも書かせて……)


 脱ぎ去った服を回収しようと、手を伸ばしたその時。

「さあ次はいよいよお待ちかね……コミュニケーション・タイム!」

 司会の声を受け、怒号のような歓声が上がる。


「……え?」

 思わず振り返り、観客と司会を見やる。


「三人同時、20分一本勝負のローテーション! 計六時間の18セット、総勢54人がお相手! 一人あたりは短めですが、その分濃厚なプレイを期待します!」

「いつもいつも短ぇんだよ、もっと長くしろや! 早漏んなっちまうだろ‼」

「俺はもう慣れたぜぇ、太く短くでいいじゃねぇか」

「そりゃあ、てめぇのモノのサイズの話かぁ? ひゃははは‼」


(え……え?)

 三人同時? 20分? ローテーション? プレイ? 何を言っている? 


「こちらにおわす美しい姫君は、なんと処女! 記念すべき初めての瞬間に立ち会える喜びを分かち合い……そして映えある最初のお相手に盛大な拍手を‼」

 絶句し、立ち尽くす。何一つ理解出来ない。状況を把握はあくしようと自然、目が見開かれる。


「おうおう、びっくりしてるぜこの嬢ちゃん! いい顔するじゃねぇか!」

「ここのショーは本番有りだぜぇ、知らないなんて言わせねぇよ⁉」

 処女。最初の相手。本番。


(まさ……か……)

 唇が震える。気付くと、客席から舞台への階段を昇ってくる者が居た。三人。それを見て、思わず声が出る。

「……っ‼ あんた、たちは……‼」


 壇上だんじょうに上がってきた三人は、昼間に叩きのめしたごろつきどもだった。

「ひゃはは! ホントにあの制服女だぜ! こいつは運命の糸で結ばれてるって奴かぁ?」

「逢いたかったぜ、嬢ちゃん。さっきは世話んなったからなぁ、お礼がしたくてウズウズしてたんだよ」

「おうよ。入場料とプレイ料に、処女料で値が張っちまった分、元も取らねぇとなぁ!」


 何でこいつらがここに。金欠じゃなかったのか。大体、全員脚を折ったはずなのに。

「さぁさぁさぁ、お楽しみの時間だぜぇ~?」

「――‼」


 呆けている場合ではない。もはや疑惑のレベルではない。こいつらは自分を、犯す、つもりだ。

 これ以上付き合ってはいられない。身体を隠しながら、舞台そでから脱出を試みる。

 ――が、そこにはルドガンと護衛二人が待ち構えていた。護衛たちが素早く接近する。


 反射的に印を組み衝撃波の呪文を唱えるが、当たり前のように効果が無い。その滑稽こっけいな様を見てルドガンが吹き出す。

 両腕を一人ずつに捕まれ、広げられる。隠していた胸をさらされる。魔術の強化を伴わない生身の細腕では、その力に一切の抵抗が出来ない。


「どこへ行かれるのです? これからが本番だというのに」

「話が違う……! そんなことするなんて、聞いてない!」

「おおっと……皆様! しばしお待ちを! 説明が足りておりませんでしたようで、きちんと説得しますゆえ!」


 ルドガンが観客席に声を張り上げると、何が面白かったのか、そこで笑いが起こる。お約束の台詞せりふのようだ。

「またかよ! いつもじゃねぇか‼」

「悪ぃやっちゃなぁ‼ 結局だまして連れて来てるんじゃねぇか!」

「説得なんぞいいからとっとと始めろや!」


 そでから少しだけ舞台裏に移動させられる。観客席も一部見え、こちらの様子をのぞき込んでいる者も多数居た。

ごうればごうに従いましょう? 予定外のことなど山程あるのが、人生というものでしょう」

 至近距離で乳房を眺めながら、ささやくように言うルドガン。


「何を馬鹿な……! 言われたことは済ませた。ペンダントを渡して!」

「それよりどうです、あの三人。彼等がのされるところを見た者がおりましてな、貴女あなたに恨みがあるようでしたので、傷を治して特別にツケでご招待したのです。痛め付けられ、公然と恥をかかされた小娘への復讐ふくしゅう――貴女あなたの初めての相手として、他の誰より相応ふさわしいと思いませぬか?」


 処女であることを知られている理由には心当たりがあった。あの時の《人体解析ボディアナリティクス》。だがそんなことはどうでもいい。

「ふざけないで‼ セックスなんて……しかもこんな大勢の前でなんて……出来るわけないでしょう⁉」


「出来る出来ないの問題では無いのです。8万カナルほどの大金、ちょっと裸を見せた程度で足りるはずがないでしょう。好条件というのは本当ですぞ? 声を掛ければ、泣いて喜ぶ売春婦ばいしゅんふがきっと山程おります……が、私が見たいのはそんな売女ばいたの交わりとは違う」

 両腕を大きく天にかかげる。


貴女あなたのような半端な力を持った無垢むくな娘が、現実の厳しさと男の欲望に翻弄ほんろうされる――そんな胸を打ち心ふるわす、極限のドラマ! ……なのです」

 演劇の主人公のように感情を込め、身振りを合わせ語る。


「……ああそうそう、ちなみにショーの最後には貴女あなたのオークションを行い、最高額を出したお客様の奴隷となって貰います。そこまでのセットがここの恒例こうれい行事なので、あしからず」

(……奴隷……わたしが……わたしが……⁉)


「首輪の鍵は一応その方に渡しますが、まあ使われることは一生無いでしょうな」

 次から次へと後出しされる条件に、声が荒らぐ。

「終戦後、この国で奴隷や人身売買は法で禁じられている! そんなこと、許されるはずがない‼」


「それが許されてしまうのですな、国の警備兵に私が毎月支援している額をかんがみれば。この渾沌こんとんの世、不法によって成り立つ世界もあるのです」

 ルドガンの手が、心臓の鼓動が聞こえる位置をつかむ。


貴女あなたが何を喚こうと、奴隷スレイブ商工会ギルドは厳然と存在する。その台帳だいちょう貴女あなたの名前は刻まれ、飼い主の財産として商工会ギルドの管理下となる。大陸の何処どこへ逃げようと、貴女あなたを飼い主の元へ連れ戻す。飼い主が死のうと、相続人へ正しく引き継がれる」

 指に力がこもり、弱まる。それが繰り返される。


「金でも武器でも。権力でも魔力でも。人をしばる力があればそこに奴隷は生まれるのですよ。どんなに文明が発展しようと、どんな法が作られようと。これは純然たる事実、人間社会の摂理です」

「ルドガン……‼」


「大丈夫大丈夫、約束通りあのペンダントは貴女あなたのものです。……とはいえ奴隷の身では管理もままならないでしょうから、新しいご主人に渡しておきます。時々見せて貰うとよろしい。まあ、あんな二束三文の品、うっかり手に入れましたが処理に困っていたので助かりましたわ」

 手を離し、パン、と大きく両手を合わせる。


「いやはやいやはや、これにて万事ばんじ、一件落着! 皆が幸せ、めでたしめでたしですな‼」

 裏返る声で高笑いを上げるルドガン。わざとそれを聞かせ、反応を伺うような、あまりにも過剰な笑い声。


 震えが止まらない。怒りの。絶望の。恐怖の。

「地獄へ落ちなさい、この悪党‼」

「はは、ははは! 地獄! 地獄とおっしゃる‼ 私は知っておりますぞ? その地獄とやらが、一体この世の何処どこにあるのか」

 ごろつきの男達が待つ、舞台の中央を指差す。


「他でもない、その壇上だんじょうですよ。そして落ちるのは私ではなく――貴女あなただ」

 ルドガンがあごで短く指示する。護衛の男達が舞台へ歩き出し、ごろつきたちに向かって力強く放る。その直前の、ルドガンの声が耳に残った。

「地獄の六時間、ご堪能たんのうあれ」


 勢いのあまり、体勢を崩し壇上だんじょうに転ぶ。

「あぐっ!」

「お待たせいたしました! 無事ご納得いただけました! さあ皆様、存分にお楽しみ下さいませ!」

 再度の歓声。口笛も混じる。


 起き上がる前に、すぐさま腕を男の一人がつかむ。振りほどくことは出来ない。

 男の臭い。アルコールの臭い。男達がさえずる。

「へへへ……てめぇにやられた傷の分、たっぷりお返ししてやるからなぁ。覚悟しろよぉ?」

「俺的には優しくしてやりてぇが、20分しか無ぇからなぁ。ハナっから飛ばしていくぜぇ!」

「よぉし、始めるぜてめぇら! よぉく見とけよ‼ このクソ生意気な操魔士ソーサラー娘が、ぐっちゃぐちゃになる様をなぁ‼」


 残りの二人が、服の下半分を勢いよく脱ぎ捨てる。さらされたその肉に、息をむ。

「――‼」

「それでは第一セット――スタート‼」

 司会の声に合わせ。男達の手が、各々の目的の箇所に向けて、一斉に伸びてくる。


 ***


 何をされようと構わないと、腹をくくったことはあったはずだ。見慣れた景色の、あの崖で。

 でもあの時。自分がどうやってあの覚悟を決めたのか。思い出すことが、どうしても出来なかった。

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