氷の人形
「さて、そろそろですが準備はよろしいですかな? まあ、
メイクルームの様子を見に、ルドガンが護衛を連れて入ってくる。準備をしろと言われたが軽く肌と髪を整えただけだ。そもそも化粧などまともにしたことがない。
何か下着にも気を
それよりも心の準備の方が深刻だ。どんな覚悟を決めれば楽になれるのか、分からない。楽にはなれないという覚悟が必要だった。
他の
「残りの2万も、今いただいてよろしいですかな?」
「そこの袋に入ってる」
ルドガンが机の上の袋から札束を取り出し、入念に確認する。
「……確かに。では少々、身体を拝見します」
護衛の一人がこちらの頭を包むように手を
「《
「ご
《
了承すると、護衛が呪文を唱え身体の解析が始まる。
一分も経たぬうちに、護衛がルドガンに向けて、軽く一度
「大丈夫そうですな、
若干の含みを感じたが、気にしないことにする。造形もかなりの精度で
「……では最後に、これを付けさせていただきます」
護衛が何か金属のリングのようなものを取り出し、首元に付けようと近づく。鏡越しにそれを視認し――
「‼」
反射的に両手で首をガードしつつ立ち上がる。振り返り思わず叫ぶ。
「ちょっと待って! それは……!」
「おや、ご存知ですかな。ショーに出る者は、
《
ご存知も何も、これを知らない
「わたしの魔術を封じる気⁉」
「本日は私の大切な方も大勢いらっしゃる。何かの拍子に魔術が発動し、怪我をさせるなどあってはならないのです。ご理解いただけますな?」
自分にとって魔術は、唯一にして最後の武器だ。それを手放すなんて、ありえない。
「……それを付けるわけにはいかない。魔術なんて使わないから、このまま出させて」
「そうですか、嫌なら結構。お引取り下さい。あのペンダントの買い手へ連絡を取りますゆえ」
札束を袋へ戻し、手で退出を促す。奥歯が軋む。
(どこまで足元を見れば気が済むの、こいつ……!)
思い返せば、これが最後のチャンスだった。これから繰り広げられる、人生最悪の時間を逃れるための。
目的を為すために、後戻りは出来ない。かつてあの崖で決めた覚悟に比べれば、軽いものだ。そう、思ってしまった。
「……わかった。付けて」
「大変結構。強気な
首輪の、冷たい感触が首に伝う。がちり、という硬く重い音が響く。
シェリナが絶大な戦闘力を持つ
同時に、その人生が崩れ落ちる瞬間でもあった。
***
舞台
「皆様、本日もお集まりいただき誠にありがとうございます。お客様にご案内を申し上げます。会場でのお客様による撮影機および魔術・魔具の使用は、固く禁じさせていただいております。あらかじめ、ご承知おき下さいませ」
舞台脇に立つ司会の良く通る声が、備え付けの集音器と拡声器を通しホールに響く。スピーカーシステムそれ自体は
操魔革命により、人類の利便性は
革命初期には並行して発電による研究も進められ、各技術者によるエネルギー競争の様相を呈したが、効率や安定性等から現状は、
「今宵の舞姫は――なんとかの有名なウェラグナ第一
その言葉を受け、歓談用とは打って変わってダイナミックな曲調の
中央に到達し、一礼。客席を見やると、
一階席は一見して粗野な者が多い。「皆、身元のしっかりした口の固い
挨拶や
フードマントを脱ぎ去り顔を
あとは脱ぎながら、決められた体位を
ジャケット、シャツ、スカートを淡々と脱ぎ、周囲に脱ぎ捨てる。下着くらい、
下着姿のポーズを消化してゆくと、その時点で観客の
つつがなく、下着姿の体位を取り終わる。ここまではいい。問題は次からだ。肌を
ブラジャーのホックに手をかける。ぷちりという小さな音は、ストリングスの大音量で
しばしの時を置く。
「……」
ゆっくりと手を離し、胸を
(どうってことない、これくらい……! どうってこと……!)
自分に言い聞かせるように
――と。二階席右隅と一階席左手前の計二箇所から、魔力の反応を感じる。ある程度の距離――自分の場合は半径100メートルほど――までなら、どのような術式が展開されているかを魔力知覚で判別することが出来る。今感じているのは。
(《
見ると、発信源の二箇所にはそれぞれルドガンの護衛。二人がかりで別角度から、こちらの姿をその精神体に録画し続けていた。
(いや、ちょっ……と……! 録画は、しないって……約束なのに‼)
違えた約束への抗議が浮かぶが、ふと受けた言葉を思い出す。これまでの一連で、観客側は撮影を禁じられていると言っていたが、運営側には特に言及が無かった。その事実を。
(そういう……こと……⁉)
保管された映像は、静止画を紙に転写することも、映像を再生媒体型の魔具に複製することも出来る。
(こんなものがもし、
尊敬の眼差しを向けてくれる後輩が、高く評価してくれる教授陣が、一体どんな目で見てくるだろう。
だが、演目を中断するわけにはいかない。今は、
欲望を丸出しのにやけ面を隠そうともしない観客の中で、妙に表情の薄い人物が目に止まる。表情もさることながら、その出で立ちや容姿で一際目立っていた。小
(レニ……?)
何でこんな処に――いや、道行く女性に声を掛けるほど性欲を満たしたいなら、このような場に顔を出すのも当たり前か。
会ったばかり、少し話しただけ。それでも見知った顔が居たことで、羞恥心が一気に跳ね上がった。
(見られ、てる……)
ポーズを取りながら、感情がざわめく。どんな気分だろう。衝撃波で吹き飛ばされ、ランチを
(考えるな、考えるな……‼)
どんどん増幅してゆく。羞恥心も、それを押さえつけようとする言葉も。
トップレスの
***
脚から抜き下ろす、残された一枚。辛うじて達成する、8つの体位。うち2つは、強い指先の力を要した。この時のことは、自分でも、よく覚えていない。焼けるような頬の
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