軽薄な語らい
「やー、また会ったね」
「……」
ルドガンの屋敷から出てきたところで、さっきの金髪が話しかけてきた。
進行方向を
構わず素通りする。先程と同じように付いてくる。
「ここって宝石商の屋敷だよね。家に眠ってた宝石でも売りに来たの?」
「……」
話が通じないことは知れているので、言葉自体をやり取りしないことにする。
「それとも普通にアクセサリでも買いに来た? 君なら何でも似合いそうだよね。でも大通りの方が店もいっぱいあるし、わざわざこんな宝石商なんか当たるかなぁ……」
「……」
「あ、わかっちゃった。婚約指輪でしょ! 相手が気になるなあ、やっぱり同じ
「……」
「出会ったきっかけは? 最初のデートはどこかな。プロポーズの言葉は何? 子供は何人欲しい?」
「……」
「もしもーし」
「……」
「お昼でも一緒にどう?
ぴたりと足を止める。
「お? 反応あり」
よく考えたら今晩、有り金のほとんどを失う。食費を浮かすのはそれなりに重要事項だ。
「いいわ。
「オーケー! そうこなくちゃ」
手を叩き、指を弾き、人差し指を向け、何かのポーズを取る。リズミカルな動きが
「僕の魅力に気付くのがちょっと遅いなあ、それとも焦らすのが君のスタイル?」
「勘違いしないで。それだけくっだらないことをまくし立てる労力を割いてくれたんなら、少しは付き合ってもいいかなと思っただけ。
「なるほどなるほど、素直になれないスタイルか。んーいいよいいよ、僕たちきっと相性がいい」
「……」
「じゃあ行こうか。食べられないものとかある?」
「別に」
それ以外は特に要望を聞かないまま、金髪は歩き出す。店はもう決まっているのか。まあ
「あなた、いつもこんな風に女の子に声を掛けて回ってるの?」
「いつもっていうかまあ、可愛い子が居て、気が向いたら?」
「それ、成果はあるのかしら」
「うん。今まさにその成果を
これが成果扱いなら、人生はとても楽しそうに思える。羨ましい限りだ。
まあ、顔立ちも肌も一見
……というか、よくよく見たら、あまりにも肌が
「ひょっとして、化粧してる?」
「あ、バレた? 少し顔に傷があって、見苦しいから化粧で隠してるんだ。怖がる子も多くてね」
顔の傷を勲章代わりにする者も居れば、化粧で隠す者も居る。男心は複雑だ。
***
店に着く。女性受けを意識した
テーブルに着きオーダーを済ませると――チョイスは全て任せてしまった――、そこでようやく金髪が名乗った。
「僕はレニ。君は?」
「……シェリナ」
「シェリナか。
「名前に似合うとかあるの?」
雑な褒め言葉に水を差す気分で返す。
「あるある。友達が新しく飼い始めたヘビにエリザベスって付けてたけど、さすがにあれは……かなり似合ってたな」
「……」
どんなヘビなのか少しだけ気になったが、反応はしなかった。
それ以降も、彼は中身があるのか無いのかよく分からない話をまくし立て、それに対し
段々と料理が運ばれてくる。ローストビーフが一押しのようだ。
「それでさ、君は――」
「まず、あなたの話してよ。どこのどちらさま?」
料理に集中するため、話の順番が回ってくることを回避した。
「ああ、僕? そうだなあ、しがない文筆家って奴かな。時々、小説や旅行記を書いてる。尖った内容が多いからペンネームはちょっと言えないけど。どうしても知りたいっていうなら、頭文字くらいは教えてもいいよ」
「ふーん」
意識の九割強を食事に集中しながら、受け答えは無意識に任せる。
「親とは戦争で死別して身寄りなし、相続した街外れの家に一人暮らし。今は遺産と稿料で細々と暮らしてる。あ、家はそれなりに広いから、宿をまだ決めてなかったらうちに泊まる?」
「へー」
肉とソースの旨味にライスが欲しくなってくるが、難しい選択だ。熟考の末、自重した。
「一人が寂しくて、人生を共に過ごしてくれる女の子が居ないかなって常日頃探してるんだけど、どうも長続きしなくて……。最初はそれなりに上手くいくんだ。でも段々、大抵の子に『思っていた人と違う』って言われちゃうんだよね。何ていうの、幻想を抱かせやすいのかな、僕。君から見てどう思う?」
「……すっごい興味無さそうだね」
「実際、興味無いからね」
急にトーンが変わり、気を引かれてつい正直に返してしまった。
「……もう少し食い付きの良い人生を送りたかったなあ……」
なにやらぼやきが聞こえるが、付け合せのサラダも思いのほか当たりだった。薄味のドレッシングが自分好みだ。
「君の方は、
少しは会話してやるかと、意識を数割だけ戻す。
「もうカリキュラムは終えたんだけどね。あとは卒業手続きだけ」
「へぇ、すごいね。第一は八割近くが卒業までに脱落するって話なのに」
「よく知ってるのね」
ウェラグナ
年齢は不問。カリキュラムの取得ペースも自由。数年で卒業する者も居れば、十数年掛けて卒業出来ない者も、志半ばで脱落する者も居る。
「卒業は何でしないの?」
「この服が便利だからってのが一つね。魔具としても優秀、身分を
「あとは学割も効くし?」
最大の理由を当てられ、思わずくすりとしてしまう。在学中は交通機関や国営魔具店等にかなりの割引が効く。ただでさえ学費が高いので、最大限に活かすのが院生の
「ほんと、よく知ってるじゃない。まあ、修了後の期限内に手続きしないとだから、それまでの間だけどね」
テーブルの上が一通り片付き、ガス入りの果実飲料と向き合う。
「地元はどの辺?
「帝都の東の、小さな山村よ。もう無くなっちゃったけど」
「え」
「孤児なのよ、わたし。
ふと顔を上げると、レニが驚いたような、呆けたような、微妙な表情を見せたことに気づいた。
「……なに?」
「あ、いや。言いづらい話させちゃったなーって」
「今のこの国じゃ、別に珍しい話でもないでしょ、戦争で家族無くすなんて。だいたい、あなたもそうなんでしょ?」
「まあ、そうなんだけど」
そんなデリケートな神経があるなら、もっと気を付けるべきことが山程あるだろうに。
「でも、それで良くウェラグナの
奴隷。終戦で人身売買は非合法になったはずだが、未だに闇社会では奴隷の取引が後を経たない。嫌悪感を催す。取引をする連中にも、取り締まりの手が回らない帝国の警備体制にも。
「そうね、わたしは運が良かった方。たまたま魔術教育に力を入れてる孤児院の目に止まって、それなりの成績を出せたから
「……」
良かった――のだろうか。失われた村人の命、両親の命。本当に運が良かったなら、あんなことが起こらずに済んでいただろう。
味の偏りを解消すべく、軽くストローで撹拌する。
「この街へは、少し前に無くした母さんの形見を探しに来たの。それが、
「そっか。じゃ婚約相手はいなかったんだ、良かったー。いやね、この間うっかり婚約者がいる子と色々あって、慰謝料とか大変でさー」
「……」
こいつ本当にろくでもないなと、思わず
「で、見つかったの? その形見の……アクセサリか何か?」
「
「……取引?」
しまった。と思ったがもう遅い。当たり
「それって、どんな? そんな言葉を使うってことは、ただのお金じゃ無さそうだけど」
口外無用、それ以前に恥ずかしすぎる内容だ。もうこれ以上話すのは危険だと判断し、残ったドリンクを一気に流し込み席を立つ。
「ごちそうさま、思ったより美味しかったわ」
「ねえ、ちょっと待っ……!」
二本指で印を組んだ右手を静止に使った。魔術の発動座標を定義する魔術印。先程この手に吹き飛ばされた彼なら、これが意味するものが何か、分かるはずだ。
「ご飯だけって約束よ。食べ終わった、話も終わった。また吹き飛びたくなかったら、これ以上近づかないで」
言い放ち立ち去る。店の出口で振り返ると、軽く手を振っていた。追ってくる様子が無いことに胸を
***
通りに出てしばらく歩いたところで、まだ来ていなかったデザートを食べそびれたことに気付き、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます