01.

 出会って数年経った今でこそ、こうして傍から見ていると、のんきな若旦那とそれに仕えるよく出来たメイド然とした関係に落ち着いているふたりだが、初めて会った時は、お互いまさかこんな関係を構築するとは夢にも思っていなかった。


 当時、青年──ジェイムズの方は、とある辺境の村の「警備隊」(というよりは自警団に近い組織)に所属して、都から来た隊長にビシバシしごかれていた16歳の少年だった。


 流行り病で両親を無くし、オンボロ一軒家と猫の額ほどの土地しか親から受け継がなかったジェイムズは、畑仕事だけで食べていくのは厳しいため、なけなしの畑は隣家に貸出し、代わりに村に割り当てられた兵役を担当することで糊口を凌ぐことにしたのだ。


 運がいいのか悪いのか、彼が警備隊に入ったその年から新任の隊長が赴任して来たのだが、その隊長が意外に職務熱心なタチで、警備のかたわらジェイムズ他数名の「なんちゃって兵隊」達を容赦なくビシバシ鍛え上げた。


 まだ若い(おそらくは20代初めだろうか)隊長の訓練は、しかしながらなかなか巧みで、各人の個性に応じた武器の取り扱いをキチンと指導してくれた。

 当初は「こんなド田舎でそんなに気負わなくても」とブツクサ言っていた隊員達も、戦いに関する技術が目に見えて向上し、以前は大きな街の冒険者や国の討伐隊に任せるしかなかったモンスターや野盗に自分達で対処できるとなると、評価やムードが一変する。


 ジェームズの場合はとくにそれが顕著で、自分でも意外に思えるほど剣の力量が上達し、1年後には隊長から4本に1本は取れる程にまでなっていた。

 ──もっとも、隊長の本来の得物は槍で、長剣の扱いはほんのたしなみ程度だと後で知って愕然とするのだが。


 それは、新隊長が赴任して2年目の夏が終わり、秋の訪れとともに森の木の葉が少しずつ色づき始めた季節。

 警備隊の通常任務である村の周辺の見回りに出かけたジェームズは、何も異状がないことを確認して、そろそろ村に戻ろうとしたところ、村の入り口付近に倒れている少女を発見したのだ。


 「え? あ、あれ!?」


 少女は、年頃の娘としてはいささかはしたなく、両手両足をだらしなく投げだした姿勢で、道端にうつ伏せにぐんにゃりとのびていた。コバルトブルーの半袖ワンピースを着て、陽光に煌めく銀色の長い髪をしたその姿は否応なく目立つはずなのだが……。

 場所柄それなりに人通りはあるはずなのに、奇妙なことに誰もその少女の存在を気にしていないようだった。


 この村は格別よそ者に冷たいというわけでもないし、むしろどちらかと言うとお人好しが多いので、生きているにせよ死んでるにせよ、若い娘が行き倒れていたら誰かが即座に集会所にでも運び込みそうなものなのだが……。


 「おーい、そこの君、生きてますかー?」

 一応、「村の治安維持を守る」役目を背負う警備隊に所属している以上、見過ごすわけにもいかず、恐る恐る近寄ってその安否を確かめると、少女はノロノロと顔を上げた。どうやら、まだ命はあるようだ。


 「お……」

 「お?」

 「お腹、空いた、です……」

 か細い声で一言言い残して、そのままガクリと意識を失うその姿に慌てるジェイムズ。


 「お、おい、ちょっとォ!?」

 こうなっては是非もない。

 なるべくヘンな所に触らないよう注意しつつ、少女の身体を抱きかかえると、ジェイムズは急いで警備隊の詰め所へと向かったのだった。


 運が良いことに詰所では、少年が信頼する隊長が食後のお茶(ちょうど昼飯時だった)を飲みつつ何がしかの書類に目を通していた。


 「ん? どうした、ジェイムズ……って、変わったお客さん連れてるな。お前さんのコレか?」

 いわゆる「お姫様抱っこ」の体勢で少女を運んで来た部下を、おもしろそうな表情で眺める隊長。


 「ち、違いますよ! 村の入り口で倒れてたんです。どうも空腹で目が回ってるんじゃないかと思うんですけど……」

 少女を詰所の長椅子にそっと横たえつつ、慌ててジェイムズは弁解する。


 「なるほどな。ちょっと待ってろ。ウチに行って何か食べる物もらって来てやる。いや、女手がある方がいいかもしれんし、この際、ゲルダもいっしょに連れて来るかな。お前さんは、ここでその子を見ていてやれ」

 気軽に立ち上がった隊長は、詰所を出ると、すぐ裏手にある自宅の方へと早足で歩き出す。


 程なく、隊長は蓋の隙間から湯気の漏れ出る鍋を手に、いくつかパンの入ったバスケットを提げた女性と共に戻って来た。


 「どうだ、お嬢さんの様子は?」

 「あ、いえ、特に変わりは……」

 少女は意識を失ったままだが、緩やかに胸が上下しているので息があることは確かだ。


 「ふむ……で、どうだ、ゲルダ? やっぱりその娘はアレか?」

 鍋を簡素な木製のテーブルに置いてから、傍らの蒼髪の女性の方に振り返る隊長。

 「ええ、ケインの予想通りよ。その子は間違いなく妖精ね」

 「ゲルダ」と呼ばれた若い女性──隊長の妻はトンデモないことを言いだした。


 普通なら失笑するところだが、ジェイムズは、自分と大差ない年頃の美少女に見えるこの女性が、実は隊長よりふたつ年上の姉さん女房で、かつ優れた氷雪系魔法の使い手だと知っている。

 同時に、モンスターや亜人などに関する知識が豊富なことも。


 「へ!? 冗談……じゃないんですよね、ゲルダさん?」

 とは言え、妖精に関する通俗的なイメージ(羽の生えた小人)と知識しか持っていないジェイムズは、思わず聞き返してしまう。


 「もちろん。ジェイムズくんには、一見人間と変わりない姿に見えてるのかもしれないけど、そういう種族の妖精も少なくないわ。

 その証拠に、キミが見つけるまで村の誰もこの子に気づかなかったんじゃない?」

 確かに彼女の言う通りだった。


 「だったら何で僕には……」

 彼女が見えたのかと尋ねようとしたところで、ケイン隊長がその答えをくれた。

 「ジェイムズ、お前さん、どうやら自分では気づいてなかったようだが、妖眼グラムサイトを持ってるみたいだな」

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