つくしんぼ通信~彼女はキキーモラ~
嵐山之鬼子(KCA)
00.
「えっと、今日から私がご主人様のお世話をさせていただくことになりました。頑張ってご奉仕しますね!」
そう言って目の前の女の子が、ホニャッとした表情で微笑む。
「えっと……こ、こちらこそよろしく。それと、「ご主人様」ってのは止めてくれないかなぁ」
貴族でも富裕な商人の出でもない、それどころか1年くらいまでは、爪に火を灯すような暮らしをしていた身としては、そういう呼ばれ方は正直非常に居心地が悪い。
「では、何とお呼びすればよろしいですか?」
ちょっと困ったような顔で尋ねてくる彼女に、確か何と答えたんだっけなぁ。
……
…………
………………
「…さま、朝ですよ? そろそろ起きてくださーい! 旦那様!!」
聞き慣れた声に呼ばれて、布団の中に縮こまっていた青年はゆっくりと目を開ける。
「うぅっ、ねむい、だるい、あたまいたい……」
ブツクサ言いながらも、渋々身を起こすその上半身は裸だったが、その姿を目にしても彼を起こしに来た女性──と言うより「少女」と言う方が似合う年頃の銀髪の娘はまったく動じない。
「お酒に弱いくせに、あんなに酔っぱらうからですよ。朝食の用意は出来ておりますから、さっさと着替えて、ご飯が冷める前に召し上がってくださいね」
「なんでしたらお召替えも手伝いましょうか?」と聞かれた青年は、フルフルと首を横に振る。
実は以前茶目っけを起こして「じゃあ手伝ってもらおうかな」とやってもらったものの、相手は顔色ひとつ変えず、かえって自分の方が羞恥心に身悶えするハメになったのだ。
優雅に一礼して主の寝室を出て行くエプロンドレス姿の少女をベッドの上からボヘ~っと見送った青年は、扉が閉まると、まだ覚醒しきらない心身に喝を入れつつ、寝台から降りた。
「う~、ったく。今日はたまの休みなんだから、朝寝坊くらいさせてくれてもいいのになぁ」
勤勉な(もしくは勤勉過ぎる)自らのメイドに愚痴をこぼす青年の姿は、意外に幼く見えた。その長身と浅黒く日焼けした肌、がっしりした体つきのせいでやや年かさに見えるが、存外先程のメイド少女と大差ない年頃なのかもしれない。
また、何だかんだ言いつつ、少女がせっかく作ってくれた朝食を無駄にせぬよう、手早く着替えるあたりが、彼の人の良さを物語っている。
麻の袖なし肌着の上に深い藍色に染められた丈夫なコットン製の
実際、青年は後者に該当していた。
「おはよ~」
先程のやりとりの際にも朝の挨拶を交わしていなかったことに思い至った彼が、そう言いながらダイニングに姿を見せると、メイド娘はニッコリと輝くような笑みを浮かべた。
「はいっ、おはようございます、旦那様♪」
その爽やかで愛らしい表情に、不覚にも一瞬見惚れかけたのを誤魔化すように、青年は目を伏せてやや乱暴にテーブルにつく。
「ン、んっ! 今朝のメニューは……あれ、オートミールのお粥?」
「はい。二日酔いの旦那様には胃に優しいものの方がよろしいかと思いまして。
──もしお嫌なら、すぐ作り直しますが」
と、そこでほんの少し上目遣いになって此方を窺う仕草は、正直「ズルい!」と思う青年。
(そんな表情されたら、文句なんて言えるわけないじゃないか!)
「……いや、確かにあんまり食欲はないから、コレで十分だよ」
とは言え、そのまま素直に認めるのはシャクだったので、一言付け足す。
「ピュティアの作る料理は何でも美味しいから問題ないだろうし、ね」
「な……!?」
思いがけない称賛の言葉を聞いて、耳まで赤面するメイド娘。
「──旦那様も随分お人が悪くなられましたね」
平静を装ってはいるが、並みの人間よりいくぶん尖った耳朶がピクピク動いているので、感情の動きが丸分かりだ。
「なに、ピュティアの家事の技量の進歩具合には及ばないと思うよ」
「!!」
何食わぬ顔でお粥をスプーンでかき回しつつ、追い打ちをかける青年なのだった。
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