トランペット

 これは、桜木さんの序章となる物語でした。なので、桜木さんが浮き上がるよう、トランペットの彼女には名前をつけなかったのですが。

 これは、あの頃の私の話を元にしてます。


 中学生になり、唯一の文化部だった吹奏楽部に入部した私(消去法……)。当時の顧問の先生から、トランペットに割り振られたのがそもそもの悲劇。

 トランペット、難しいんです……。私は全く音が出せなかったので、最初から音が出せたクラリネット希望だったんですけどねぇ。

 さらに、当時のトランペットは二年生不在で、三年生のみ。引退を控えた三年生からしごかれたものの、吹けず……。

 先輩が「私達が甘かったのかな」と哀しそうに呟いたのを、覚えています。

 三年生引退後、二年生にトップが移り、そこで桜木先輩による「自主練習」が始まったのでした(いや、名前は桜木じゃなかったですけど)。

 なぜ、パーカッションだった先輩がトランペットを指導したのかは謎ですが。部活中、音楽室の壁際で、延々指導というか、ダメ出しされていました。その場には他の二年生の先輩もいたんですが、部長の桜木先輩に何も言えず。

 でも、実はホルンの先輩が自宅でお母さんにその話をして、「あんなやり方は無い」と怒ってくれてたんだそうです。

 ホルンの先輩のお母さんから私の母に話が伝わったらしく。先輩達が卒業した後、母が話してくれました。

 たとえその場で声をあげた訳ではなくても、そんな風に思っていた人がいたという事実は、私にとって救いでした。自分が悪いと思っていたから。

 母は母で、吹けない私に悩んでいたわけですが、それはまた別の話(「日々是笑日」の「傷」参照)。


 私は楽器も吹けませんでしたが、音符も読めませんでした。付点がついたり32分音符になったり、長調とか短調とか、楽譜が複雑になると訳が分からなくなるのです。だからメトロノームを鳴らされても、どう合わせたらいいか分かりませんでした。

 対策としては、旋律をひたすら覚えることでした。懲りずに大学でも音楽系のサークルに入りましたが、音源を聞き込み、総譜を見て他パートの旋律を楽譜に書き込み、自分の音を掴む、という作業を繰り返していました。


 こんな音楽音痴のことは、スラスラ楽譜が読める人には、分かりにくいだろうなと思います。桜木先輩が「なんで、出来ないの?」と言っていたのは本音だったろうなぁと。彼女に悪意は無くて、ある意味純粋に、私という存在をほっとけなかったんだろうなぁと。


 そんな中学生の私でしたが、ある方の登場で部活がガラッと変わりました。

 新たに顧問になった、中尾先生との出会いでした。

 中尾先生に言われて、基礎練習を変えました。なぜかランニングしていたのを止め、腹筋50回、背筋100回、ロングトーンが日課になりました。ロングトーンを繰り返す中で、少しずつ、私の高音の領域は広がっていきました。 

 中尾先生が指揮をする合奏には、熱がありました。張りのある声、先生が力強く手を振ると、そこにみんなの音楽が生まれました。

 あのうねりを、何と表現すればいいのかは、分からないんですけど。

 楽譜嫌いの私でしたが、合奏は好きになったのです。そこでは、みんなひとつでした。


 中尾先生は、「私が来てから、あなたが一番上手くなった」と私に言ってくれました。

そもそもみんなと同じスタートラインに立てていなかった、というのはあるんですけど。でも、私にとってすごく嬉しい一言でした。


 みんなと同じようにやっても、出来ないかもしれない。

 でも、どうすれば出来るようになるのか考えて、試行錯誤していけば、出来ることもあるかもしれない。

 それぞれに違うのだから、それぞれのやり方があるよなぁ、と。

 

 私は「正しい」って、ほんとは怖いことなんじゃないかと思います。大人になって余計に。

 そこに悪意は無くて、本人は正しいと信じていて、その結果、相手を逃げ場も無く追い詰めてしまう。

 そういうことを、感じることがあります。 

 自戒をこめて。


 楽譜って何だろう、拍って何だろうって、これを書きながら考えてました。今さら、楽典みたいな本読んでみたり。

 いや、基本は拍に合わせて、メトロノームに合わせてだと分かるんですが。でも、それはゴールじゃなくて、手段。みんながひとつになるための。

 最近はコロナでリモート演奏とかあるようですが、新日本フィルハーモニー交響楽団がネットにあげた遠隔パプリカが話題になったと知りました。ひとりひとりが別々の場所で演奏してアップし、それを重ね合わせてひとつの合奏になった。

 その合奏では、メトロノームは使わなかったそうです。機械的になる、と。みんなで合わせるために、「あの人ならどう演奏するかな」と想像しながら、合わせていったんだそうです。

 絶妙な間、一呼吸、余韻。

 人と合わせるって、素敵だなぁと。


 手紙みたいな楽譜から、私たちが読みとるもの、表すもの。楽譜に書かれていることも、書かれていないことも。

 あぁそうか、楽譜が先に在ったんじゃなくて、音楽がまず現れたんだなぁと。

 記憶から消えてしまう前に書きとめたのが楽譜なんだと、みんなに音楽を伝えるためのものなんだともっと早くに気付けたら、私の楽譜への苦手意識も和らいだかも……。



 いつも以上にとっちらかりましたが……。

前半とはちょっと色合いが変わる予定の後半。行き当たりばったりですが、私がひとりひとりの想いに向き合えますように。

 よろしければ、お付き合いくださいませ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る