3日目
「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
3日目の朝。礼拝堂に集まってカーターの――人狼の死体を黙って縄から降ろしたオルガとアレンに向かって、震える声で発言したのは最年少のウィグマンだった。
「バーン夫人が人狼に殺されてしまったのは、彼女が人狼である可能性が低いと僕たちが真っ先に判断したから、でしょうか」
夜が明けて残った村人は五人。昨夜、二匹の人狼に殺されたのは憔悴し切った様子で部屋へと戻って行ったバーン夫人だった。それを知った他の者たちの、少しも驚いていない姿を見てウィグマンは気がついてしまった。
「人狼の疑いが残っている村人を殺して減らせば、村人が人狼を見つけ出す確率は上がってしまう。だから人狼ではないと判断されたバーン夫人が狙われて殺された。皆さんはそれに気がついていた。わかっていて判断を下した。そういうことですか?」
「……まあ、結果的にそういうことになる」
「疑われたら処刑されて殺される! 疑われなければ喰われて殺される! もうどこにも逃げ場なんてないじゃないですか!」
「ウィグマン、もうやめて!」
悲鳴のようなジュリアの声を聞いて、ウィグマンは涙目で振り返る。
「貴女もわかってて黙っていた! 夫人に寄り添いながら! そうですよね!」
「そういう場所に俺たちはいるんだよ」
旅人のひやりと冷たい声で、礼拝堂は水を打ったように静まる。
「良かったなウィグマン。これでお前は今日も処刑されない。そして今夜の犠牲はきっとお前だ」
「いやだ!」
「エル、やめるんだ」
ウィグマンの叫び声とオルガの低く抑えた制止の声に、不可解だとでも言うようにエルは軽く首を傾げた。
「やめてもいいけど、代わりにお前らがこいつに言ってやるのか? 余計なことを言えば死に近づくだけだって」
もう手遅れだろうけど。そう言って肩を竦めた旅人の元に、コツコツと足音を立てながら一人の村人が近づいてその目の前に立つ。ゆっくりと口を開いたのは、先ほど上げた声以外は連日ずっと黙っていたジュリアだった。
「ねえ、教えて。貴方とウィグマンを除いたら、私か、オルガか、アレンか。この三人のうちの誰か二人が人狼ってことになるの?」
「俺が本当の正直者で、ウィグマンのあれが演技でなければ、当然そういう流れになるだろうな」
「そう……」
ふらり、ゆらりと振り返る。その視線の先に捉えたのは、心配そうな視線でジュリアを見つめているオルガの姿だった。
「私ね、知ってるの。羊たちは騒がない。アレンはあの日、羊を連れて山になんて行っていない」
「何を言い出すんだジュリア」
「彼が、アレンが人狼よ。間違いない。オルガのはずがない。ああでも、そしたら私が人狼なの? 私は私が知らないうちにみんなを食べていたの?」
「……オルガ」
「ああ」
ジュリアにそっと寄り添ったオルガは、その肩を優しく支える。虚な目をした女は天井を見上げ、そこから垂れ下がられたロープを眺めた。
「人狼は処刑しなくちゃ」
ふらふらと即席の処刑台へ向かおうとするジュリアを、オルガは力強く抱きしめて必死に引き留める。そして呆然としたままジュリアの豹変を見ていたウィグマンに向かって、叫んだ。
「お前が決めろ!」
「な、なんで!」
「お前があんなことを言い出さなければ、こんなことにはならなかった! みんなわかってて、それでも黙っていたのに!」
「そんな、だって……!」
助けを求めようにも誰に声をかければいいのかわからない。既に正気を失っている様子のジュリア、その彼女をしっかりと抱きしめているオルガ、突然疑いをかけられて動揺しているアレン。そして、そんな村人たちを冷ややかに眺めている旅人。
「エルさん、僕はどうしたら」
「五分の二の確率だ。適当に指名しても当たる可能性は高いぞ。まあここで当てても間違えても人狼は残るから、今夜お前は喰われて死ぬけどな」
「どうして僕が」
「お前が人狼ならここで人間を選んで処刑して、夜中にもう一人を喰らって、明日の朝になったら残る一人を殺して全部終わり。人狼二匹で自由の身だ。でも、お前が人間なら当てても外してもここでは終わらない。それなら明日のために、今夜のうちに『人狼ではないと確定した』お前を殺しておく必要があるだろう。お前がさっき言ったとおり、バーン夫人と同じように」
――ああ、そうか。だからオルガは自分を指名したのか、と。旅人の説明を聞いてやっとウィグマンは理解した。あれは優しい彼の、彼なりの思いやりだったのだ。
どうあっても生き残ることができないのならば、せめてその最後は自分の意思で選べ、と。
「……ここで人狼を見つけ出して処刑しても、今夜誰かが、というか僕は殺されるんですよね」
「残った一匹の最後の食事だな。明日の朝残るのは俺と人狼と、お前以外の誰かだ。それが最後の戦いになる」
「それなら、今日の処刑はジュリアさんを」
「ウィグマン、お前……!」
「人狼はオルガさんかジュリアさんかアレンさん。アレンさんは羊の件があるので、人狼である可能性が低い。それなら今一番疑わしいのは、突然アレンさんを人狼だと言い出したジュリアさんです」
旅人は何も言わない。その表情からは何も読み取れない。余所者である彼には村人たちが重ねてきた日々のことなどわからないし、彼が重ねてきた過去のこともこちらにはわからない。
だからこそ、他の村人が言いづらいことをはっきりと言葉にしてくれる彼は、親切な人だとウィグマンは思った。村人たちを眺めるその視線は変わらず冷たいけれど、本当は優しい人なのではないだろうか。
「それで良いでしょうか、オルガさん」
「……お前が決めろと、言ったのは俺だからな。それに、」
もう一度、力強く抱きしめたジュリアの身体をそっと離す。ふらふらと自分で処刑台に向かうその背中を見送りながら、力を失ったようにベンチに座り込んだ。
「あいつをもう楽にしてやりたい。たとえ人狼であっても、そうでなくても」
本当はもうとっくに、この教会へ来た時から彼女は正気を失っていた。
「そのことに気が付いていたのは、ずっと彼女と一緒にいた俺だけだったからな」
*
暗闇の中で獣の息遣いを聞きながら、ウィグマンは自分が大きな思い違いをしていたことを知る。
どうして『彼』が敵ではないと思い込んでいたのだろうか。どうして最初から疑いもせずに信じてしまったのだろうか。優しいから? 親切だったから? そんなもの、いくらでも演じることができるのに。
選択を間違えてしまった。最悪の事態を招いてしまった。このままでは人狼が村に放たれて、被害が広がってしまう。自分のせいで。自分が『彼』の嘘を見破れなかったせいで。
ああ、でも、だけど。もしかしたら。
あの人が村を助けてくれるかもしれない――
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