ホワイトルーム

泡芙蓉(あわふよう)

白い部屋

 ひやりと、鳥肌が立つような寒さを感じて眠りから覚醒する。

 私は真っ白な部屋の中にいた。天井も床も壁も全部白

 目覚めたばかりのぼうっとする頭で眠りにつく前のことを思い出してみる。

 確か……自分の部屋で寝ていた筈だ。なのになんでこんな見覚えのない場所にいるのだろう。ここに来た経緯はまったく記憶になかった。


 ベッドに潜り込んだときはパジャマを着ていたのに、今は白い半袖のツナギを着ている。だから少し肌寒いのだと納得した。眠っている間に誰かが着替えさせたのだろう。


 自分の部屋よりも一回り広い部屋をぐるりと見回す。部屋の中には物が雑然と置かれていた。

 壁際に積まれたいくつもの段ボールとサボテンが植えられている植木鉢、引き出しが三段ついているミニダンス。床にはホラー映画に出てきそうな不気味な西洋人形と何かが入っているのか膨らんだ黒いビニール袋が置いてあった。


 段ボールが積んである壁の向かい側の壁には扉がある。扉には黒い紙が貼られてあり、赤色の文字が印刷してあった。


『制限時間以内に部屋を出ないと爆発する。生き延びたければ鍵を探せ』


 文面の意味をすぐに呑み込むことができなかった。だが扉の横の壁に、埋め込み式の小さいモニターに表示されている時間を見て息を飲む。


『09:27』


 もう残り10分切っている。

 自分はどれくらい時間を無駄にしたのだろうか。

 もしかしたらもっと時間があったかもしれないのに目を覚ますのが遅くて必要な時間を失ってしまったかもしれない。


 いや、今はそんなことを考えている場合ではない。

 本当に爆発するかは分からないが、普通の女子高生である自分を突然誘拐してこんな部屋に連れてきた者ならそれくらいやってしまうのではないだろうか。それならタイマーの表示が『00:00』になった瞬間自分は死ぬのだろう。


 嫌だ、こんなところで意味もなく死にたくない!


 死にたくなければ張り紙の言う通りにしなければいけないだろう。だが念のため扉のレバーを捻って開くかどうか確認するが、やっぱり開く訳がない。扉には鍵穴がない。じゃあどこの鍵を探せばいいのだろう。


 扉の傍に黒くて頑丈そうな金庫がある。大事な物は金庫に入れる筈だ。鍵は金庫の中に入っているのではないだろうか。

 金庫の扉には数字を入力するためのボタンが付いている。5桁入力しなければならないようだが、全く見当がつかない。

 どこかにヒントはないだろうか。

 私は一旦金庫を開けることのは諦めてヒントを見つけるために他を探すことにした。


 まずミニダンスの引き出しを開けてみる。

 何かつっかえているのか1段目の引き出しは動かなかった。2段目と3段目は開けることはできたが何も入っていない。1段目に何か大事なものが入っているのだろう。手でつっかえたものをどけることができるのではないかと思い2段目の引き出しを開けた状態で1段目の引き出しの裏を探ってみた。

 つっかえていそうなものはなかったが、代わりにボタンのような物を見つけた。押すとカチリと小さく音が鳴って1段目の引き出しが少し開いた。開けてみると大き目のパズルのピースが1つ入っていた。

 パズルのピースを何に使用したらいいのか使用用途が全く思い浮かばないが、きっと何かに使うのだろう。ツナギのポケットにピースをとりあえず入れておく。


 次は段ボール箱の中を見てみた。全部で5箱あったが、入っていたのはパズルのピースが1つだけだ。

 こんなに箱があるのに見つけられたのはこれだけかとがっかりしたが、段ボールが置いてあった床に四角いくぼみを見つけた。それはパズルのピースをはめるのに丁度いい大きさのような気がして2つのピースをはめてみた。

 2つだけでは当然のように足りないのだろう。あと4つ分の空間があるので他にピースがないか探してみることにした。


 サボテンの植木鉢の裏にありそうだったので倒してみる。裏にはなかったが零れた土の中からパズルのピースが出てきた。


 次は人形を確認する。

 人形の服をまさぐってみるが、服の中にはパズルのピースは入っていない。体の部分にあるのではと思い服を脱がせてみるがない。体が外せるのではと思ったので腕、脚と順番に引っ張ってみる。頭を引っ張るとスポッと抜けた。首の部分にパズルのピースが入っていた。


 あと探していないのは黒い袋だ。

 手に取ってみると重く、なんだかぶよぶよとしたものが入っている。袋から生臭い匂いがするので嫌な予感がした。

 床に置いて恐る恐る開いて見ると、思わず悲鳴が出てしまった。

 中にお腹を割かれて内臓が飛び出した黒猫の死骸があったのだ。

 気分が悪くなって吐きそうになるのを必死で堪える。吐いている暇はない。もうあと時間は3分も残っていないのだ。


 目を背けたくなるのを必死で我慢して袋の中に何かないか確認する。

 裂けたお腹の中に何かがあった。それを指で摘まんで取り出す。それはパズルのピースだった。血で濡れていてずっと触りたくなかったのでさっき手に入れた分と合わせて床の凹みにピースをはめることにした。


 残りはあと1つ。

 のこりは金庫の中だと思うのだが、まだヒントは見つけていない。まだ確認していない場所があるのだろう。念のため段ボール箱をひっくり返してみるが何もない。

 ミニダンスの側面と裏はまだ確認していない。

 壁から離してひっくり返してみると、タンスの裏にメモ紙がテープで貼られていた。


『ゆくに

 きろち

 ごうは』


 メモ紙にはそう書かれている。

 『ゆくにきろちごうは』とは何のことだろう。

 反対に読むのかと思ったが違うようだ。


 では下からならどうだろう。

 『ごきゆうろくはちに』で『59682』だ!


 金庫に番号を入力すると開けることができた。中には鍵ではなかったが最後のピースが入っていた。


 全てのパズルのピースを嵌めるとカチリと音がして、ピースをはめた部分が浮いた。上に開くと鍵穴があった。


 え? 鍵穴ということは鍵が必要なの?

 でももう探すところなんて……。


 いや、1つだけある。

 不快感で無意識の内によく見ることを拒んだところが。


 私は急いで黒いビニール袋を掴むと逆さにして中身を全部床に落とした。黒猫の死骸と、内臓、血、そして小袋に入れられた小さな鍵があった。


 残り時間を見ると『00:12』だった。

 もう時間がない。

 急いで床の鍵穴に鍵を挿して回す。


 カウントダウンをするかのようにピッピッという電子音が聞こえる。


 扉からガチャッという音が聞こえた。

 とうとう開けることができたのだ。


 残り5秒――。


 扉に向かって走り出す。


 残り3秒――。


 ドアノブを捻り扉を開く。


 残り2秒、1秒――。


 扉の外に飛び出す。


 次の瞬間轟音が鳴り響いた。

 自分が今までいた部屋から音が鳴ったのかと思ったが、もしそうであれば部屋に出ることができてもすぐそばにいる私は今頃ひとたまりもないだろう。

 それは隣の部屋からだった。


 自分の部屋から数メートル離れた隣に部屋があるようだ。その部屋の中が爆発した反動で扉はひしゃげ、歪んだ扉の隙間から黒い煙だ出ている。


「なんだよこれ! ふっざけんなよ!」

「もう嫌! 帰して! 家に帰してよ!!」


 男の怒声と女の悲鳴が聞こえる。

 部屋を出れば別の景色が見られると漠然と思っていたが、違った。

 広くなっただけで、部屋から出てもまた真っ白な部屋だった。


 部屋の中央付近に2人ずつ合計4人の男女がいる。みんな私が着ているのと同じ白のツナギを着ていた。

 中央には台座があり、上に首輪が6つある。6人分ということだろうか。今この部屋にいるのは私入れて5人。壁には綺麗な5つの扉とひしゃげた1つの扉。制限時間に間に合わなくて1人脱落したようだ。


 台座の周囲に何の用途で使うのか斧や鋸、刀、チェーンソー、金属バッド、肉切包丁が立てかけられている。


 黒髪の女は床にしゃがみこんですすり泣いている。メガネの男は彼女の背中を撫で、慰めていた。

 他に茶髪の女と体格のいい男がいる。さっき怒鳴ったのはこの男なのだろう。怒りで顔を真っ赤にしている。茶髪の女は恐怖で顔から血の気が引いていた。

 彼女は私に気づいたようでこちらに近づいて来る。


「酷い、こんな子供まで巻き込むなんて。怖かったでしょう……?」


 優しい人なんだろう。声を震わせながらも私に気遣う言葉をかけてくれ、抱きしめてくれた。

 彼女の問いに私は無言で頭を振った。


「そう……強いのね」


 決して彼女に心配をかけまいと虚勢を張ったわけではない。

 ここに突然連れてこられて最初は恐怖を感じていた筈なのに、今ではその感情はない。

 どうしてだろう。あまりの異様な事態に心が麻痺しているのかもしれない。


 ピロリンという電子音が鳴った。

 音がした方を見ると、壁に埋め込み式のモニターがあった。


『1分以内に首輪を付けないと爆発する』


 赤い文字でそう表示された。

 文の下には時間が表示され、1分からカウントダウンが始まった。


「い、嫌だ。つけたくない……つけたくないよ!!」


 黒髪の女がパニックに陥っているようで叫んだ。もう何も見たくない聞きたくないというように地面にしゃがみこんで目を固く閉じ両耳を塞いでいる。


 ドクンッと心臓が鳴る。

 この光景を私はどこかで見たことがある気がすた。でもそれはいつ、どこで?


 私は女の手から離れて台座の上に置いてある首輪を取り、首に装着する。

 首にひやりとした鉄の感触が伝わる。

 この首を絞めつけられる息苦しさも知っている。


「あ、つけて平気なの……?」

「うん、平気。それにつけないと死んじゃうよ」


 私が言うと戸惑っていた3人は慌ててつける。

 黒髪の女は怯えているようで体を震わせたまま動こうとしない。

 彼女の反応は仕方ない。誰だってこうなる。あの女の子も彼女のように酷く怯えて何もできずに死んだ。


 ん? あの女の子って誰?


 残りはあと30秒もない。

 耳を閉じているから説得は無理だろう。

 それなら仕方ない。無理やりつけて抵抗されると時間がもったいない。

 それならやることは1つだけ。


 台座に立てかけてあった金属バッドを手に取る。


「おい、何しようって言うんだ」


 メガネの男が顔を真っ青にして言う。


「いつかは死ぬんだから、無駄死にするよりも今みんなのために死んだほうが彼女も幸せだよね」


 私はバッドを彼女の頭に叩きつけた。

 頭が割れたようで血がどくどくと溢れ出る。これくらいで死なないだろうけど、気絶してくれただけいいかな。

 台座の上に置いてある首輪を取り、倒れた彼女の首に装着する。

 残り時間を見ると8秒だった。


 人をバットで殴った感触がまだ手に残る。

 気持ち悪いと思ったが、彼女の血を見ても黒猫を見た時のような恐怖感はもうない。

 それは私が何度も人を傷つけ、殺したことがあるからだ。


 ピロリンと電子音が鳴る。

 モニターに新しいメッセージが表示される。


 『最後の1人になるまで殺し合え』


 そんな単純なことなんだ。

 さっきは面倒なことをさせられたからラッキー。


 制限時間は10分のようだ。タイマーの残り時間が1秒ずつ減っていく。


 使い慣れた刀を握りしめ、1番厄介そうな体格のいい男の首を切りつける。

 噴水のように噴き出た血が傍にいた茶髪の女に降り注ぐ。


「いやあああああああああああ!!」


 彼女は悲鳴を上げ泣き叫ぶ。

 さっきとても親切にしてくれたから苦しまずに殺してあげたいけど、私の技術ではそんな器用なことはできない。痛いだろうけど、優しいお姉さんのことだから私の気持ち、わかってくれるよね?


 胸に刀を深く突き刺す。彼女が吐き出した血が私の顔に掛かった。

 刀を引き抜くとドサッと仰向けに倒れる。


 残るはメガネの男だ。彼はチェーンソーを構えて私を睨んでいる。

 すでにエンジンがかけられており、刃が五月蠅い音を立てながら高速で回転している。


 ゆっくりと彼に近づく。

 武器としてはチェーンソーの方が殺傷力は強そうなんだけど、怯んでいるのか彼は後じさる。

 すでに2人殺してるから警戒しているのだろう。


「ねえ、お兄さん。私の方が年下なんだから、命を譲ってよ」


 チェーンソーは当たると確実に大変なことになりそうだから、一応お願いしてみた。


「俺だって生きたいんだ。見ず知らずのお前なんかのために死んでやる義理はない」


 黒髪の女には優しかったのに、私には冷たいんだね。

 でもしょうがないか。私もどんなにお願いされても自殺するようなことはしないし。


 彼は叫び声を上げて突進してきた。

 戦いなれていないのだろう彼の動きは直線的で動きを読みやすいので簡単にかわすことができた。

 すれ違いざまに彼の腕を切り落すとチェーンソーが床を滑って離れていく。続けて背後から背中を切りつけ、痛みで蹲る彼の首を跳ね落とした。


 タイマーを見るとまだ時間が止まらない。

 もしかして全員殺すだけじゃ足りなかったのかな。謎解きしなきゃいけないなら面倒だなと思っているたが、そう言えば黒髪の女はまだ死んでいないことを思い出す。倒れている彼女の首を跳ねるとタイマーは止まり、モニターの横の扉が開いた。


 首輪はこれからも使うのかクリアしても外れない。念のため刀はそのまま持って行くことにした。


 今回は幸運だった。みんなこのゲームの初心者だったので殆ど抵抗されることなく殺すことができた。


 今ではすっかり記憶が戻った私は、このゲームに2回参加したことがあるのを思い出していた。忘れていたのは証拠が漏れないように薬で記憶を消されていたのだろう。

 3か月前と半年前。

 どちらも血みどろになりながら大勢の犠牲の上で勝ち上がった。私に戦う才能があるかはわからないが、幸運だけで生き残れるほどこのゲームは甘くないと知っている。


 最初に殺したのは臆病な女の子だった。

 ゲーム中盤までは協力しながら進むことができたんだけど、後半からはお互い殺し合わなければいけなくなった。話してみるととても優しくて気が合う子だったので、外で出会えればきっといい友達になれた。でも彼女を殺さないと私が死んじゃうルールだったから、辛かったけど殺した。

 優しい子だったからきっと私を恨まないで天国に行けてるよね。


 どの時点でゲームが終わるかは主催者の気まぐれなのかもしれない。例え脱出できても主催者の都合で呼び戻されるのだろう。


 まだ続くのかと辟易とする。

 だがどれだけ続いても私は必ず生き残る。

 イカレタ狂人の思い通りになるものか。

 そしてまた生きて戻れたら必ず主催者を見つけて、3度も私をこの狂気のゲームに巻き込んだことを後悔させてやる。


 決心の元、私は次の部屋へと続く長くて白い廊下を進んだ。

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