君にとっての東京。私にとっての君。

京 志鳴

君にとっての東京。私にとっての君。


”東京へ来て分かったのは満たされるためにはお金が必要だという事。”



そんな言葉を残し、彼女はこの地を去っていった。

こんな場所でありながらも、自分と環境に奮闘しようとした彼女の姿は知っていたから、私は何も言えなかったどころか、知っていたからこそ、申し訳なさで私はいっぱいだった。

夢を持ち、東京へとやってくる者を私は沢山知っている。漫画や小説でも、そういって主人公や人物が取り上げられる。それほどに東京という名は輝いている。

馴染む者だっているのだろう。物に溢れ、行きたいお店や食べたい物だって揃っているのだから。だがしかし、彼女のように何かに落胆してしまう者もいるのだろう。


東京はどうもお金が無いと満たされないのは本当です。

そう思わせてしまった悔しさとその環境で育ってしまったからこそ、本質を見れていなかった自分への呆れ。

東京はお金に躍起になっています。買うことで満足を得ている。そうじゃない人もいるけど空気がそうさせていて。

そして同時に競争意識も高いのでしょう。周りより豊かな生活をひけらかしたり、一覧に写真を並べ、服や食べたものや行ってきた場所への承認欲求を求める人達、または、そこに差を作り出したい者。

こういう人間こそが厄介ですね。残念ながら蔓延っている気がします。

競争意識は悪いことでは無いです。しかしそれを当たり前と感じてしまえばあとは疲れるだけの人生が待っています。


もちろん、それだけでは無いことは知っています。

お金を使わずとも楽しめることは沢山ある。隅田川沿いを散歩してみたりするといい、哀愁深く感じられることだってある。分かります。

しかし、生きてはいけますか?住むだけならいいでしょう。仕事へ行き、家に帰って食事をし、眠る。その次の日も同じように。ええ、十分住んでいけます。

そんな生活を生きてると言えますか?活きていけますか?

彼女が感じたのは、きっとこの事なのでしょう。


だけどもどうしたって、この場所は私にとって大事な場所でした。

好きな人に出会えた、好きな人と過ごした、私たちの思い出はそんな東京に残っているのです。大事にしたかった場所だった。

けれど、そんなことを言われてしまったら、どうも憎みそうになるではないか。

こんな場所のせいで、こんな環境のせいで彼女は諦めざるを得なかった。

何度も頭を抱えたことです。

当たり前ですが、自分ではどうしようもなかった。たった一人の人間がこの環境を変えるなど大それたことは出来なかったし、どうにか支えたかったにも、どうしても他人である事が壁として常に塞いでいたのです。



「東京は私に合わなかった。」


そんな事を笑顔で、しかも腕の中で言っていたものだから私はどうもうまく言葉を返せなかった。そんな言葉に続いて「君に出会えて本当に良かった。ここにきてから2年ぐらいかな、一番嬉しかったことだった。」だなんて。

ひたすらに悔しい気持ちでたくさんだった。恥ずかしい気持ちでもあった。謝ってしまいたい気持ちもあった。―君が夢を見てやってきた東京がこんな場所でごめんな。そんな言葉を軽々しく言えなかった私は泣くだけでした。



彼女と居れるのなら今の仕事をやめて彼女の故郷へ行ってしまうことも、私にとっては容易いことだった。しかし、彼女は私よりも幾分も大人だったのだろう。好きなだけじゃ一緒にはいられない、そんなことをこの歳になって初めて知らされた。


数ヶ月も経ってしまったが、あの頃の記憶は確かだったのだろうか、この思い出はちゃんと本物なのか、それすら危うくなっている。彼女はちゃんと存在していたのであろうか。写真だって、一緒に買いに行ったエピフォンのアコースティックギターだって、お揃いで持っていたスペースシャトルのキーホルダーだってちゃんと手元に置いたままであるけども。

彼女へ宛てた手紙はもう七通ぐらい重なっている。それらは全て、木製の引き出しに仕舞われている。一番下の、鍵のかかった場所だ。結局渡せなかった。




変わらず今日も東京の空を見つめる。雲ひとつなく、憎たらしいぐらいに燦々と太陽が輝いていて。まるで彼女がいたことを忘れたかのように笑っている。神保町の神田古書店街を二人で歩いた時に見つけた、ひっそりと営業しているロシア料理店も変わらずでした。

彼女は覚えてくれてるのでしょうか。


いつかの日に、うだうだとベッドで、机に向かって日記を書く彼女を見つめていた。

「今日食べたのって何肉だっけ?」椅子を回転させながらこちらを向いた彼女に、鶏肉だよと伝えると「そうだったね」と笑って、また続きを書き始めた彼女。

その日記に私のことでも書いていたのでしょうか。どうか、あの日に一緒に食べたお店は消えないでください。街の変化が激しい場所ではありますが、どうか、どうかあのお店だけは残しておいてください。思い出の場所まで消さないでください。



相も変わらず溢れ出るほどに人が行き交う横断歩道。新しくできたタピオカ店に行こうなどと張り切っていた女子高生たちに思わず苦笑いが漏れた。そして思い出されるあの言葉に顔を歪ませる。私には何もできなかった。ただ、それだけが強く残る。


あなたに出逢えたこの街の名前は、確かに東京だった。

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君にとっての東京。私にとっての君。 京 志鳴 @kebabuyamada

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