第43話 柚香の秘密②
詩冬は強い衝撃を受けた。なんと海道は犀鶴の妻を匿っているというのだ。それが柚香にも関係するのだろうか。
海道が話を続ける。
「当初、犀鶴さんはユズカちゃんを奥さんだと誤認してたよね。すっごく似てるから無理もない。犀鶴さんが奥さんといっしょに日本を去ったのは、当時の奥さんがいまのユズカちゃんくらいの年齢だったらしい。厳密には十七のときだから、一つだけユズカちゃんより上になるのかな」
「似てるって……」
「うん。ユズカちゃん、お母さんにそっくりなんだ」
詩冬の全身に激震が走った。
「えっ? そ、そういうこと?」
「そういうことさ。犀鶴さんが奥さんを一人置いて単身で修行に出ていったとき、すでに奥さんのお腹には赤ちゃんがいたんだ。その赤ちゃんこそ、あのお嬢ちゃんてわけだ。犀鶴さんは赤ちゃんのことをずっと知らなかった」
「柚香が犀鶴さんの娘……」
柚香と犀鶴の顔を、頭に思い浮かべた――。
嘘だろ? 信じられない。柚香があの犀鶴さんの娘だなんて。マイペースなところ以外、ぜんぜん似てないじゃん。
念のため、海道にもう一度確認する。
「あのう……柚香は本当の本当に犀鶴さんの娘さんですか?」
「ユズカちゃんはすっごくお母さん似なんだよ。そうそう、それに名前もね……」
「名前……ですか?」
海道は必死に笑いを堪えている。それでも緩みかかった口元に力を入れた。真面目に答えようとしているらしい。
「お嬢ちゃんのお母さんであるユズカさんはね、犀鶴さんがつけた名前なんだ」
ちょっと待ってくれ。余計に混乱してきた。
お母さんであるユズカさん? どういうことだ。
「ええと、それって柚香の名前と……」
「それまでのユズカさんの名前は『新生命体6号』。こんなの人の名前じゃない」
「新生命体6号って、そんな、まさか?」
海道が首肯する。
「そう。卯月ちゃんと同じように、遺伝子工学によって誕生した研究用の人間だ。ただしユズカさんの場合は、いまの言葉でいうクローン人間に近いかな。でも犀鶴さんはユズカさんを一人の女性として愛してしまった。そしてユズカさんも優しい犀鶴さんに、特別な感情を抱いていたようだ。当時そこで働いてたボクの兄は、そのお手伝いをしたんだ。犀鶴さんとユズカさんは、俗にいう駆け落ちっていうことになるのかな……。二人で海外へ逃亡した。向かった先はまずチベット。最終的に行き着いたのはインドだった。そのあと犀鶴さんは修行に出てしまったのだけど、ユズカさんのお腹には赤ちゃんがいたわけなんだ」
「柚香……」詩冬は思わず声を出した。
「そう。ユズカさんは赤ちゃんを生んだ。そして犀鶴さんからもらった大切な名前を、愛している自分の子供にもつけたんだ。きっと……犀鶴さんが修行から戻ってきたら、自分と同じくらいその赤ちゃんも愛されるように……ってね、ボクはそんなふうに考えている。ユズカさんは決して多くは語らない人だから、本人の口からは何も言ってないんだけどね」
柚香の隠された秘密を知ってしまった。
他にももっと知りたいことはある。
「それで柚香は、いつ、どこで、なぜ死んで……」
海道は優しい口調で答えた。
「厳密な意味での幽霊ではないよ。いま住所を教えるからそこへ行ってごらん」
詩冬はふたたび頭が混乱してきた。
――厳密な意味でって何だ?
「行けばわかるというんですか?」
海道がゆっくりと深く首肯する。
詩冬は海道から地図の書かれたメモを受け取った。
「そこがユズカちゃんのお母さんであり、犀鶴さんの奥さんでもあるユズカさんの住所だ」
胸に熱いものが込みあげてきた。
そこへ行けば柚香が記憶をとり戻せるかもしれないのだ。
これでやっと最初に交わした約束が果たせる。
渡されたメモを何度も読み返した。
海道が詩冬に念を押す。
「ユズカちゃんは本当に『生きたい』って言ったんだよね?」
「本当です」
「それならばユズカちゃんを、ぜひそこへ連れてってくれ」
「承知しました」
残る疑問はたった一つのみだ。
柚香は厳密な意味で幽霊ではない――じゃあ、なんだ?
とにかく柚香に関する貴重な情報を得ることができた。
詩冬は桃園郷から自分の町へと戻っていった。
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