第42話 柚香の秘密①


 逃げていった犀鶴に、海道が溜息をつく。

 今度は詩冬に尋ねるのだった。


「ところでキミ。卯月ちゃんは元気にしてるかな?」


 どう答えたらいいのだろうと、詩冬は天井を見あげて考えた。

 実際、いまいち卯月の元気の基準がわからない。


「相変わらずってとこかなぁ」

「うんうん。それならば、やはりキミに預けてよかった」


 海道が満足げに喜色を浮かべる。

 詩冬も大きくうなずいた。


「オレもそう思います。卯月のヤツ、ウチの姉貴にすっげぇー懐いてるんです」


「おや、そうかい。ずっと卯月ちゃんには、甘えられるような年上で同性の人がいなかったからね。きっとキミのお姉さんに、ほんの少しばかりお母さんを投影したんじゃないかなぁ」


 ――ウチの姉貴に?


 思わず噴きだしそうになるのを必死に堪えた。


 しかし言われてみれば納得できなくもなかった。姉の深雪はガサツで大ざっぱなところもあるが、懐の深さで人を優しく包むことのできる人物だ。度量の広さは詩冬が認めていることだった。


 ふたたび海道が尋ねる。


「では、ユズカちゃんの方はどう?」


 そう、それだ。

 詩冬がここへ来たのは、柚香のことがあったからだ。


 海道に真剣な眼差しを向ける。


「海道さん。きょうここに来たのは、柚香のことで相談があったからです」

「そのようすだと、あまり良さそうな話ではないね?」

「はい。実は……」


 柚香のようすがおかしいことを海道に話した。体調の変化のことや、自分の存在が消えていくと言っていること。それから霊として『もっと生きたい』と言っていることなど。


 海道の顔からはすっかり笑みが消えていた。


「そっか。ユズカちゃんがねえ」

「だからオレ、少しでもアイツの力になってやりたくて」


 海道がじっと考え込む。


「うーん。『もっと生きたい』かぁ。詩冬くん、本当に『生きたい』って柚香ちゃんが言ったんだね?」


 念を押してくる海道を、詩冬は不思議に思った。


「柚香はそう言ってましたけど、それがどうかしたんですか?」


 海道が力強く答える。


「ならば生かそう」

「えっっっ。それって科学の力で!?」


 詩冬は驚愕とともに喜色を浮かべた。だがすぐ我に返り、戸惑いを覚えた。いくら特殊な科学が進んだとしても、死人の蘇生など無理ではないのか。


「科学の力ではないよ。柚香ちゃん本人の努力さ。残念ながらこれに関しては、いまの科学なんて役に立たない」


 海道は首を横に振りながらそう答えた。


「えっ、それじゃ……本人の努力で?」

「待っていたんだよ。そのユズカちゃんが『生きたい』って思ってくれることを」

「どういうことですか?」


 先ほどの犀鶴の衝撃的な話もあって、もう詩冬の頭は理解が追いつかなくなっていた。


 いいや、ちょっと待った――。

 海道の話に、引っかかるところがある。


「あのう。犀鶴さんも海道さんも、初めは柚香を犀鶴さんの奥さんだと思い込んでいましたよね? でも結局、柚香は犀鶴さんの奥さんじゃありませんでした。それなのに海道さんは、まるで柚香を知っているような言い方してますけど……」


 海道はまた首を横に振った。


「いいや、ボクはユズカちゃんのことを犀鶴さんの奥さんだなんて、初めから思ってなかったし、言ってもいなかったさ。誤解していたのは犀鶴さんだけだよ」


 詩冬はますます混乱してきた。

 海道が白い歯をこぼす。


「わかった。そのことも含めて話そう」


 海道はもったいぶるように、前置きから話を始めた。


「さっき言ったよね? あのお嬢ちゃんは犀鶴さんの奥さんではない、って」


 詩冬はゆっくりとうなずき、緊張しながら海道の次の台詞を待った。


「いま犀鶴さんの奥さんは、別のところで生活している。実はね、ボクが匿っているんだ。その場所はキミの住んでいる町から、さほど遠くないところだよ」


 ――犀鶴さんの奥さんを匿ってる? でもそれが柚香と関係するのか?

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