第40話 拷問と人体実験


 詩冬は応接から試験室へと移された。

 実験台の上で仰向けに寝かされる。


 囲んでいるのは十数人の男たちだ。

 先ほどの長髪の男もいる。

 そればかりか海道一登の姿もあった。


 四十代半ばの男が前に出てきた。

 端正な顔立ちをしており、威厳も感じられる。


「やあ。キミが霊的陽性の少年だね? 私はこの研究院で院長をしている玖波だ」


 ならばこの人物こそが、卯月の言っていた『叔父』ということになる。


「キミは玖波卯月を知っているね? いまどこにいるのか教えてくれないかな?」


 玖波院長の顔に笑みがこぼれていた。

 その口調は気味が悪いほど優しく穏やかなものだった。


 詩冬は何も答えず、辺りを見回した。

 囲んでいる大勢の男たちが、詩冬の返答を待っている。


 もちろん彼らに居場所を話すつもりはない。

 視線を海道のところで留めると、彼は慌てるように目を逸らした。


 ふたたび詩冬が玖波院長に目を合わせる。


「生憎ですが、知りません」


 玖波院長の表情がやや険しくなった。


「ハハハハハハ。知らないはずはないのだがね。キミは卯月といっしょにここへ来た。それからだよ、あの子と連絡がつかなくなったのは」

「そんなこと、オレは知りません!」


 すると玖波院長はかんしゃくを起こしたように、詩冬の載った実験台を蹴った。


「おい、海道! こいつに卯月の居場所を吐かせるんだ」


 海道は院長に言われるがまま、実験台の前へと出てきた。

 無表情に台上の詩冬を見おろす。


「キミは少なくとも卯月ちゃんの知り合いだよね? 卯月ちゃんの狭い交友関係から考えると、居場所を知ってるのはキミくらいなものだ。さあ、教えてくれないかね?」


 海道が無理やり言わされているのは明白だ。


「いいえ。先日この施設を出てっから、玖波卯月さんとは一度も会っていません」


 玖波院長は鬼のような形相となり、片手で海道を横へ押し払った。

 ふたたび詩冬の前に出てきて吠える。


「お前、隠すとどうなるのか、わかってるんだろうな!!!」


 ものすごい剣幕に、詩冬はひるんだ。

 院長が仰向けの詩冬の胸倉を掴んで高笑いする。


「話す気がないとは面白い。面白いじゃないか」


 詩冬の胸倉を左右に激しく揺すった。


「おい、篠崎、大島、横山! こいつをすぐ解体しろっ。霊的陽性の人間の脳を、徹底的に調べあげるんだ」


 かなりマズいことになった。本当に殺される。

 この状況では海道も助けてくれなさそうだ。


「くっそ!」


 詩冬のその一言で、院長の顔がいよいよ真っ赤になった。

 胸倉を掴んだまま、反対の手で頬を殴りつけてきた。


 一発、二発、三発……。


 身動き取れない詩冬はただ打たれるのみ。

 院長が大声で叫ぶ。


「篠崎! やるんだ、早く」


 篠崎という男は、おどおどしながら首肯した。


「はっ。ただちに麻酔を用意します」

「麻酔なんていい!」


 詩冬は二人の男に頭を押さえ込まれた。

 ドリルの音が聞こえてくる。


 信じられないことに、麻酔もしてくれないらしい――。

 ちょっ、嘘だろ! 単に脅しだけだよな? 


 口元がガクガクと震えだした。

 恐怖のあまり絶叫する。


「うおおおおおおおおおおおお!」


 動かぬ手足に力を入れ、必死にもがいた。

 とにかく精いっぱいの抵抗をした。


「早くしろーっ」


 院長の怒号とともに、ドリル音が近づいてきた。


「ちょっと、待って、待って。わああああああああああああ」


 そのときだった――。



 ビュン



 小さな低音が聞こえた途端、パッと試験室内が暗くなった。

 蛍光灯の光が消えたのだ。ドリル音も鳴りやんだ。


 男たちが辺りを見回す。


 詩冬にもわけがわからない――。

 停電か? オレ、停電に救われたのか?


 間もなくして、どこからともなく声が聞こえてきた。



「これこれ。少年が嫌がって泣いておるではないか」



 な、泣いてなんかないけど……。


 詩冬も辺りを見回した。

 停電以外に変わったようすはない。


 しかしさっきから体じゅうに、ビリっとした静電気を感じている。

 室内の空気が多量の電気を帯びているようだ。


 院長が室内を歩き回る。


「誰かいるのか!」


 どこからも返事はない。


 密閉されたはずの試験室内に、不思議と風が吹き込んできた。

 なんとも面妖なことだ。


 もしかして霊の仕業か?

 だとすると柚香が助けに?


 だが先ほどの声は女のものではなかった。

 つまり柚香でないことは明らかだ。


 男たちは次々と懐から白っぽい眼鏡を取りだした。

 眼鏡をかけてキョロキョロするが、何も映っていないらしい。

 それは霊的陽性の詩冬の目にも同じことだった。


「見えぬか? そうじゃろうな。ほっほっほっほ。畏れ多くもこのワシは、聡明怜悧たる高僧にして、名僧と呼ばれた犀鶴じゃ」


 詩冬があんぐりと口を開ける――。

 えっ? 犀鶴さん?


 言われてみれば、その声は確かに犀鶴のものだ。

 犀鶴がこの部屋にいるということになる。


「犀鶴さーーーーんっ」


 詩冬が叫んだ。半泣き声で。


「おぬしでさえもワシが見えぬのか? ふむ、これもワシの難行苦行の成果じゃろうな。ではいまからワシの霊的濃度を上昇させてみせようわい」


 途端にヒトの姿が天井に現れた。

 長い髭に長い髪。ギョロッとした目玉。

 間違いなく犀鶴だった。


「犀鶴さんっ」


 何故か犀鶴が天井付近を飛んでいる。ぐるぐると旋回しながら。


 詩冬は首をかしげた――。

 迷僧ともなると、空を飛べるのか? そんなまさか。


 それにしても、先ほどから頻発している強烈な静電気が厄介だ。

 しかし静電気に悩まされているのは、詩冬だけではなさそうだ。


 ますます強まっていく静電気に、男たちも顔を歪めている。

 彼らは次々と試験室から出ていった。廊下を走っていく足音が聞こえる。


 院長も静電気に耐えられなくなったらしく、他の男たちとともに試験室をとびだした。


 そこに残ったのは詩冬と海道とそれから犀鶴のみ。

 海道は静電気にひどく参ったらしく、顔が蒼ざめていた。


 犀鶴が床におり立つと、静電気は収まった。


「ヤツら、出ていったようじゃな」


 海道は落ち着きをとり戻し、白い歯をこぼした。


「犀鶴さん。これまた派手な登場ですね」


 命を救われた詩冬が、犀鶴の名を連呼する。


「犀鶴さーん、犀鶴さーん、犀鶴さーん」


 けれども手足を縄やカセで括られているため、涙交じりの鼻水を拭うことができないでいた。海道がその縄とカセを解く。


 完全に自由となった詩冬が、命の恩人である犀鶴に抱きつこうと跳びかかる。

 しかし腰に力が入らず、床に転げ落ちてしまった。

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