第39話 これしか浮かばねえ
月曜日となった。
夏休み期間中、平日は詩冬が朝食を用意することになっている。といってもパンやシリアルが多く、詩冬がやることといったら卵やベーコンを焼いたり、スープなどを温めなおしたりするくらいだ。
朝食の準備ができたので、食卓で皆を待つ。
深雪と卯月がやってきた。
詩冬がイラッとする――。
二人ともデリカシーがないなぁ。髪くらい
ちなみに夜でも眠ることのない柚香は、朝っぱらからどこかへフラフラと出かけていることが多い。今朝も単にそうなのだろうか……。
柚香を除く三人で食べ始める。
「なあ、卯月。玖波究院の海道さんの連絡先、知ってるか?」
「わざわざ携帯電話で連絡とったことはない。だから知らないし、登録してない」
「そっかぁ」
会話を聞いていた深雪が首をかしげる。
「それがどうしたの?」
「ううん。ただ訊いてみただけ」
詩冬は決意した。これから海道と会うために玖波究院へ行こうと。
むろん柚香のことを相談するためだ。柚香には消えてほしくない。
霊についての研究をやっているのは、日本ではたぶん玖波究院くらいだろう。
だが高いリスクを孕んでいる。詩冬自身が世にも珍しい霊的陽性の人物であり、研究用サンプルとして彼らに欲しがられているのだ。
それでも行かずにはいられなかった。
朝食を済ませ、一人で家を出る。
玖波究院へ行く前に、カフェ・ラナへ寄ってみることにした。
元研究員の華之江とも相談してみようと思ったのだ。
うまくすれば海道の連絡先も聞きだせるかもしれない。
もしそうなれば、わざわざ危険な玖波究院まで行かなくても済む。
カフェ・ラナに到着。
残念ながら店は閉まっていた。
別に朝早すぎたためではないようだ。
入口に『本日臨時休業』の札が掛けられている。
――何もこんな日に。
仕方なくそのまま桃園郷へと向かった。
◇
電車で桃園郷駅に到着。
ハイキングでもないのに丘をのぼっていく。たった一人で。
大自然の美しさなど、いまの詩冬には関係ない。
玖波究院の門の前までやってきた。海道はそこにいるはずだ。
そこで腕を組んで考える――。
ああ、どうやって海道さんと会えばいいんだろう?
施設内にこっそり侵入? ―― オレのやり方じゃない(×)
海道氏が出てくるのを待つ? ―― 日が暮れてしまう(×)
普通に正面から入っていく? ―― これしか浮かばねえ(○)
よし、やってみるか。
オレの顔なんてイチイチ覚えていないだろう。
びくびくしてたら疑われる。堂々としていれば案外バレないものだ。
門を通り抜け、正面玄関に入っていく。
受付窓口の前に立つ。受付の若い女と目が合った。
「すみません。海道一登さんに面会したいのですが」
「お名前をいただけますでしょうか?」
実に事務的だった。
「さ、更科です」
「アポイントはとられていますか?」
アポイントときやがった。
そんなものをとっているわけがない。
「えっと……。はい、約束しています」
「そちらにおかけになってお待ちください」
受付窓口の前のソファーに腰をかけた。
十五分ほど待たされたあと、白衣を着た中年の女がやってきた。
海道ではなかった。
詩冬は急に不安に駆られた。
中年の女がじっと詩冬の顔を眺めている。
眼鏡をかけているが、例の白っぽいものではない。
「応接室へ案内します」
詩冬の返事を待つことなく、くるりと背中を向けた。
そのまま歩いていく。
詩冬は中年の女についていった。
応接室に通され、ソファーに腰をかける。
中年の女は応接室から出ていった。
海道が来るのを一人で待つ。
応接室には窓がなかった。イザというときに逃げられそうもない。
やがてガチャッと音がした。
応接室のドアが開けられたのだ。ノックなどなかった。
十数人の男たちがいっせいに入ってくる。ドドッと押し寄せてきた。
しまった、と思ってももう遅い。
詩冬のことはバレていたようだ。
たちまち囲まれてしまった。
その中から長髪の男が前に出る。
「驚いたよ。サンプル候補クンが自ら戻ってくるとはねえ」
ニヤニヤと笑っているが、この長髪の男は何者なのか。
その男が他の者たちに指示する。
「彼を取り押さえてくれ。逃げられないようにカセに括るんだ」
たちまち詩冬は手足を、縄とカセで拘束された。
「くっそ、身動き取れねぇ」
長髪の男が周囲の男たちに告げる。
「皆、よくやってくれた。もうこのサンプルは逃げられまい」
大勢の男たちは長髪の男を一人残し、ぞろぞろと応接室から出ていった。嵐のように騒然としていた応接室は、やっと静寂をとり戻した。だが詩冬は捕らえられている。
歯を食い縛る。
考えが甘かったようだ……。
正面には長髪の男が立っている。
詩冬は男の顔を見あげた。
長髪の男が溜息を吐く。
「困るんだよね。こんな堂々と来られたら、君を助けようがないじゃないか。君の顔はここのみんなに知られているんだよ」
「えっ?」
「俺は海道の同僚ってところさ。君を助けてやりたいとは思うけど、こうなっちゃねえ、ちーと難しいかもな。でも卯月ちゃんの居場所については、死んでもここの連中に話すんじゃないぞ。どんな拷問を受けようともね。君も男だというのなら、一人の少女の命を体張って守ってみなよ」
詩冬は鳥肌が立った――。
ちょっと待ってくれ。この男は何を言っているのだ?
てか、オレは拷問を受けて殺されるのか。そんなことって。
「さてと。君を試験室に運ばなければならない」
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