第35話 連携プレー


 さて、卯月に必要な日常品は、すべてカゴに入れたつもりだ。

 レジに向かおうとした……が、詩冬の足は動かなかった。


「どうしたの、詩冬?」


 柚香が不思議そうに小首を傾ける。

 詩冬はいきなり柚香の手首を掴んだ。


「きゃっ」


 柚香が目を見開き、詩冬の顔を見る。


「な、何よ、急に。びっくりするじゃない」


 このとき詩冬は初めて知った――。

 柚香は驚くと顔が赤らむらしい。


 それはさておき柚香に説明する。


「驚かせてゴメンよ。だけど女子用の下着なんて、オレ一人で買えるわけないじゃん? で……つまりさ、霊的陽性のオレが柚香に触れていれば、レジの人にもお前の姿が見えるってことだろ?」


「だからって、こ……こう手を繋いでレジへ行くっていうわけ?」


 困った顔の柚香。

 詩冬がこうべを垂れる。


「頼む、守護霊さま」

「まっ、しょうがない。今回だけは特別ね」

「悪いな」

「えっと……こうする方が自然でしょ?」


 柚香が詩冬の手を、いったんふり払う。

 そして改めて詩冬の手を握り直してきた。

 てのひらがしっかり重なる。


「男の子が女の子の手首を掴んで歩いてたら、何事かと思われちゃうじゃない」


 ごもっとも。


 リア充を装ったペアとなり、レジへ向かった。

 互いの手がギュッと握り合っている。


 詩冬は妙な気恥かしさが込みあげてきた。

 正直なところ、いまの姿をあまり他人に見られたくない。


 レジまではすぐそこだ。近づくにつれて恥ずかしさが増していく。

 詩冬の心臓はドキドキ言っていた。慣れないことはするものではない。


 さっきまで店内に客は一人もいなかったはずだ。

 それなのに客がいるではないか。しかも一人や二人ではない。結構いるぞ。

 これはどうしたことだ。いつの間に?


 しかし夜間のためか、店員のいるレジは一ヶ所のみ。

 客の初老女がすでにレジ前に立っている。

 店員は不慣れなためか、処理に時間がかかっていた。


 初老女の後ろに並ぶ詩冬と柚香。

 二人は手を握り合ったままだ。


 レジはまだ打ち終わらない。

 詩冬は打ち直しの多い店員にイライラしてきた――。

 いつまでこんな格好で待たせるんだよ!


 早くしてくれ。早くしてくれ。早くしてくれ。早くしてくれ。早くしてくれ。


 レジ店員は客が並んでいることに、ようやく気づいてくれたらしい。

 手を握り合う二人を一瞥し、奥に向かって大声をあげた。


「レジお願ーい」


 奥から別の店員がやってきた。隣のレジに立つ。


「こちらへどうぞッス」



 詩冬はその店員を見て思った――終わったと。



 店員の顔に見覚えがあったのだ。

 いいや、見覚えどころの話ではない。

 同級生の渡良瀬というヤツだ。


「あれっ、更科じゃねえか!」


 見られた。柚香と買い物しているところを渡良瀬に見られた。しかもいま手を繋ぎ合っている。


「おお! やっぱり更科じゃん。こんな可愛い子と、お手々繋いでお買い物か? 見せつけてくれるなぁ」


 見せつけようとしているのではない。というか見られたくなかった。それも同じクラスのヤツだけには、絶対に見られたくなかった。

 同級生が近所の店でバイトしているという悲運を恨んだ。


「渡良瀬、このことは誰にも喋るんじゃねえぞ」


 渡良瀬は聞こえないフリしながら、商品のバーコードを機械で読みとっていく。


「聞いてんのか、渡良瀬?」


 冷ややかな視線を二人の手に注ぐ。

 その視線をあげ、詩冬の顔に向けた。


「あのさ、更科。喋るなってなんだよ。そういうのは手を放してから言え。ラブラブなのはいいけど、見てるこっちが恥ずかしくなるぜ」


「うるせ!」

「はい。合計、XXXX円になりまーす」


 詩冬は左手でポケットから財布を取りだした。


 しかし右手は柚香と握り合っている。

 左手だけでは財布の中から紙幣を取りだせない。


 さて、困ったぞ。ならば……。

 財布を柚香の前に差しだす。


 柚香は察してくれたようだ。握っている方とは逆の手で、詩冬の財布から金額分を支払った。

 二人の連携プレーに、渡良瀬が目を丸くする。


「ふう。手を繋いでここまでイチャつく客を見たの初めてだぞ。しかも彼女……パジャマ姿ってことは、そういうコトなんだろ?」


 詩冬は商品の入ったレジ袋を、恥ずかしそうに渡良瀬から奪い取った。

 着ているシャツはもう汗でびっしょりだ。


 繋いでいる柚香の手を引いた。


「いっ、行こうぜ」


 出口へと歩いていく。もちろんまだ柚香と手を繋いだままだ。

 背中に感じるのは渡良瀬の視線。まだこっちを見ているのだろう。


 自動ドアの前で立ち止まった。

 不思議そうに詩冬の顔を見あげる柚香。


「どうしたの?」

「うん、ちょいっとゴメンよ」


 詩冬は繋いだ手を高くあげた。

 そのままレジを顧みる。


「やーい、渡良瀬! 羨ましいだろ」


 吹っ切れた気持ちになった。


 柚香も詩冬の行動を理解したようで、フフフと声に出して笑う。さらに繋いでいない方の人差指を目の下に置き、渡良瀬に向かってアカンベーをするのだった。


 二人でいっしょに店を出た。自動ドアが閉まる。


「最後にあんなことして楽しかった? まったく詩冬って子供みたい」


 そんな柚香の顔もいたずら盛りの子供のようだった。

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