第33話 鶏肉飯


 詩冬の姉からスマホに連絡があった。

 会社からいま帰るとのことだ。


 スマホを机上に置いた。

 窓からの景色を眺め、独りごちる。


「きょうは残業、割と長かったのか。そんじゃ飯の準備はオレがすっかな」

「詩冬、あんた偉いよ」


 柚香が腕組みしながら、うんうんと二度うなずいている。


「晩飯は、えっと……卯月の分も作るから三人分になるな。何を作ろうか」


 詩冬は階段をおり、台所に向かった。

 宙に浮いた柚香が後方から身を乗りだし、逆さまになって詩冬の顔をのぞく。


「四人分よ。美味しいものお願いね」


「……」詩冬は無言で固まった。


「どうかしたの? 詩冬」

「柚香は飯食わなくても、腹は空かねんだろ?」

「美味しいものは食べたいの」


 ――まあ、いいだろう。

 四人分作って姉に理由を訊かれたら、夜食用と答えれば済む話だ。


「わかった。けど、柚香はオレの部屋で食えよな」

「あーあぁ。その扱い、どうにかならないかしらね」

「仕方ねえじゃん。姉貴の前で、触ってない箸が動いたり、茶碗の中の御飯が減ったりしてみろ。どう説明するんだ?」


 柚香の膨れっ面を、指先で突いてやった。

 ぷにっとしてて気持ちいい。


「代わりと言っちゃなんだけど、オレの自信作を食わせてやるからな」


 得意料理の鶏肉飯を作ることにした。卯月をこの家で匿う話を切りだすために、その得意料理で姉の機嫌をとるつもりだ。


 冷蔵庫の中を確認してみると、食材はじゅうぶんだった。

 台所に立つ。まず鶏肉に味をつけて寝かせる。そして米を研ぎにかかった。


 ここでスマホが鳴った。


 今度は電話だ。また姉からだった。

 とりあえず電話に出てみる。


「姉貴? ああ、うん …… えっ! ちょ、マジかよ? …… うん …… わかった …… じゃあ」


 電話を切ったのち、独り言で不満をこぼす。


「まったく。こんな日に限って姉貴は!」



 ……  ……  ……  ……

 ……  ……  ……  ……



 夕食ができあがったところで、自分の部屋に戻った。


「卯月、柚香。飯できたから、おりてこいよ」


 柚香が不思議そうな顔をする。


「えっ、あたしも? あたしも下に行っていいの?」

「そう言ったつもりだ。柚香も来いよ。姉貴は急用で帰りが遅くなるんだってさ。飯は要らないらしい。きっと飲みにでも誘われたんだろ」


 用件を告げた詩冬は、階段をおりていく途中で、言葉をつけ加えるのだった。


「やっぱり飯は大勢で食った方が美味うまいし、楽しいもんな」



 詩冬、卯月、柚香の三人で食卓を囲んだ。


「さあ、食ってくれ。この鶏肉飯、自信作なんだ」


 柚香が嬉しそうに箸を手にする。


「いただきまーす。あら、いい香りね。このタレが鶏肉に最高に合ってる……。うん、うまっ! 詩冬、やるじゃん」


 絶賛する柚香に、詩冬はにんまりする。


「だろ?」

「うんっ、あたし、ここの家の子になる!」

「何言ってる」


 卯月も箸を取った。

 いただきますも言わず、詩冬の料理を口にする。


 何の感想も述べなかった。

 しかし箸がどんどん進んでいくようすに、詩冬は安堵するのだった。


 料理については成功だった。

 しかしこれから先について、気がかりなことが山積みだ。


 あの研究院から追っ手がやってくるかもしれない。

 卯月をいつまで匿っていられるだろうか。


 生活費にしたって一人分増えることになる。

 この夏休みにバイトをやらなくてはならないだろう。


 それから夏休み後のことも考えておく必要がある。

 たぶん卯月はもう中学に通えなくなる。


 実のところ、あの海道と華之江がどこまで力になってくれるのかも不明なのだ。

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