第24話 卯月の本性


「あー、あ。肩こっちゃうわ」


 卯月は首を右に左にグキッと鳴らしながら交互にほぐす。


「えっ、卯月さん……?」


 詩冬は目を丸くした。呆気にとられ、次の言葉が見つからない。


 卯月が不快そうな眼差しを詩冬に向ける。

 これまでの卯月からは考えられない態度だった。


「わたしの言うことを黙って聞いておけば、楽に済ませてやろうと思ったのに」


 詩冬がぽかんとする。


「どういうこと……」ここでようやく自分の愚かさに気づくのだった。「いままでのって?」


 柚香は床に伏しながら、視線を詩冬に向けた。


「バーカ、気づくの遅すぎよ。からかわれてるだけだって、あれほど忠告してやってたのに」


 卯月が柚香に向かって歩きだす。


「と・に・か・く、幽霊さんには被験体になってもらうわね」


「べー」


 柚香は舌を出した。力をふり絞り、立ちあがろうとする。しかしすぐにバランスを崩してしまった。


「柚香!」詩冬が体を支えにいく。


 卯月は歩く足を止めた。


「仕方ないわね。力ずくでやらせてもらうわ」


 彼女はそう言って、院内通話用のコードレス受話器を手に取る。


「サンプルの狂暴化。至急応援頼む」


 卯月が仲間を呼んだ。ここに人がやってくる。

 その前にこの状況をなんとかできないものだろうか。

 早くここから柚香を連れださなくてはならない。


 彼女の手を引いた。


 部屋のドアを開けようとすると、先にドアの方から開くのだった。

 戸口には多数の男たちの姿。


 彼らは部屋の中へ入るや、詩冬を押さえつけた。

 あっという間のことだった。


 詩冬は抵抗してみるも、まったく身動きできない。

 詩冬の手から離れた柚香は、その場に倒れてしまった。


「柚香っ」


 叫ぶ詩冬の眼前で、卯月が柚香に手で触れる。


「ほら、室内の空気が振動しているでしょ。いまならば霊的陰性のわたしでも、幽霊さんにちゃーんと触れられるのよ。驚いた?」


「触らないで」と柚香。


 しかし卯月は無視して彼女の上体を起こす。


「さてと霊液をもらうわね」

「やめろ、柚香を放せー」


 詩冬は必死にもがくが、男たちの手からは抜けられない。

 そのまま椅子に座らされ、手足を縄で固定されてしまった。


 卯月が無表情にナイフのような大きなメスを取りだす。


「ごめんなさい、幽霊さん。霊体用の注射針って存在しないの。だから真晶石製のメスで傷つけて採取するしかないわけ。少しだけにしておくから、痛みは我慢してね」


「やめろぉーーーー!」


 詩冬は椅子から立ちあがろうとした。しかし手足を縄で椅子に固定されており、まったく動きようがない。どんなにもがいても無駄だった。


 真晶石のメスを手にした卯月が、柚香のパジャマの上着を捲る。

 メスが柚香の鳩尾のやや下あたりに触れた。


「さあ、我慢してね」

「痛いっ」


 柚香は顔をゆがめた。

 卯月の握るメスの刃先が、柚香の体にめり込む。


「うわぁー、痛ぁーーい!」


 柚香の悲鳴が室内に響き渡った。


「やめろっ。柚香に何をする!」


 詩冬は縄で椅子に固定された体を激しく揺すった。

 すると勢いのあまり、椅子ごと床に倒れてしまった。


 卯月はナイフで柚香の霊皮に三、四センチほどの傷をつけたのち、霊液を試験管に三本分とった。その試験管も特別な素材なのだろう。


「成功したわ。ここで大人しく待っててね」


 三本の試験管を小さな容器に収め、それを持って満足そうに部屋を出ていった。


 倒れた詩冬は男たちによって椅子ごと元に戻された。さらには縄もしっかりと結び直された。

 男たちの一人が言う。


「トイレ等の用事がある場合、ここのマイクから大声で叫んでください。小さな声ですと音を拾えませんので気をつけてください。電源は入れっぱなしにしておきます」


 彼らは柚香を抱えあげ、手術台のようなベッドに寝かせた。しかしそこで何かを始めるわけではなく、彼女をベッドに残したまま退室した。


 詩冬は椅子に固定されながらも、彼女のことが心配でならなかった。


「柚香、大丈夫か」

「うん……大丈夫……」


 柚香は声を出すのもやっとのようすだ。


「ごめん。オレがきちんと柚香の忠告聞いてれば、こんなことにならなかったな。ぜんぶオレのせいだ。本当にすまなかった」


「ううん……。あたし、お礼が言いたいの。詩冬が……信頼できる仲間になってやりたい……って言ってくれて……とても嬉しかった……」


 その声から感じられる衰弱ぶりは、尋常ではなかった。


「柚香、いまはそれ以上しゃべらないでくれ」

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