第13話 蚤の市


 翌日の日曜日。


 思い立ったように向かった先は、遠い郊外にある国際空港だった。別に海外へ行くわけではない。実は空港隣接の広場で、世界中の民芸品コレクターが集う蚤の市が開催されていたのだった。


 蚤の市には、いまどき珍しくもあるヒッピーたちがひしめき合っていた。ここで詩冬が探しているのは、二匹の蛇が絡み合った形の腕輪だ。柚香の腕輪とできるだけ似たものが欲しかった。


 蛇の腕輪をあちこちと探し回った。しかしそれらしいものはなかなか売られていない。やっと見つかったのは二匹の蛇ではなく、二頭の龍の腕輪だった。


「まあ、いっか」


 詩冬は龍の腕輪を買って帰宅。


 デスク前の椅子に座り、龍の腕輪を袋から取りだした。

 そして作業にかかる。


「詩冬、何か冷たいものでもご馳走してぇー」


 やってきたのは柚香だ。

 相変わらずノックもなく、窓ガラス越しに入ってきた。


 一日経って機嫌が治ったらしい。

 というより、またタカリにきたのだろう。


「台所の冷蔵庫に麦茶あるから、勝手に飲んでいいぞ」

「えー、麦茶ぁー? 甘いのがいい。アイス珈琲とか、ジュースとか」

「ねえよ」


 柚香はガッカリしたように床に着地した。


「それより、きょうどこ行ってたの? ぜんぜん見なかったけど」

「空港」


 詩冬は素っ気なく答えた。


「空港?」柚香が怪訝そうな顔をする。そして何かを見つけたらしい。「ねえ、手に持ってるのって何」


 詩冬の背中越しに覗き込む。


「そ、そ、その腕輪……。何よ、それ。あたしとお揃い? バッカじゃないの」


 詩冬は無視して、作業を続ける。

 柚香が指先で詩冬の頬を摘む。


「腕輪のペアルックなんてやめてよね。あたしたち、まだそんな関係じゃないんだから」


 詩冬は気にせず黙って引き出しを開けた。そこからコンパスを取りだし、大きく広げる。その針先で腕輪に文字を彫り始めるのだった。


「詩冬、何してるの?」

「ちょっとな」


 作業に集中した。

 柚香はじっと作業を眺めている。


「あ、ちょっと。それ、あたしの名前じゃない!」


 詩冬が掘っているのは『柚香』という文字だった。


「えっ、あたしに……? い、要らないわよ、同じの持ってるし。急に困るじゃない……詩冬のバーカ」


 柚香は赤面しながら窓の外へと消えていった。


「よしっ、これで完成だ。あれっ? アイツ、麦茶飲まないで行っちゃったみたいだな」




 翌日、月曜日。


 詩冬は学校を休んだ。生まれて初めて仮病を使った。


 デスクの中から一枚のリストを取りだす。近隣地区の中学と高校のリストだ。昨晩、ネットで調べて作りあげたものだった。


 スマホを取りだす。電話番号を入力して発信。

 呼出音を聞いている間、心臓の鼓動は激化していった。


 電話が繋がった。


「あ、あの……。そ、そちらの学校の近くで、お、落し物を拾いました。それでそちらに、えっと……そちらにユウカさん、あるいはユズカさん、もしくはユカさんという方が、在籍していましたでしょうか? ちょっと古そうなものですので、過去に在籍していた可能性が高いと思います。字は柚子の木の『柚』に香りの『香』です。えっと、そちらの学校の生徒さんのようなので」


 言い終わったあとで全身が震えた。


 ぐへぇっ、ビビったぁー。

 オレ、何回『そちら』って繰り返しちゃったんだ?

 緊張のあまり死ぬかと思ったぞ。


 電話越しに相手の声が聞こえてくる。


『お待ちください』

「は、はい」

『生憎、当校にはおりませんし、去年の名簿にも載ってない名前です』

「そ、そうですか。失礼しました」


 どっと疲れが湧いてきた。しかしまだ一校目だ。

 こんな調子で電話をかけまくった。


 ずいぶん怪しまれた。なかなか取り合ってもらえなかった。『答えられない』または『いない』の即答ばかりだ。特に女子高や女子中ともなると、電話の応対は最悪だった。


 しかし柚香の手掛かりをてっとり早く探すのに、これしか思いつかなかった。

 ちなみに柚香が犀鶴の妻であり、インドで亡くなった――というのが最も自然だとは思うが、さまざまな可能性も考える必要がある。でなければ柚香との約束を果たすことにはならない。


 ただし全国の学校に電話をかけまくるのは不可能だ。それで近場の学校に絞り込むことにした。柚香はこの辺でうろうろしている霊なので、もし犀鶴の妻ではないのならばこの近辺で亡くなったのだろうと。


 六、七校目で電話に慣れてきて、十校目あたりで開き直るようになった。

 そして十四校目――。


『個人情報は教えられません。しかし場合によっては、お話させていただくことも可能です。当校へいらしてはいかがでしょう』


 もちろん行くつもりだ。


「わかりました。これから向かいますので、たぶん三、四十分ほどで到着できると思います」


 詩冬は龍の腕輪を手に取り、電話相手の私立高校へ向かった。


 もしかしたら柚香が過去に在籍していたかもしれない。在籍していたことが判明したら、どうにか柚香の知人を探しだし、落し物としてこの腕輪を見せるのだ。その結果『見覚えがある』と答えてくれたらビンゴだ。


 さっそく電車に乗り、私立高校の最寄駅で下車。

 スマホ画面の地図を確認しながら歩く。


「あれっ、詩冬じゃない。どうしたの? 学校サボって」


 頭上からそんな声が聞こえてきた。


 空を仰いでみると、そこにいたのはもちろん柚香だった。これから詩冬がやろうとしていることについて、説明は面倒なので適当にあしらうことにした。


「ちょっとした野暮用でさあ。たまにはいいじゃん、ズル休みくらい。そんじゃ、またな」

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