第14話 英雄様の魔剣


 プトレハース聖山を前にして、タフマルコが心の中で魔剣に呼びかける。

 小さな光の玉が現れた。その数九個。三日前と同じだ。光が剣の形を為す。


 彼はその中からどの魔剣を自分のものとするのだろうか。

 誰もがそのようすを見守っている。


 小さな聖山の麓をぐるりと約一周半。

 手を伸ばして魔剣のグリップに手をかける。

 ゆっくりとした動作で引き抜いた。


 天にかざされた魔剣は陽の光を受け、神々しく真っ赤に輝いていた。


 タフマルコは元の位置に戻った。



   ◇



 ラーゴ副局長は次の魔剣士候補に指示を出す。

 二番手の者もタフマルコと同様、黙礼してから一歩前に出た。


 彼が呼び寄せた魔剣は十二本。

 三日前より一本だけ少なかった。


 現れた魔剣の一つが、タフマルコのときに現れたものと被っていたからだ。

 タフマルコはその被った魔剣を選んだのだ。


 二番手の者が魔剣を手にした。

 すこぶる大きな剣だった。剣身の長さは、彼の身長とほぼ同じだ。



   ◇



「三番手、ポポロ」とラーゴ副局長。


 その名に聞き覚えがあった。

 はて……。


 ああ、そうだ。野郎どもから人気のあった子ではないか。

 確かに可愛らしい。なるほどモテそうだ。


 ただ気になることがある。魔剣士になって本当に大丈夫だろうか。

 体が小さいだけならまだしも、オドオドしたようすが頼りないのだ。


 魔剣を手に取った。


 十一本の中から選んだ魔剣は、流線型の美しい姿をしていた。

 彼女はたちまち表情を緩めるが、すぐに引き締め直した。

 そう。いまは厳かな儀式の真っ最中なのだ。



   ◇



「四番手、ハコネロ」


 ハコネロはだいぶ緊張しているようだ。三日前の予行ではノーチェの方ばかりを気にしていたくせに、いまはガチガチの表情で聖山を見据えている。


 呼びかけに応じて現れた魔剣は七本。二本も減っている。

 彼が得たのは枝刃を六つ持った七支剣だった。



   ◇



「十七番手、ピーニョ」


 彼は身を小さくし、明らかに震えていた。

 三日前の予行で、彼の呼びかけに応えた魔剣はたった二本。

 十七人目という順番から考えると、二本とも残ってない可能性が高い。


 黙礼して一歩踏みだした。

 魔剣に呼びかける。


 案の定、魔剣は一本も現れなかった。

 これまでの魔剣候補たちと、魔剣が被ってしまったのだ。


 肩を落とすピーニョ。しかし儀式は続行される。魔剣士になれないからといって、成人式をやめてしまうわけにはいかないのだ。


 お偉いさんが祝辞の中で述べていたことだが、プトレハース聖山で成人式を行なえること自体が名誉なのだ。オレが言う筋合いではないが、堂々と胸を張ってほしい。



   ◇



「三十五番手、ノーチェ」


 彼女の順番が一つ繰りあがっている。

 六十一人中、二人が死亡しているためだ。


 きりっとした顔つきで黙礼するが、その動作はとてもたおやかだった。

 小さな歩幅で踏みだす。


 聖山のてっぺんを見あげる目は、いくらか不安の念を帯びてきた。

 白い手を胸に当てて祈る。


 小さな光が十個。遠慮がちに聖山を飾る。

 それらは剣を形作った。


 はたしてどんな魔剣を選ぶのだろう。

 オレはワクワクしてきた。


 ノーチェが麓を約一周し、立ち止まる。

 どうやら魔剣が決まったようだ。


 引き抜いた魔剣は黒光りしていた。


 ちなみに、これまで他の魔剣士候補たちが引き抜いた魔剣は、どれも例外なく優雅で神々しいオーラのようなものを放っていた。

 しかしノーチェの魔剣はそれらとは対照的に、どんよりとした雰囲気を漂わせている。彼女の前では決して口にはできないが、なにやら禍々しいものを感じた。



   ◇



「五十番手、シューゼ」


 さて、英雄様の登場だ。

 彼が黙礼すると、空気の質が変わった。

 やはり只者ではないのだろう。


 数多の小さな光が聖山を煌びやかに装飾する。

 それらが剣の形を為すと、いっそう眩しくなった。


 はたして何本の魔剣がそこにあるのだろう。

 これだけあれば選ぶのも苦労して当然だ。

 シューゼは聖山を四周もした。


 魔剣が決まったようだ。

 手を伸ばす。


 その先にある魔剣は、刃全体が山腹に埋もれていた。

 だからグリップしか見えていない。


 深く埋もれている剣ほど上物だと、軽食屋の店主から聞いている。そのことはもはや常識らしい。当然シューゼも知っていたようだ。


 オレは彼の選んだ剣に興味が湧いた。早くその姿が見たい。

 いまは剣身が斜面に埋もれているが、いったいどんな形をしているのだろう。


 シューゼがグリップを掴む。

 彼は動かなくなった。


 どうやらなかなか抜くことができないでいるようだ。

 名剣ゆえなのか。


 両足で踏ん張っている。


 やっとのことで魔剣を抜いた。

 大型で幅広の両手剣だった。


 三体の龍が絡み合ったような複雑な姿をした刃だ。

 その優美な輝きには名剣の風格がある。



 シューゼは元の位置に戻った。

 そして儀式に関係のない方へと向いた。


 容易に察しがつく。

 立派な魔剣をノーチェに見せたかったのだろう。

 厳かな儀式の最中だというのに。



   ◇



「五十九番手、リグ」


 いよいよオレの番だ。

 もー、待ちくたびれたぞ。

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