第13話 儀式本番


 小屋に向かっている。

 ああ、気が重い。


 副局長は激怒していることだろう。

 やめろと言われたのを無視して、魔物を追っていったのだから。


 厳しい罰を与えられるかもしれない。

 もちろんその覚悟はあるにはあったが……やっぱり嫌だ。怖い。


 でもまあ、罰は受けようじゃないか。

 命令を無視したばかりか、魔物をわざと逃がしてやったのだから。


 もちろん、わざと逃がしたなんて報告するつもりはない。

 逃げられたとだけ伝えるだけだ。



   ◇



 小屋が見えた。


 皆はどうなったのだろう。まだ戦っているのか。

 まさか副局長たちが負けてないよな?

 きっと大丈夫だ。魔剣士が魔物なんかに負けるものか。

 だって魔剣士は魔物退治の専門家なんだぞ。


 小屋のドアを開ける。

 祈る気持ちで中を覗いてみた。

 皆、無事でいてくれ……。


 そこにはグルドゥーマの姿も鳥女の姿もなかった。

 代わりに副局長がいる。連れの若い男もいる。

 副局長たちが魔物を倒したのだ。


 胸を撫でおろし、小屋に入っていく。

 魔剣士候補の仲間たちもいたが、疲れ果てたようにぐったりしていた。



 副局長と目が合った。


 これからキツい罰を受けなければなるまい。

 その前に激しい怒号が飛んでくるのか。


 オレは首をすくめた。

 鼓動が高鳴る。胃がきりきりと痛む。


 しかし副局長は何も言ってこなかった。

 連れの若い男が前に出てくる。


「無事だったか」

「はい。申しわけございませんでした」


 オレは深々と頭をさげた。


「それは何に対する謝罪だ?」


 えっ?

 それはもちろん、命令を無視して……。


「勝手に魔物を追っていったことです」

「ああ、それか」

「しかも魔物をとり逃がしてしまいました」

「そっちはどうでもいい。誰も期待などしてなかった」


 ここで彼はゴホンと咳払いした。

 何やら険しい顔になっていく。


「悪い知らせがあるんだ」

「な、なんでしょうか」

「今回のことで二名が亡くなった」


 その言葉がずしりときた。二人も……。ああ、なんということだ。

 小屋の中で重い沈黙が長く続いた。


 亡くなったうちの一人はわかっている。グルドゥーマに食われた彼だ。副局長たちが小屋に到着した頃にはもう死人になっていた。オレは彼と言葉を交わしたことがなかった。まだ名前すら覚えていなかったことも含めて、とてもとても残念だ。


 死者がもう一人いたとすれば、おそらくカカワテだろう。彼の手はヒトのものとは思えないほど変形していた。可哀想だったな。


 若い男がふたたび口を開く。


 オレは相槌も忘れて、ただひたすら話を聞いた。

 彼によれば、死亡したのはその二人で間違いなかった。


 ところで副局長たちがこの森にやってきたのは、偶然ではなかったようだ。森へ向かっていく若者たちの集団を目にした、と国防支援局に報告があったらしい。その報告者には感謝しなくてはなるまい。


 また別のところからも連絡があったそうだ。

 別のところとは、あの軽食屋店長のことだ。


 それについても若い男が説明してくれた。

 つまりこういうことだ――。



 オレたち八人が例の軽食屋を出たあとで、店長は他の客たちからひどく叱りつけられた。昔の武勇伝をあんなに面白おかしく聞かせたら、向こう見ずな若者は我も我もと森へ冒険に行ってしまうだろうと。

 店長は真っ青になって、魔剣士の仮宿舎に駆け込んだ。『若い魔剣士候補たちが森に入ろうとしているかもしれない』などと騒ぎながら。


 それらの連絡を受け、二百人の魔剣士が臨時召集された。森の中を捜索することになったのだ。そしてオレたちを発見したのが、副局長と若い男だった。



 若い男の話は終わり、オレたちは小屋を出た。


 副局長が捜索終了の狼煙のろしをあげる。

 もちろん狼煙といっても本物の煙ではない。魔導石による光の合図だ。



   ◇



 副局長に連れられ、市街地へと戻ってきた。


 誰もがあとで副局長に叱られるものだと思っていた。

 そろそろ始まるであろう彼女のカミナリに、びくびくと怯えていた。


 しかし依然としてなんの叱責もない。


「今後、あの森には決して入らぬように」


 副局長はそう言い残し、オレたちの前から去ろうとする。

 最後まで叱られることはなかったようだ……。


 オレは副局長を呼び止めた。


「ちょっと待ってください」

「なんだ?」

「どうして叱らないんですか」


 余計なことを言いやがって――などと仲間から恨まれるのは承知のことだ。

 だがどうしても気になったのだ。

 

「叱らない理由? 当然だ。貴様らはまだ魔剣士ではなく、一般民に過ぎないのだからな。きょうの無謀な行為について、うるさく言うつもりはない。だがもし貴様らがめでたく魔剣士となったならば、上司からの命令には必ず従わなければならない。それと無謀なことを強いられるのは、日常茶飯事となるのも覚えておけ」


 副局長は行ってしまった。



   ◇



 その夜、墓地で眠った。


 夢を見た。現実のように鮮明な夢だった。

 またあの少女が夢に出てきた。全体的に白っぽい服装だ。


 オレに向かって何かを言っている。

 しかし前回の夢とは違い、声が届いてこかなかった。


「えっ? なんだい。もっと大きな声で話してくれ」


 会話は成立しないまま、眠りから覚めた。

 もうすっかり朝になっていた。



   ◇



 あれから三日後――。

 いよいよ成人式の日がやってきた。

 この日をもってオレたちは成人と認められる。


 プトレハース聖山で成人式の儀式を許される新成人は、六十一人のはずだった。しかし森での死亡者が二人。結果、ここでの新成人は五十九人となった。


 きょうは儀式本番ということもあり、高名な魔導士や国防支援局副局長の他、各局の幹部クラスの人々までもが来ているらしい。


 退屈な儀式が始まった。


 お歴々のご高話をありがたく拝聴しながら、睡魔との壮絶な死闘を繰り広げる。

 手の甲をつねり、膝の皮や腿の肉をつねった。


 横目にハコネロのようすをうかがうと、彼の目もとろーんとしていた。

 立派な成人になるため、皆、いま必死に戦っているようだ。


 この儀式も大詰めを迎える。

 ソロラー・ラーゴ副局長が前に出てきた。


「これから魔剣拝領の儀を行なう」


 段取りにしたがって、新成人たちが聖山をぐるりと囲む。


 いよいよ魔剣が手に入るのか。

 いいや、まだわからない。

 なんだか緊張してきた。


「一番手、タフマルコ」


 タフマルコは黙礼し、一歩前に出た。

 心の中で魔剣に呼びかける。

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