第12話 大反撃


 勢いよく開いたドアから、誰かが小屋に入ってくる。

 魔物相手に戦っているオレたちは「あっ」と声を発した。


 現れたのは国防支援局の副局長ソロラー・ラーゴだった。


 頼もしかった――。そしてこんなときに不謹慎ながら、改めて目にする彼女は凜凜しく美しく感じられた。仲間の野郎どもの間で、ノーチェに匹敵するほど人気があるのも頷ける。


 彼女のあとからもう一人、若い男が入ってくる。知らない顔だ。


「ラーゴ副局長、やはりここで正解でしたね」

「うむ」


 副局長は腰から魔剣を抜いた。


 青光りした刃の美々しさに、オレはうっとりしてしまった。確かにプトレハース聖山では数多くの魔剣を目にしたが、現役で活躍している魔剣を見るのはこれが初めとなる。


 若い男も魔剣を抜いた。真っ赤な刃が炎のように揺らめいていた。


 魔物らの顔から余裕笑みが消えた。

 鳥女が三人との戦いを中断。ラーゴ副局長に襲いかかる。


 副局長に向けたのは、猛禽類のような鋭い爪だ。しかし副局長は難なく身をかわし、細めの体を反転させる。青い魔剣で鳥女の左の翼を切断した。悲鳴をあげる鳥女。


 若い女の魔物が窓から逃げようとしている。すると副局長の魔剣はいっそう眩しく光った。魔剣の刃はゴムのように伸び、若い女の魔物に絡みつく。

 眩しかった輝きが収まると、刃は鎖に変化していた。若い女の魔物は魔剣の鎖によって、完全に体の自由を奪われた。美しい顔をゆがめている。


 すごいぞ。これが魔剣の能力か。


 やはり魔剣は単なる剣ではなかった。秘められた不思議な力があるのだ。

 こんなものを見せられると、早く魔剣士になりたくなってくる。


 鎖は魔剣のグリップから離れていった。

 しかし刃を失ったグリップから、また新たに刃が出てきた。


 グルドゥーマが副局長をじっと見据えている。


「おもしろそうな魔剣を使う小娘だ。ではわたしが対応しようかねぇ」


 不気味に笑った。笑うとシワが余計に目立った。両手の指先や口元が死体の血で染まっている。歯に挟まっていた死者の内臓を爪で掻き、ペッと吐きだした。


 副局長が連れの若い男に指示する。


「わたしがこの老婆の相手をしよう。弱そうな二匹はお前に任せる」

「いま老婆と言ったね?」


 グルドゥーマは目を剥いた。

 若い男はその迫力に気圧けおされ、一歩さがった。


「俺が魔物二匹も相手にするんですか? まあ、やってみますけど……」


 なんだか自信なさそうだ。大丈夫だろうか。

 ここで鳥女が大声をあげる。


「ふざけるな。お前みたいな若造は、あたし一人でじゅうぶんだ」


 足の鋭い爪で彼を襲っていった。


 さて。もともとオレが対峙していたのは若い女の魔物だ。

 そいつの体はいま魔剣の鎖に絡まれている。

 一方、こっちにはマウンから借りた大型ナイフがある。


 てか、こんな状況になってもマウンはまだ眠っている。

 気持ちよさそうだ。それにイビキがデカい。まったくたいした豪傑だな。


 とにかくいま有利なのはオレではないか。

 もしかして……このまま戦えば勝てるぞ?

 そんな気持ちの余裕が、隙を作ってしまったようだ。


 若い女の魔物は鎖に巻きつかれながらもジャンプ。

 窓を飛び越えていってしまった。


「あっ、こら! 待て」と若い男。


 副局長がグルドゥーマを相手にし、若い男も鳥女を相手にしているので、現状では両者とも手がいっぱいだ。しかも魔剣候補の三人はほとんどパニクった状態だ。したがって誰も若い女の魔物を追う余裕がなかった――オレ以外は。


「いま逃げていったヤツは、オレに任せてください」


 ぴょんと窓を跳び抜けた。


「おい、やめろ。追うな。素人には危険だ」


 副局長の大声を背中に聞きながら、逃げていく魔物を追った。

 足場の悪いところを走るのは得意だ。なんたって山育ちなのだ。


 魔物は鎖のせいでうまく走れていない。

 オレが追いつくのは割と早かった。


 魔物が牙を見せて威嚇する。

 だが両手がまったく使えていないので、ほとんど脅威を与えていない。


 魔物に近づいていく。


「大人しくしてろって」


 そう言ったところで、魔物が大人しくなるはずもなかった。

 ウーーーっと野犬のように唸っている。


「お前を攻撃するつもりはねえよ」


 魔物は口を閉じた。

 不思議そうにオレの顔を眺めている。


 そりゃそうだろう。

 普通、人間にとって魔物は敵なのだ。


「お前はオレを押し倒し、その牙で噛みつこうとした。そのことはもちろん覚えているよな。でもあのとき明らかに躊躇してただろ? 何故だ。あれはどういうわけなんだ。まあ、いいや。とにかくオレは殺されなかった」


 マウンから拝借した大型ナイフを、魔物に絡みついた鎖に当てる。

 その鎖から解放してやるつもりだ。


「今回だけは見逃してやる。でもこの鎖を切った途端に襲いかかってくる、なんてナシだからな」


 魔物からの応答はない。抵抗もなく黙ったままだ。

 ただ表情だけが警戒心に満ちている。


 鎖はなかなか切れなかった。

 大型ナイフの刃が次第にボロボロになっていく。

 こりゃ、あとでマウンに怒られるかもな。


「痛いかもしれないけど、ちょっと我慢してくれよ」


 魔物の肌と鎖の間にナイフの刃先を滑らせた。

 てこの原理で隙間をつくる。


「腕、ここから抜けないか?」


 魔物は腕を動かした。

 オレも隙間を大きくしようと、ありったけの力を込める。


 やっとのことで鎖から魔物の腕が抜けた。

 鎖が一気に緩む。こうなればあとは楽だ。

 魔物の全身は鎖から解放された。


「あっ、腕から血が」


 魔物の腕に傷を見つけた。

 ナイフの刃で鎖との隙間をつくったときのものだと思われる。

 ヒトと同じ真っ赤な色だった。


 魔物が腕の赤色を眺めている。


 痛かっただろうな。

 もう少しうまく解放してあげたかったけど。


「ごめんよ、不器用で」


 携帯している薬草をとりだした。

 手当てしてやろうと、その手を伸ばす。


 魔物は頭をあげ、こっちを向いた。

 見せてくれたかんばせは、ハッとするほど麗しかった。

 魔物であるのが勿体ないほどだ。


 しかし薬草については、余計なおせっかいだったようだ。

 後ろへとぴょんと跳び、オレから間合いをとる。


 威嚇するように牙を見せてきた。

 それでも攻撃するまでには至らず、踵を返して走り去っていく。


 その後ろ姿は森の木々に隠れ、見えなくなってしまった。

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