第11話 グルドゥーマの弟子


 魔剣士グルドゥーマは立ちあがり、小屋から外に出ようとしていた。


「グルドゥーマさん」と呼び止めたのはハコネロだ。「少しだけでいいから魔剣を見せてもらえませんか」


「お前は魔剣を何だと思っているのだ? おいそれと見せられるわけがなかろう」


 そう言って彼女は出かけてしまった。

 きっと彼女が正しい。


 ところでオレの座っている席は、長いテーブルの端っこだ。

 仲間たちとは特に話もせずに、黙々とスープを味わっていた。


 スプーンでスープをすくい、口に運ぶ。

 またスープをすくい、口に運ぶ。

 またまた口に運んだ。

 顔をあげる。



 正面に少女がいた。



 んっ? いつの間に……。彼女は誰だ?


 弟子の若い女ではなかった。当然ながら弟子の中年の女でもない。初老のグルドゥーマにいたっては外出中だ。ならば弟子がもう一人いたのだろうか。

 でもその顔、どこか見覚えがあるぞ。


 思いだした!


 きょう道端で居眠りしているときに、夢の中で見た女の子だ。

 でもどうして夢の中の彼女が現実に?

 それとも別人だろうか。いいや、別人にしては似すぎている。


 彼女と目が合った。


 同時に夢の内容も思いだした。

 あれはある種の悪夢だった――。



 夢の中で彼女は死んだ。悪鬼に殺されたのだ。

 オレは彼女を助けようともせず、ただ殺されるのを見ているだけだった。

 そう。つまり見殺しにしたのだ。

 


 ――いま眼前の彼女が笑った。

 夢の中で薄情者だったオレは、微笑み返す資格などない。


「その、オレのこと……知ってる?」

「知っています」

「だったら……」


 あの夢のことを彼女に正直に話した。


「そのことも知っています」


 彼女は淡々とそう言った。

 やはり笑っている。


「知ってたって? じゃあどうしてそんな笑顔でいられるんだ」

「なぜならわたしがあなたに頼んだことですから」


 それってどういうことだ?

 見殺しにするよう、オレに頼んだってことかよ。

 わけがわからない。だって見殺しにされたのはお前だぞ?


 彼女が話を続ける。


「ところで……あなたは昼間に眠るのが大好きなのですね」

「はあ?」

「まるで昼間の居眠り大魔王」

「オレが昼間の居眠り大……?」

「この前もそうでした」


 どういうことだ。何を言っている。

 まさか、ここはまた夢の中か?


 夢なのか。夢なのか。夢なのか。

 ならば、いつから眠ってたんだ。


 とにかく起きるんだ。起きろ! 起きろ! 起きろ!

 気合を入れる。目元に力を入れた。


 彼女が言う。


「あなたに大事な話があり……」


 瞼を開けた。

 やっと夢から覚めた。


 もうそこに少女はいない。彼女は夢の中の人物。いなくて当前だ。

 どうやら食事中に眠ってしまったようだ。オレ、行儀が悪かったな。


 でもおかしい。椅子やテーブルがなくなっている。

 皆、床に寝転んでいた。食事が終わったからか?


 ここでハッとする。

 ありえないことが目の前で起こっていたのだ。



 魔剣士グルドゥーマがヒトを食っていた。

 オレたちの仲間の一人を!


 首筋に噛みついている。

 声をあげないようにするためだろうか、てのひらで彼の口を押えていた。

 噴きでる大量の血。もう彼の命は助からないだろう。


 こんなことって……。


 彼を助けようとする者は誰もいない。

 皆、熟睡しているからだ。


 でもどうして全員が眠って?

 そうか。眠らされたんだ。


 グルドゥーマの弟子である中年女も、他の仲間を襲わんとしている。

 あれはタフマルコだ。彼が中年女に殺される。


 やめろ。やめてくれ。


 中年女は自ら着衣を引き裂いた。

 あらわになったのは、両手の代わりに生えた翼だった。

 それから醜いウロコの足。まるで鳥類だ。


 こいつら魔物だったのか。


「みんな起きろ!」


 オレの叫び声に、魔物らがこっちを向く。

 だが仲間たちは眠りが深いためか、誰も目を覚まそうとしなかった。


 若い女の魔物がとびかかってくる。

 綺麗で可愛らしい感じの外見なのに……実は化け物だったのか。


 オレは立ちあがろうと腰を浮かせたところで、押し倒され、マウントポジションをとられた。手足をバタバタさせながらもがきながら、もう一度叫んでみる。


「おい。皆、起きやがれ!」


 だが誰も起きることはなかった。


 若い女の魔物が口を開ける。

 鋭い牙が生えていた。口が首筋に向かってくる。


「やめてくれ」


 何故か、若い女の魔物は動きを止めるのだった。

 もしかして襲うのを躊躇した? でもどうして。


 やめろと言われて食うのをやめる魔物なんてありえるのか。

 そんなことはどうでもいい。いま考えるべき問題ではない。


 オレはその隙に左足を横にあげ、勢いよくふりおろした。

 かかとがうまい具合にハコネロの顔面をヒット。


「いってぇ~」


 やっとハコネロが目を覚ましたようだ。

 彼に向かって叫ぶ。


「助けてくれ」


 若い女の魔物は顔をあげ、ハコネロを警戒する。

 寝起きの彼はまだこの状況を呑み込めていないらしく、上体を起こしたままポカンと口を開けていた。それでもオレは一瞬の隙を突き、若い女の魔物の下から脱け出ることができた。一応、ハコネロのおかげだ。


 仲間の一人が悲鳴をあげる。小屋の中で声が響いた。

 タフマルコだ。中年の鳥女に噛みつかれたのだ。


 彼の悲鳴に目を覚ます仲間が二人いた。

 オレの叫び声には誰も反応しなかったくせに。


 その二人はすぐに事態の把握ができたようだ。

 棒や鎌などの武器をぎゅっと握り締める。


 ここから反撃開始だ。


 オレはまだ眠っているマウンから大型ナイフを拝借した。

 彼の大型ナイフを振り回し、若い女の魔物を威嚇する。



 うおおおおおおお



 仲間の雄叫びかと思ったが、そうではなかった。

 カカワテが左腕を押さえながら苦しんでいる。


 彼も目を覚ましたらしいが……その左手はまるで焼き焦げた小枝のようだ。

 そこには真っ赤な実がなっていた。

 もはや人間のものとは思えないほどの変形っぷりだ。


 何故そんなことに?


 ああ、そうか……。ペロタの体当たりで負傷していた彼は、あのときグルドゥーマに手当てされたのではなく、きっと毒のようなものを塗られていたのだ。


 グルドゥーマがカカワテを一瞥。


「失敗だね。もっと美味そうな実をつけてくれると思ったのにさ」



 一方、オレと若い女の魔物は対峙したまま動かない。

 また他方では、中年の鳥女がたった一体のみで、二人を相手に暴れている。

 しかも鳥女には余裕があった。二人に勝ち目は見られない。

 ケガを負ったタフマルコも加わったが、それでも相手にはならなかった。

 当然だろう。魔剣を持った魔剣士はここにいないのだから。


 グルドゥーマは弟子にオレたちの相手を任せ、死体となった仲間の肉を旨そうに食い続けている。


 森に来たことを後悔した。

 だがもう遅い。



 バタン



 ドアが勢いよく開いた。

 誰かが小屋に入ってくる……。

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