第10話 魔剣士グルドゥーマ


「コラ! お前たち」


 初老の女が憤怒の形相で睨んでいる。


「な……なんですか」


 タフマルコが眉根を寄せる。


 どうしてこんなところに人間の女がいるのだろう――と誰もが思ったはずだ。

 だいたい、この女は何者なのだ。


「お前たちはこの森が危険なことを知らないのか? 魔剣士でもない者が訪れるような場所ではない。ははん、さては大人数だからと気が大きくなったか。その油断や過信が命取りになるのだぞ」


 返す言葉がない――いいや、待て。その女だっておかしい。

 今度はオレが言葉を返してやった。


「じゃあ、そこにいるあなたは魔剣士だとでも言うつもりですか?」

「当然だ。だからこそこの森にやってきた」


 えっ……?

 非力そうな初老の女だと思っていたが、魔剣士だったのか。

 魔物の棲む森に一人で来ていることを考えると、本当なのだろう。


「お、俺たちも魔剣士ですけど」


 などと平気で嘘をつくような輩が、オレたちの中にいた。

 彼の名をハコネロという。


「デタラメを言うな! こっちは何年間、魔剣士をやってきたと思っておる? お前たちからは魔剣士特有のオーラを何も感じないぞ」


 このあとオレたちは、こっぴどく叱られた。

 ここまで怒られたのは、きっとハコネロのせいだ。


 女が周囲を見回して言う。


「マズい。霧が立ち込めてきた」


 確かに霧が出てきた。

 でも霧については慣れっこだ。故郷は霧の多い山だったのだ。


「霧くらいなんだというんですか。森の出口までなら余裕で帰れます」

「愚か者! ここの霧を侮るでない。これまで幾人のベテラン魔剣士の命を奪っていったことか……」


 女は溜息を吐いた。


「……ついてくるがいい」


 オレたち八人は彼女の背中を追うことにした。


 彼女が立ち止まる。

 指を口元に添え、口笛を吹いた。


 すると彼女の前だけ霧が晴れていく。

 そこに小屋が見えた。こんなところに小屋があったとは……。


 女が小屋に向かって進む。

 オレたちもついていく。


「ここは結界の中だ。ひとまず安心していいだろう。だが最低限の注意は決して怠るなよ」


 女はそう言ってドアを開けた。皆で小屋に入る。

 小屋の中は意外と広かった。九人が入っても決して狭く感じない。


 まず左腕を負傷していたカカワテが、手当てを施された。

 オレがやった応急的なものではなく、本格的な手当だ。

 そして改めて初老の女が自己紹介する。


「わたしは魔剣士グルドゥーマ。この森で魔物らの監視をしている。あるいは魔物らをこの森に閉じ込めている、と言ってもよかろう」



 オレたちは森に入った経緯を正直に話した。

 魔剣士候補の大先輩の武勇伝に感化され、成人前に冒険をしてみたくなったと。

 ただし軽食屋の店長の名指しだけはしなかった。



 再度、小言をもらった。


 グーーーー


 途中で誰かの腹の虫が鳴いた。ハコネロだ。

 するとどうしたことか、魔剣士グルドゥーマがプッとふきだした。

 彼女の憤怒の形相が一気に崩れていった。

 ツボに入ったのか、笑いが止まらない。


 結局、小言はそこまでとなった。

 ハコネロのおかげだ。


「お前たち、ここで食事していくがいい。おそらく食べ終わるころには、森の霧も晴れているだろう。そしたら町まで送っていってあげよう」


 魔剣士グルドゥーマはいい人なのかもしれない。


 彼女は窓を開け、口笛を吹いた。

 しばらくしてドアのノックが聞こえた。


「入れ」と魔剣士グルドゥーマ。


 ドアが開いた。

 そこに二人の女が立っている。


 一人は中年だ。膝まで伸びた長い黒髪を持ち、ずいぶんと横長の口が特徴的だった。目がぎょろっとしている。


 もう一人は若い女だった。無表情ながらも美しい顔立ち。彼女の髪も割と長かった。肌は雪のように真っ白だ。


 二人がカートを押しながら小屋に入る。


「弟子たちさ」と魔剣士グルドゥーマが軽く紹介した。


 カートには器が載っていた。湯気が立っている。


 具のたくさん入ったスープを振舞われた。

 ただし給仕してくれたのは若い女であり、中年の女はただ見守るだけだった。


 スープは確かに美味だった。だがそれよりも、野郎どもの興味はその若い女にあった。たぶん歳はオレたちとあまり変わらないだろう。


 若い女はちらちら見られていることを自覚しているはずなのに、とりたてて気にするような素振りは見せず、給仕のあとは人形のようにじっと動かなかった。

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