第15話 エメラルドグリーン


 オレの名が呼ばれた。

 ここで魔剣を手に入れれば魔剣士となれる。


 刺すような視線を周囲から感じる。皆が息を凝らして見ている。オレが手にする魔剣に興味があるのだろう。そりゃそうさ。三日前にやった予行では、三百四十八本というとんでもない数の魔剣が、プトレハース聖山の斜面で輝いてくれたんだもんな。


 今回もちゃんとたくさん現れてくれよ。一番いいものを選んでやるぜ。

 でも予行のときとは違って、本数ナシなんていうのは勘弁だからな。

 ああ、ちょっと怖い。


 聖山に黙礼し、前へと一歩進む。

 さあ、魔剣たちよ。この聖山に出てきてくれ。

 そう願った直後……。

 


 無数の光の玉が山腹に生じた。



 まるで太陽のような明るさだ。

 あまりの眩しさにいったん目を閉じ、わずかに薄目を開けた。

 それぞれの光が剣を形作っている。


 よかった。ホッとした。

 予行のときのように魔剣がいっぱいだ。


 この中から一つだけを選択しなければならない。

 なるべく深く刺さっているものを探そう。


 ゆっくりと聖山を一周。


 刺さり方が深すぎてグリップしか見えていないものが六本あった。

 この六本に絞り込む。


 でもどうしよう。六本のうちどれを選ぶべきなのか。

 グリップの形だけで決断するのって、なかなか難しいものだぞ。


 ああ、わからん……。どれが最高の魔剣なんだ。


 冷静になろう。グリップしか見えていない六本は、すべて上物なんだ。

 もうどれだっていいじゃないか。この六本にハズレはない。


 そうだ。これ以上、深く考える必要はない。少なくともどれを取ろうが魔剣士にはなれる。そもそも、なろうとしているのは普通の魔剣士であって、上の上を望むなんて贅沢すぎるというものだ。とりあえずそう思うことにした。


 六本のうち最も近くにあった魔剣の前に立つ。

 迷っていても仕方がないのだ。よし、これに決めた。



 おや? なんだろう……。



 急に霧が立ち込めた。

 視界が真っ白になっていく。


 視程はすこぶる悪く、伸ばした手の先が見えないほどだ。

 真っ白な霧の中に、微かな影が視認できた。

 ぼんやりしているがヒトの影のようだ。



「……見つけて」



 そんな声がした。最初の部分はまったく聞きとれなかったが、最後の部分は『見つけて』といったように思える。あるいは聞き間違いかもしれない。何しろ声が小さすぎる。


 でもこの声……どこかで聞いたことがあるぞ。

 そうだ。夢の中の少女だ。彼女の声に相違ない。


 でも何を見つければいいのだ。


 影の人物が両手をこっちに伸ばす。

 うっすらとグリーンっぽい色が確認できた。


 夢に出てきた女の子は、いつも白っぽい服装だったような気がする。

 どうして今回だけグリーンなんだ?



 体がふらりとよろけた。


 ハッとして我に返る。

 オレ、一瞬だったけど、立ちながら眠ってたようだ……。

 たったいま見ていた夢の中にも、また例の女の子が出てきた。


 おっと、早く魔剣を引き抜かなければ。

 ぐずぐずしてる暇はない。さっきこの魔剣に決めたんだ。

 いまからオレが掴むのは、絞った六本のうち、たまたま近くにあったコレだ。


 ふと、ひときわ輝くグリップが視界の上方に見えた。

 あれは絞り込んだ六本のうちの一つだった。

 山頂付近にある。あの色……。


 エメラルドグリーンだな。


 そうだ。さっき夢の中で女の子が着ていた服の色、確かグリーンっぽかった。

 見つけて、とか言ってたよな?


 こっちの魔剣をやめて、あれを選択すべきなのか。

 よくわからないけど……。いいだろう。あれに決めた。あれに変更しよう。


 小さな聖山に数歩のぼり、手を高く伸ばした。

 エメラルドグリーンのグリップに手をかける。

 力を込めて引いてみた。


 抜けない!?


 いくら引こうとしても抜くことができない。

 これ、どうなってるんだ。

 まさか接着剤などで固定されているはずもないし……。


 焦るのはやめよう。時間をかけてがんばってみればいいさ。シューゼのときも抜くのに苦労していたんだ。こういうのは名剣の証に決まってる。


 足を踏んばり、奥歯を噛み締める。

 こめかみの血管が切れそうなくらいに力を入れた。



 魔剣が抜けた――。



 やったぞ。ついに魔剣を手にしたんだ。

 一気に抜けたものだから、斜面を背中から転がり、一、二、三回転。


 いてててて。


 ゆっくり起きあがった。

 臀部や背中についた土を払う。


 ところが……。


 あれっ、おかしいぞ。

 ない! ないじゃないか。


 この魔剣、刃がない。

 グリップだけの魔剣だ!


 どういうことだ。刃が欠け落ちたのか?

 山腹の土にまだ埋まっているのか?

 探してみたがどこにもない。


 そんな……。

 おい、これで魔剣といえるかよ。


 どこからか笑い声が漏れてきた。厳かな儀式の最中だというのに。

 笑い声はたちまち伝染していく。


 高名な魔導士までもがプッとふきだした。彼は慌てて口を手で塞ぐ。懸命に堪えようとしているようだが、かえってそれがよくなかった。無理に口を塞いだことにより、出るはずの息が口からは出ず、鼻から出てきたのだ。鼻汁とともに。


 それを見た者たちはもう堪らない。彼の笑い方が火に油を注いでしまったのだ。この場の笑いはもはや制御できなくなった。抑え込もうとした分だけ、笑いは大きく暴走する。


 お歴々も笑っている。成人式の若者たちも笑っている。

 シューゼもハコネロも笑っている。それからノーチェまで。


 オレはいい笑いものとなった。

 なんだよ、この刃のない魔剣。

 この魔剣のせいで……。



「静まれ!」



 高名な魔導士が叫んだ。

 ずいぶんと厳めしい顔つきだ。そう、いまは儀式中なのだ。


 でもさ。

 お前が鼻汁出して笑ったせいで、皆の笑いが止まらなくなったんだろ。



   ◇



 長い儀式はオレにとって最悪の形で終了した。


 魔剣を得られなかった者は先に帰った。しかし魔剣を手に入れた者はそこに残った。このあと新魔剣士としての登録および説明会があるからだ。


 一応、オレも新魔剣士になったが、故郷に帰りたくて堪らない。

 魔剣士なんかになろうとしなければよかった。

 マリーシャ姉さんから推薦を受けたとき、断っておけばよかった。

 でもなってしまったからには、当分故郷に帰れない。


 ああ。最悪だ、この魔剣。


 すべて夢の中に出てきたクソ女のせいだ。そいつのせいでグリーンのグリップを選んでしまったのだ。責任取ってもらいたいぞ。

 しかしいくら悔しかろうと恨めしかろうと、夢の中の人物に文句を言ったところでどうしようもない。



 その日の晩、新魔剣士の親睦会があった。

 例の軽食屋を貸し切りにしてもらったようだ。

 いつもは出さない酒類も出してくれるとのこと。


 成人式後なので酒が許される。

 初めて飲む者もいるだろうし、隠れて飲んできた者もいるだろう。


 オレも誘われた。

 だが断った。行く気なんてしなかった。


 夕飯は食わず、墓地に帰って寝た。

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