第8話 魑魅魍魎の跋扈する森①


 いま森の中を歩いている。

 軽食屋でいっしょだったヤツらといっしょだ。


 この森は町の近郊にあり、新魔剣士の訓練の場としてよく利用されるらしい。

 本来、成人式前の魔剣士候補が、足を踏み込むようなところではない。

 晴れて魔剣士として迎えられた者が、ベテラン魔剣士に同行して入る森なのだ。


 ちなみに何故こんなことになっているのかというと、軽食屋店長の武勇伝を聞いたからに他ならない。


 かつて店長が魔剣士候補だった頃、仲間たちとともにこの森を冒険したそうだ。

 この森にはさまざまな魔物が棲んでいるのだが、若き日の店長たちは魔剣未入手のまま踏み込み、なんと皆で協力して五体もの魔物を倒してきたのだという。


 勇ましく、カッコ良く、面白おかしく話すものだから、聞いていたオレたちに火がついたのも当然だ。自分たちにもできるのではないかと思ったのだ。


 店長はオレたちに語ったあとで、ヤバいと思ったのだろう。

 森には行かぬよう、何度も釘を刺していた。


 もちろんその場では「行かない」と言っておいた。

 しかしオレたちの心はもう止まらなかった。


 といっても強大な魔物を倒そうだなんて、誰も考えちゃいない。

 あくまでもターゲットは、スライムのような弱小モノのみだ。

 したがって森の奥深くまで入っていくつもりはない。

 森の浅いところまでならば、弱い魔物しか現れないと聞いている。



 サササササっ



 川のせせらぎに交じって物音が聞こえた。

 物音に気づいた者は八人中六人。当然その六人にはオレも含まれている。


 動物か? 魔物か?

 魔物であってくれ。


 その音からすると、あまり大きくなさそうだ。

 だからあまり恐怖心を抱かなかった。皆とならば倒せるはずだ。


 オレたちは密集して歩いていたが、ここから徐々に広がっていった。

 そしてさりげなく、またゆっくりと、物音のあった場所を囲んでいく。

 誰かが草の茂みに、石を投げ込んだ。



 出てきた――――魔物だ。



 何かが草の茂みから、ぴょんと真上に跳びあがったのだ。

 姿はまんまるの球状で、人間の顔くらいの大きさがあった。

 体の割りに細長い足が特徴的で、その足だけ見ればバッタに似ている。


 オレは生まれて初めて魔物というものを目撃した。

 やっぱり実在したんだな――って、当たり前か。


 他の連中も、これまで魔物に出くわしたことはないそうだ。


 魔物を見られたことに、皆で感激した。オレは興奮して鳥肌が立った。

 ああ、この感動をノーチェに伝えたい……。


 細長い足を持った球体の魔物ならば、店長の話にも出てきた。

 この森にしか生息しないペロタと呼ばれる魔物らしい。


 跳びあがったペロタは喬木の枝に足を着き、その反動を利用してまたジャンプする。逃げたのではなかったようだ。猛烈なスピードで一直線に向かってくる。


 そう、オレに。

 あの速さで体当たりを喰らったら、一溜まりもなかろう。


 ひょこっと横にずれてみた。

 ペロタは地面に激突。


 動かなくなってしまった。


 完全にペロタの自滅だ。

 魔物って馬鹿なのか?

 

 それぞれ持ってきた武器で、弱っているペロタをいっせいに攻撃する。

 武器といっても金属製の棒やナイフや農具の鎌だ。


 しかしオレに武器はない。故郷から護身具など持たずに旅をしてきたし、街で買うような金銭的余裕もなかったのだ。


 ペロタにとどめを刺したのは、マウンという名のヤツだ。

 彼は金属製の大型ナイフを所持していた。

 故郷を出発したときから、護身用として持ち歩いていたらしい。


 ナイフの刃には青緑の液体がべっとりと付着した。ペロタの体液だ。

 マウンはそれを雑草で拭いとった。


 こうしてオレたちは協力して魔物をやっつけた。

 記念すべき一体目だ。



 そのあとしばらくの間、魔物に遭遇することはなかった。

 だがここで帰るわけにはいかない。目標は魔物を十体倒すことだと決めている。

 店長たちが五体を殺しているので、その倍を目指すことにしたのだ。


 もう少し森の奥へと進むべきだと、ここで意見があがった。

 しかし反対する者の方が多かった。オレも反対した。


 森の奥にはとんでもなく狂暴な魔物が棲んでいる。そんなのが出てきたら、あっという間に食われてしまうだろう。オレたちはまだ魔剣を入手していないのだ。


 それ以上奥には進むことなく、川の付近を調べてみることにした。



 川辺を歩くのはオレ一人だ。

 他の連中は木の陰や草の茂みに隠れている。


 このまま大勢でぞろぞろと歩いていたら、弱小魔物はなかなか襲ってこないだろうという意見があり、圧倒的な多数決でこのオレは囮にされたのだ!


 別にたいした理由で囮に抜擢されたわけではない。

 さっきペロタの突進を、抜群の運動神経でけきったからとのこと。


 何が『抜群の運動神経』だ。ふざけやがって。

 故郷の若者ならば、あのくらいは誰だって対応できるぞ。



 突然、地面が浮きあがった。

 出た。魔物だ!


 片足で踏みしめた地面が、実は魔物の背中だったのだ。

 あまりに完璧な擬態だったため、地面が魔物だとは思わなかった。


 オレは転倒してしまった。


 魔物が足を伸ばす。

 体の大きさは大型犬くらいか。姿はカエルに似ている――ただし四肢は短い。

 カバのような大口を開けた。上下に四本ずつの牙が見えている。



 囮としての役目はこれで終わりだ。

 木の陰や草の茂みに隠れていた仲間たちが走ってくる。

 ここからオレたちの攻撃が始まった。


 棒やナイフ、鎌などの武器を振る。

 とどめはやはりマウンの大型ナイフ。なかなかの切れ味だった。


 また魔物をやっつけた。

 だがまだ足りない。


 目標は十体だし、若き日の店長たちは五体も倒している。

 負けたくない気持ちは、仲間の誰もが同じだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る