第7話 野郎どもの閑談


 ノーチェたちと別れたオレは、食事を済ませているにもかかわらず、わけがあって軽食屋にいた。他の魔剣士候補の野郎どもといっしょだ。


 ここにいるのはオレを含めて八人。ちなみにハコネロもいる。


 たまたま彼らに会って声をかけられ、やや強引に連れてこられたのだ。

 あまりカネを使いたくなかったが、この店は高そうな雰囲気でもない。

 それに彼らはこれから仲間になるかもしれない連中なのだ。


 もちろん食べ物はオーダーしなかった。バター茶を飲むだけにしておいた。

 といっても一杯分の料金は、屋台の揚げパンの三倍もあった。


 軽食屋の店主は見事なまでに巨漢だ。どの魔剣士候補よりも体力があるかもしれない。しかも驚いたことに、彼も昔、成人式をあの聖山で行なったそうだ。つまり元魔剣士候補だったのだ。


 結局のところ彼は魔剣士にはなれず、軽食屋の店主になったわけだが、儀式三日前の呼びかけでは、十四本もの魔剣が応えてくれたのだという。

 しかし誕生日がかなり遅かったため、儀式本番で順番が回ってきたときには、十四本あった魔剣が、一本も残っていなかったそうだ。


 店主はオレたちにいい情報を教えてくれるという。

 魔剣の選び方についてらしい。


 そのような話はとてもありがたい。ぜひ聞かせてほしいものだ。もしかすると直感だけを頼りにしなくて済むかもしれない。ああ、この店に来て良かった。

 特にオレの場合、数百ある魔剣の中から一つを選ばなくてはならないのだ。できれば最高のものを選びたい。ただしそれは、本番の儀式でもあれほどの数の魔剣が応じてくれた場合の話だが。


 店主が得意げに話し始める。


「聖山の斜面が魔剣でブッ刺されているのを見ただろ? どの魔剣も剣身の半分くらいが、斜面の土に埋まってたはずだ。いいか? 本番ではよーく観察しろよ。刃部が露わになっていない魔剣ほど、上物だと言われている。つまり土に深く突き刺さっている魔剣を選べってことだ」


 魔剣士候補たちから大ブーイングが起きた。

 誰でも知っているような情報だったらしい。

 そんなものは基本中の基本だと、ハコネロも文句を言っていた。


 だがオレとしては初耳であり、かなり役立ちそうな情報だった。

 儀式本番では参考にさせてもらうことにした。



 さて、ここには野郎ばかりの八人。

 それぞれきょうが初対面にもかかわらず、早くもこんな話題がのぼった。


「なあ、きょう魔剣士候補に可愛い女の子いたか。どの子がタイプだった?」


 いっせいに野郎どもがニヤニヤする。


 ただ……。どの子って? そりゃノーチェしかいないだろ。

 しかし声に出すつもりはなかった。


「断然、ポポロちゃんだ」


 そう言ったのは、タフマルコという名のヤツだ。


 意外だった。真っ先にノーチェの名前が出てくると思っていたからだ。

 ポポロ……知らない名前だ。覚えてない。


 ここで手をあげるヤツがいた。


「うん、俺もポポロに一票。同い年とは思えないあどけなさがいいんだよなぁー」


 ハコネロが立ちあがる。


「嘘だろ? ノーチェが断トツだと思うけどな」


 その隣のヤツも首肯する。


「うん、ノーチェは確かに綺麗な人だ。でもなぁー。どうせ例の英雄様シューゼとつきあってるんだろ。よって俺の選択肢からは完全に消えている。なんだかビッチ臭も漂ってるし」



 バンっ



 テーブルを叩いたのはオレだ。


「ビッチ臭だと? 失礼だぞ! ただちに訂正しろ。それにノーチェはシューゼとつきあってない。これについては、ついさっき彼女本人から聞いたばかりだ」


「まあ、待て。リグ。こういう話はそんなマジでするものじゃないし、熱く語るものでもない。気に入らない部分は聞き流せ。もうすぐ齢十七の成人だろ? 心も大人になれよ。とりあえずリグはノーチェ派ってことだな」


 隣のヤツになだめられた。彼の名前は知らない。


 結局、ビッチ臭と言ったヤツからの訂正はなかった。

 しかも悪びれることなく知らん顔している。


 この場の八人のうち、ポポロ派が二人。

 ノーチェ派がオレを含めた三人。


 残りの三人はちょっと意外だった。

 国防支援局の副局長ソロラー・ラーゴ派だという。


 魔剣士候補の中から選ぶって話だったのに。

 その三人がそれぞれ言う。


「年上のお姉様の魅力だよな。ソロラー様に罵倒されてみてぇーよー」

「うん。睨まれたい」

「俺は踏みつけられてぇーな」


 すると店主が大声で笑う。


「副局長殿は高嶺の花だぞ。なんていっても彼女は、魔剣士として十年に一度の逸材だといわれている。あの若さで『副局長』というのは超エリートのあかしだ。それどころか実際に戦えば、上司の局長殿なんてまったく相手じゃない」


「ずいぶん詳しいんですね」誰かが言った。


「実はな、俺の息子も魔剣士で、副局長殿とは同期の仲なんだ」

「すると息子さんは、俺たちの先輩になるわけですね」


 先輩……彼はもう魔剣士になった気でいるようだ。


 ここで店主による息子の自慢話になった。


「うちの息子はなあ……。儀式三日前の予行のときにゃ、なんと五十一本もの魔剣を呼び寄せやがったんだ。想像できるか? 五十一本だぞ」


 鼻穴を広げ、どうだと言わんばかりの顔だ。


「結構すごかったんですね」


 タフマルコが言った。

 店主が首をかしげる。


「結構だと? それだけか? おい、五十超えだぞ。まさか信じてないのか」

「いやいや、疑ってはいません。五十越えは羨ましいです。ですけど……」

「なんだ?」


 別のヤツが答える。


「五十超えならば、うちの同期にも四人います」

「よっ、四人もだと!?」

「はい」

「馬鹿な。さ……鯖読んでるだろ? 本当は四十超えが四人だとか」

「鯖なんて読みますか。息子さんの五十一本だって、別に鯖読んでませんよね」

「よっ、読んでない……ぞ?」


 店主の顔には「読んだ」と書いてあった。


「ちなみに最も多くの魔剣に応じられたのが、そこに座ってるリグです。三百四十八本でした。三百超えはもう一人います」


 突然、店主がワハハハと笑う。


「三百超えが二人? なんだ、驚かせやがって。冗談だったか」

「いいえ、本当ですけど」


 皆でいくら本当だと言っても、店主が信じることはなかった。



   ◇



 このあと魔剣士候補のオレたち八人は、魑魅魍魎の跋扈する『森』へ冒険に行くことになった。それは店主から興味深い話を聞いたからだ。

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