第6話 宿探し
市街地に入り、本当の都会を知った。
人、人、人、人、人……。人の群れに酔ってしまいそうになる。
家畜より人間の方がずっと多いなんて、まるで嘘みたいだ。
ここ市街地は大きな川によって二つに隔てられている。
川の南側が歴史的建造物の多い旧市街地で、北側が商業施設の集まった新市街地なのだそうだ。宿屋はどちらにもあるが、旧市街地の方が治安の悪い分、料金が安めだと聞いた。
だったら旧市街地で宿をとるに決まっている。無防備となる部屋の中さえ安全ならばそれでいい。屋外はどうでも構わない。魔剣士候補が治安の悪さに怖気づいてどうするってんだ。『丸腰だから』なんていうのは、恥ずかしすぎる言い訳にしかならない。
橋を渡って旧市街地に入った。
宿屋探しよりも先に、匂いに釣られて食堂へ。
メニューの価格を知り、物価の高さに仰天した。都会は恐ろしい……。
食堂を諦め、屋台で揚げパンを食べた。
宿屋探しを始めてみると、今度は卒倒しそうになった。
どこも宿泊料が滅茶苦茶高額なのだ。
旧市街地は比較的安めじゃなかったのか?
しかも部屋を見させてもらうと、ただベッドが置いてあるだけではないか。
カネを差しだそうとする手を止める。このカネは故郷の人々が、オレのためにかき集めてくれたものだ。軽い気持ちでパーッと使えるようなものではない。
宿に泊るのはやめた。
よしっ、きょうも野宿しよう。
ここまでの長旅で野宿にはじゅうぶん慣れている。
問題は場所だ。
夜寝の間、スリや強盗に遭いにくそうな場所って……。
ああ、そうだ!
◇ ◇ ◇
新市街地を歩いている。きょう半日のことを顧みながら。
プトレハース聖山における儀式の予行では驚愕した。三百四十八本の魔剣すべてに認めてもらえたなんて、いまでも信じられないくらいだ。
しかし実のところ不安でいっぱいだった。三日後の儀式本番でも、きちんと魔剣に応じてもらえるだろうか。もしきょうの予行とは打って変わって、魔剣が一本も現れなかったら……。
そんなことを考えていたとき、偶然にもノーチェの姿を見かけた。
偶然ではなく運命だったりして……なーんて。
オレは足を止めた。
ノーチェは誰かを連れていた。二人で話し込んでいる。
相手はちょうど後ろ向きだったため、その顔が確認できない。
しかし首を振ったときに、その横顔が少し見えた。
あいつは大魔剣士の息子シューゼだ。
この名前は別に覚えるつもりなどなかったのだが。
オレは溜息をついた。
そっか。二人を見ていればわかる。
やはりノーチェはシューゼと特別な仲なのだ。そう、特別な。
いまとても親しそうに笑っている。
話しかけては悪そうだ。
ふたたび歩きだそうとした。
「ねえ!」
ノーチェの声だ。オレを呼んだのか? そんなはずは……。
確かにこっちを見ている。しかも手まで振っているではないか。
無意識のうちにオレは彼女のもとへと歩いていた。
「やっ、やあ、どうも……こんなところで……」
「奇遇ね」
オレとノーチェの挨拶を、シューゼが鼻で笑う。
「奇遇なものか。あの聖山への拠点となるような町といったら、ここしかない。魔剣士候補の全員がこの町で宿をとっているはずだ。まあ、旧市街地と新市街地に分かれるだろうけどね」
ノーチェが彼の話を聞き流していることは、その顔つきから明白だった。
まったく気にも留めていないようすだ。
いま彼女の興味はオレにある……たぶん。
「えーと、あなたのお名前はなんでしたっけ」
「リグっていうんだ」
「リグね。しっかり覚えたわ」
オレの名をしっかり覚えてくれたそうだ。
「わたしの名は……」
そう言いかけたところで、オレが先に答える。
「ノーチェだよね」
「知ってたの? 光栄だわ」
「光栄だなんて」
そりゃ知ってたさ。
でも知っていたことについて、気持ち悪がられなくて良かった~。
「リグも新市街地に泊っていたのね。わたしの宿はすぐそこの建物よ。ほら、あそこ。三階の奥の部屋」
「おい、ノーチェ。むやみに部屋を教えるもんじゃないぞ」とシューゼ。
彼の言ったことは正しい。当然のことだ。
「大丈夫よ。リグは変な人じゃないから。ね?」
ノーチェが笑顔を向けてくる。
オレは首肯した。
「もちろん変な人じゃないさ。信じてもらえてありがたいよ」
「どうだかな」とシューゼ。
彼は機嫌を損ねたようだ。
とりあえず彼とも何か話してみるか。
「えーと、あんたの宿も新市街地なのか?」
しかしその問いに答えたのはノーチェだった。
「新市街地といえば新市街地だけど、泊っているところは宿ではないの。彼には大きな別荘があるのよ。あっ、そうだ……」
そう言ってポンと手を叩く。
「……ねえ、リグ。これからわたしたちといっしょにお食事しない? 実はちょうどそこのレストランに入ろうとしてたんだ」
ノーチェの指差したのは高級感の漂う建物だった。
都会に慣れていないオレですら、バカ高い料理しかないのは想像できる。
てかさ、いいのかよ。
シューゼと二人で入るつもりだったんだろ?
「ありがとう。でもオレ、もうメシは食っちゃったんだ」
正直に答えた。
そしてここでちょっと鎌をかけてみる。
「それにお二人の仲を邪魔しちゃ悪いし」
ノーチェはどんな反応を見せてくるのだろう……。
「もうお食事は済ませていたのね。それは残念。でもリグ、二人の仲って……。わたしたちはそんなんじゃないから誤解しないで。幼馴染みたいなものよ」
えっ? ならば。
「つきあってたんじゃ……」
「わたし、いままで誰とも恋仲になったことはないわ」
それを聞いてホッとした。
二人が単に『幼馴染みたいなもの』だったとは。
「ノーチェ、時間がないぞ。急がないと」とシューゼ。
「そうね、ごめんなさい。だけど最後に一つだけ……」ノーチェがふたたびオレに向く。「……リグはどこの宿に泊ってるの?」
オレは首を横に振った。
「宿には泊ってない」
「まあ! それではリグもこの町に別荘を?」
「まさか。野宿だよ」
ノーチェが目を丸くする。
「野宿!? でも夜とか危険だわ」
「大丈夫。安全なところがあるんだ」
「野宿で安全なところ?」
小首をかしげるノーチェが可愛らしくて困る。
オレはゆっくりうなずいた。
「そうさ」
「ど、どこかしら……」
「夜の寝床は墓地だ」
「えっ?」
「墓地は夜になると人が寄りつかないから、安心して眠れるんだ」
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