第3話 聖山に集う魔剣
ひんやりとした冷気が漂い、辺り一帯を包んだ。
これは何事か。何が起きた?
ガヤガヤと賑やかだった広場が、たちまち静まり返る。
プトレハース聖山の裏手から、ただならぬ風貌の老人たちが出てきた。
ますます強まる冷気。それは彼らから発せられていたようだ。
オレの体が震えている。鳥肌も立っている。
しかし……なんだか違和感を覚える。本当に『冷気』なのだろうか。
いいや、違うぞ。冷気なんかじゃない。それとは別物だ。
もしやこれが俗にいうオーラというものか。とにかく畏怖せずにはいられない。
背筋が凍りつきそうに感じるのは、オレが本能的に怯えているためだろう。
ならば、あの老人たちはいったい何者なのだ。十数人もいるが……。
「高名な魔導士の登場だ」と隣のヤツが耳語する。
ということは成人式の関係者なのだろう。
広場にいたすべての者が、いま現れた老人たちに注目している。
老人たちのあとから、軽鎧姿の若い女もやってきた。
軽鎧姿の彼女が聖山を背に立ち、オレたちを睥睨する。
そしてこう告げた――。
本官は国防支援局・副局長のソロラー・ラーゴだ。貴様らを成人式本番の三日前に召集したのは、単に式の事前準備のためだけではない。貴様らには魔剣士候補として、自己認識しておくべきことがあるからだ。
貴様らは権威ある魔導士たちから推薦を受けた者たちであり、身に秘めた魔力は尋常ならざるはずだ。
とはいえ、魔剣との相性まで保証されたわけではない。むろん魔剣を扱えるのは膨大な魔力を具有する者のみだが、魔剣に好まれやすい者とそうでない者がいるというのも事実だ。貴様らの中には魔剣を握れない者も必ず出てくるだろう。
本日は魔剣と貴様らとの相性を、一人ずつ確認していってもらう。その順番は出生日を基とする。三日後の儀式本番でも、すべてにおいて出生日順に行われることを覚えておくがいい。
軽鎧姿の彼女の名はソロラー・ラーゴというらしい。
国防支援局副局長とか言っていたが、何やら偉い人のようだ。
彼女は決して成人を祝うような口ぶりではなかった。まだ式の本番ではないからか? それはそれで構わないのだが、少し気になったことがある。まるで魔剣に心があるような物言いだったのだ。魔剣に好まれやすいとかなんとか。
また、恐ろしいことも言っていた。この魔剣士候補の中に、魔剣を握れない者も必ず出てくるだろうと。つまり魔剣士になれない可能性があるってことだ。やはり『候補』とはそういうものか。もし仮にオレがそれに該当しようものならば、こんな遠くまで何しにきたのかってことになる。徒労も甚だしい。
なんだか怖くなってきた。これから行なう魔剣との相性の確認とは、はたしてどういうものなのか? いったい何をさせるつもりなのだ? 誕生日順となるらしいが……。そういえばゲート前で入場手続きしたとき、用紙に出生日を記入する欄があったっけ。
魔剣士候補は小さな聖山を囲うように並ばされた。高名な魔導士という老人たちの視線は、オレたちではなく小さな聖山に向けられていた。
老人の一人が聖山を見据えながら、カッカッカッと嬉しそうに笑う。
「ほう。今年は聖山に三百四十八本もの魔剣が集まっておる」
彼はそんなことを言ったが、オレには魔剣など見えない。いったいこの聖山のどこに魔剣があるというのだろう? しかも一瞬で三百四十八本を数えあげるとは驚きだ。さすがは高名な魔導士といったところか。
ソロラー・ラーゴ副局長は老人たちに黙礼した。
顔をあげ、オレたちに説明する。
「これから名を呼ばれた者は、まずプトレハース聖山に向かって一歩前に出よ。次に魔剣を呼べ。声に出す必要はない。心の中で呼びかけるのだ。さすれば魔剣が姿を現すだろう」
彼女は名簿に目をやった。
魔剣士候補の中から一番手の名を口にする。
「タフマルコ、前へ」
オレではなくてホッとした。
だが考えてみたら、最初に呼ばれることはありえない。
何故ならオレの誕生日は明後日だからだ。たぶん順番は最後になるはずだ。
タフマルコという人物が一歩前に出る。
表情が硬い。一番手とは気の毒だ。
彼は小さな山の頂上を見据えた。
ギュッと目を瞑る。たぶん必死に魔剣を呼んでいるのだろう。
見ているこっちがドキドキしてきた。
本当に魔剣なんてものが姿を現すのだろうか。
「「「あっ」」」
魔剣士候補の誰もが声をあげた。
聖山の一部が発光したのだ。光はやがて剣の形を為した。
剣が山腹に突き刺さっている。
剣身の半分が土に埋もれているが、見た目に美しいものだった。
光は二つ、三つ、四つ……と増えていった。
それらも次々と剣の形を為していく。
タフマルコは目を開けた。自分の胸に手を当て、ゆっくりと息を吐く。
呼びかけに応じてくれた魔剣があったことに、安堵しているようだ。
ソロラー・ラーゴ副局長は剣を数えると、タフマルコに「さがれ」と命じた。
「貴様を所有者として認めた魔剣は全部で九本。三日後、今度は貴様がその九本の中から一本を選び、正式に所有することとなる」
彼が一歩さがると、魔剣は消えて見えなくなった。
三百四十八本うちの九本というのは、はたして多いのか少ないのか?
それを判ずるにはまだ情報が不足しすぎている。
なんにせよ、応じてくれた魔剣が存在したことは羨ましかった。
オレのときはどうなのだろう。ちゃんと現れてくれるのか……。
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