第2話 大魔剣士の息子
小さな山が見えた。
目的地のプトレハース聖山だ。
胸の中で歓喜の太鼓が鳴った。
思えばここまでずいぶん長い道のりだった。
プトレハース聖山では三日後に、十七歳の成人式が行なわれる予定だ。
ちなみに、誰もがその聖なる山で成人式を迎えられるわけではない。
そこでの儀式を許されるのは、選ばれし者のみとなっている。
そう、オレは選ばれし者なのだ。
偉大なる魔導士に推薦された者、と言い換えることもできる。
故郷の小さな集落に『魔導士』なんているはずもなかった。それでも同じ山腹の集落を六つ超えた先に、風変わりな『女魔導士』が閑居していた。とても偉い魔導士だとは聞いていたけれど、どれほど偉いのかは知らないし、ぶっちゃけ興味すらなかった。
その女魔導士がオレを魔剣士に推薦してくれた。彼女の話によれば、オレの体は絶大な魔力を宿しているらしい。そんな自覚なんてなかったけれど、ドラゴンの夢と何か関係があるのか?
なんにせよ、あのプトレハース聖山の麓までやってきたのだ。
聖なる山といっても、麓から頂上までの高さはヒトの背丈の二倍程度しかない。だが小さいながらも形が良くて美しい。まるで人工物のようにきれいな円錐型を為している。
小さなプトレハース聖山は頑丈そうな柵で囲まれていた。
柵の内側には広場もある。
この柵、邪魔だな。中に入れないじゃん。
柵に手をかけると、監視員が駆け寄ってきた。そしてきつく注意された。
耳がキンキンする。そんなにガミガミ怒ることなのか?
やはり都会は規則にうるさいようだ。
監視員によれば、この時期にプトレハース聖山に近づくことは禁じられているそうだ。しかし三日後に成人式を迎える予定の魔剣士候補、またはその儀式の関係者に限り、例外として入場を許されるのだという。
「オレ、その魔剣士候補なんですけど」
「本当か? それを先に言いなさい。さあ、こっちに来るのだ」
連れられてきたところは、仰々しいゲートの前だった。
そこでオレは係員に引き渡された。
柵を越えるには、必ずそのゲートを通らなければならないらしい。
ただし手続きが必要だとか。
手続きのための用紙を渡された。
名前、出生日、出身地、推薦人(魔導士)名の欄を埋める。
書きあげたものを差しだすと、係員にじろりと睨まれた。
オレ、怪しいものじゃないんだけどなあ。
コツ、コツ、コツ
係員が指先で机を叩いている。
「なんっすか」
「スペルに誤りがある」
いけねっ。
係員が指差したのは、推薦人(魔導士)名の欄だ。
スペルを確認してみる。あれっ?
「スペル、間違ってませんけど」
「このスペルだとマリーシャになってしまう。お前が書きたかったのはマリーサだろ。マリーサ・ブラン。あるいはマリーサ・ルルゼッタなんて魔導士もいたが、あの婆さんは推薦権を自主返納している」
何を言っているのだ、このオッサンは。
「いいえ、推薦人はマリーシャ・シトリーですが」
「なんだと!」
係員が立ちあがった。
目を大きく見開いている。
「な、何か?」オレ、マズいことでも言ったかな。
「お前は本当にあのお方に推薦されたのか」
「疑われるのって気分良くないですねえ。本当です。銀髪銀眼のマリーシャ姉さんに推薦されたんです」
「す、推薦状を見せてみろ」
懐から推薦状を取りだした。それを係員に渡す。
「このサイン……本物だ。おお、彼女は無事に生きていたのか」
「無事ってなんのことですか。ぴんぴんしてますよ」
とりあえず手続きは終わったようで、係員が入場を許可してくれた。
堂々とゲートを潜っていく。
プトレハース聖山の手前の広場には、大勢の若い男女が集まっていた。皆、三日後の成人式までに
ここで成人式を無事に終えれば、誰もが憧れる『魔剣士』の称号を与えられる。きょうは儀式のリハーサルのようなものがあるらしい。ちょっと面倒臭そうだ。
あっ!
オレは思わず大口を開けた。
さっき会った女の子の姿を見かけたからだ。
青い宝石のペンダントをさげているので、絶対に人違いではない。
いいや。それをさげていなかったとしても、彼女を間違えるものか。
それにしても驚いた。彼女も魔剣士のタマゴだったとは。
また会えるような予感はしていた。
だけどこんなにも早く実現してしまうとは。
これって本当に運命だったりして……。
声をかけてみようと思った。
ちょうどそのとき、彼女もこっちを向いた。
しかも笑顔まで見せてくれた。
感動した。嬉しい。なんと幸せなことだろう。
道端の草むらで出会ったことを、彼女も覚えていてくれたのだ!
でもまあ、当然か。あれから、まだあんまり時間が経っていないもんな。
「あなたもここで成人式を迎える予定だったのね? 驚いたわ」
オレだって驚いたさ。
ところが……。
「うん、なんたる偶然!」
そう答えたのはオレではない。オレのすぐ隣からの声だった。
そいつが彼女に手を振る。
どうやら彼女の笑顔は、オレに向けたものではなかったようだ。
まあ、そんなことだろうと思ったけどさ。
「あれ?」と彼女。今度はしっかりとこっちを見据えている。どうやらオレにも気づいてくれたらしい。「道端で寝てた人だよね」
間違いなくオレに対して言っている。
そんな彼女に首肯し、笑顔を返した。
「さっきはどうも」
隣のヤツがムッとした顔をする。
「わたしたち、立派な魔剣士になりましょうね」
彼女は手を小さく振ってくれた。
しかしすぐにくるりと背中を見せ、歩き去っていくのだった。
立ち話は呆気なく終了。しかもかなり離れた位置からの会話だった。
彼女は実のところ、オレの隣にいるヤツともあまり親しくなかったようだ。
「お前は彼女とどんな関係なんだ?」
隣のヤツが尋ねてきた。
「ここへ来る途中に会った。それだけだ」
そう、それだけ。
いまはまだそれだけだ。
「そっか。俺も同じようなもんだ。近郊の町までの乗合馬車がいっしょだった。そのときは特に会話もなかったけど、まさか彼女も魔剣士のタマゴだったとはね」
彼は沈んだ声でそう言いながら、去りゆく彼女の
やがて彼女の足が止まった。
その正面に長髪の男がいた。彼女とは顔見知りのようだ。
楽しそうに話を始める。とても親密そうだ。
「チッ、あいつめ……」と隣のヤツ。
彼のいう『あいつ』とは、長髪の男のことだろう。
気分が良くないのはオレもいっしょだ。あの長髪野郎は何者なんだ?
「あの長髪男、知ってるヤツか?」と訊いてみる。
「知ってるも何も有名人だぞ。父親が大陸屈指の大魔剣士なんだ。あいつはその血を受け継いでるってことになる。将来を期待された英雄様ってところさ」
将来を期待された英雄様……。
そっか。彼女に相応しいのは、どうせそういうヤツなんだよな。
足元の小石を蹴った。
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