最強のヘッポコ剣は気まぐれ屋さん

第1話 「忘れた夢」と「青い宝石のペンダント」


 まだこの世に魔導使いが存在していなかった太古、ある若者が恐ろしい人喰いドラゴンを退治した。若者はあまりに腹を空かせていたため、屠ったドラゴンの肉をガツガツと貪り食った。するとどうしたことか、若者の体内に異変が生じた。不思議な力が湧きあがってきたのだ。こうして人類初の魔導使いが誕生した……なんていう伝説がある。


 子供ならば誰でも信じている話だ。

 この伝説の真偽はともかく、オレにはその若者の真似なんてできない。無理だ。

 断っておくがドラゴン退治のことではない。

 ドラゴンの肉を食うなんていう行為のことだ。


 だって爬虫類だぞ? ヘビやトカゲと同じグロテスクな仲間だぞ?

 そんなもの、頼まれたって食いたくない。想像しただけで吐き気がする。


 他にもドラゴンに関する有名な言い伝えがある。

 ドラゴンの夢を多く見る子供は将来『魔剣士』になる、というものだ。


 ドラゴンの夢といえば、オレも幼少の頃、うんざりするほど頻繁に見ていた。むしろ夢にドラゴンが出てこない方が珍しいくらいだった。いまでも、たまにそんな夢を見ることがある。まあ、確かにオレは魔剣士候補に推薦されたわけだが……。



 ところで、故郷の集落を離れてからちょうど二十日目だ。ここまで大小の山をいくつも越えてきた。結構無理を重ねたためか、靴はだいぶ傷んでしまっている。


 目的地まではもう少しだ。

 また少し休憩することにした。



   ◇



 パッと目を開ける。


 あれ? オレはいつの間に眠ってたんだろう。

 ほんの少し横になるだけのつもりだったのに。

 そっか、きっと疲れてたんだ。ここまで長旅だったから。


 それにしても、さっき見た夢はなんだったのだ?

 少なくともドラゴンは出てこなかった。


 強烈なインパクトのある夢だったのは覚えているが、どう頑張ってみても具体的なことは何も思いだせない。ただあまりいい夢ではなかったような気がする。


 だけど昼寝ってどうして気持ちいいのだろう。

 もう少しこのまま横になっていようか。


 柔らかな草地に寝そべっていると、一匹のバッタが顔の上を越えていった。

 澄みきった濃い青色が、視界いっぱいに広がっている。

 寝入る前には白い綿雲も遊んでいたが、もはやそんなものは残っていなかった。


 ときおり吹く微風そよかぜがふたたび瞼を重たくする。やはりまだ眠り足りない。

 ふたたびウトウトと夢現ゆめうつつの境に入りかけたときだった――。



 真上から覗き込んでくる顔があった。

 オレと同い年くらいの女の子だ。


「駄目だよ、こんなところで寝ていたら」


 そんなふうに声をかけられた。

 

 全身にビリっと電気が走るのを感じた。いま目に映っているものは、美の極みそのものだ。

 彼女は本当にこの世のものなのか? これまで見てきたどんな絵画より、あるいはこれまで聴いてきたどんな音楽より、オレの心を震わせたのだ。


 いったい何者だ?


 清楚な感じで、気品もたたえている。

 首には青い宝石のペンダントがかけられていた。


 ふと、いまここで思いだしたことがある。さっき見た夢についてだ。

 確か……恐ろしいドラゴンなどではなく、いい感じの女の子が登場したんだ。


 もしかしてこの子に似てた? いいや、そんなことはない……と思う。でもはっきりした映像は浮かんでこない。ただぼんやりとした記憶があるだけだ。

 残念ながらその夢について、ほとんど思いだせない。


 とにかく注意を受けたので、寝そべった状態から上半身を起こした。


 ここで寝ていたら駄目なのか? 確かに都会は法律やら規則やらが厳しいと聞いている。そういうことなのだろうと納得した。


「ここで寝ちゃいけないって規則、オレ知らなかったんだ」


 一瞬、彼女はきょとんとするが、すぐに白い歯をこぼした。

 ああ、なんて眩しい笑顔なのだろう。


「寝ててはいけないなんて規則はないわ。だけど、そうやって不用心に眠っていたら、おカネや持ち物をスリに狙われてしまうでしょ」


「スリ!?」その言葉、なんだか都会的な響きがする。「そっか。ここは都会だもんな。スリとかが身近な存在になるんだよな」


 彼女がまた笑う。今度は声に出してフフフフと。


「都会って、ここが? この辺りに建物なんてほとんどないじゃない。市街地ならもっとずっと先よ」


 都会じゃないって? 何をいうか。

 オレはまっすぐ指を差した。


「でも、ほら。いまそこを馬車が三台も通りすぎた。しかも道は土じゃなくて石畳でできてるし、向こうに見える川には壮大な橋が架かってるし」


 それに橋は単に大きいだけじゃない。

 馬車や牛車までもが、渡っていけるほど頑丈だ。


 少なくとも故郷の集落には、そんな立派な橋を造れるヤツなんていなかった。

 あれこそまさしく都会的建造物ではないか!


 彼女は不思議そうに瞬きしている。


「あなたって面白い人ね」


 意外なことを言われた。


 へぇ、オレって面白いのか……。

 都会にやってきて、ひとつ自己発見ができた。



 彼女は会釈し、去っていった。

 オレはその後ろ姿を、ボーっと見送っていた。


 彼女については、何か運命的なものを感じた。

 また会えるような気がしてならなかった。というより会いたかった。


 もしあんな子を嫁にして、故郷に帰ったとしたら……。

 集落じゅう、いいや、あの山全域で大騒ぎになるんじゃないのか?

 オレが魔剣士候補として推薦されたときみたいに。


 さて、そろそろ行かなきゃ。

 草地から腰をあげた。目的地に向かって歩き始める。

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