3 復讐の虜
僕たちは、場所を移して話し合いを進めることになった。
しかし、当事者であるコカトリスは同席していない。他のメンバーの助言によって、まずは彼女のいない場で話を詰めることになったのだ。同席したのはケルベロスと、そしてこちらの小隊長であるパイアとラハム、そしてファー・ジャルグのみであった。
「コカトリスの伴侶ってのは、バジリスクのことだよ。あんた、そんなことまで忘れちまったんだな」
手頃な大きさをした石造りの部屋で、立派な椅子にふんぞり返ったケルベロスが、そのように口火を切った。パイアは仏頂面で、ラハムは神妙な面持ちで、それぞれその言葉を聞いている。ファー・ジャルグは僕のかたわらで、あくびを噛み殺していた。
「バジリスクは、蛇神兵団の先代団長だ。20年前の戦いで、そいつも生命を散らすことになったんだよ」
「ケルベロスだけじゃなく、バジリスクまで戦死することになったのか。本当に熾烈な戦いだったんだねえ」
「そのど真ん中で大暴れしてたのは、あんただろうがよ? ま、俺もその戦いには加わってねーから、知ったこっちゃねーけどよ。……で、俺はその戦いの10年後にこうして生まれ落ちることになったけど、バジリスクのやつは死んだままなんだ。それでコカトリスのやつは、あんな風に思い詰めることになっちまったってわけだな」
「なるほど。個体種が生まれ変わるのに10年ぐらいの間が空くのは珍しくないって聞いたんだけど、20年っていうのは長すぎるのかな?」
僕の疑問に「はい」と答えたのは、ラハムであった。長い赤毛の三つ編みを垂らしたラハムは、いくぶん悄然とした様子で目を伏せる。
「強き魔力を持つ個体種は、生まれ変わるためにも大きな魔力が必要とされるので、10年ていどの時間がかかることも珍しくはございません。ですが逆に、10年以上の時間がかかるというのは……あまり例を見ない話であるかと思われます」
「そうなんだね。ちなみに個体種というのは、どこからどうやって生まれるんだろう?」
「おおよそは、同族の腹に宿ります。リザードマンのように交尾の必要はなく、大地に流れる魔力が種となるのです。巨人族の多くは、同族の腹ではなく大地そのものから生まれ落ちるのだと聞きますが……それでも、大地の魔力を種にしていることに違いはございません。わたくしどもにとっては、この大地こそが生命の根源であるのです」
「うん、了解。それでとにかく、新しいバジリスクが生まれ落ちる気配がないものだから、伴侶であったコカトリスも復讐心にとらわれてしまったということだね」
僕は、溜め息をついてみせた。
「困ったなあ。なんとか彼女を説得する手立てはないもんだろうか?」
「なんで説得する必要なんざあるんだよ? 本人の望む通り、くびり殺してやりゃあいいじゃねえか?」
にやにやと笑いながら、ケルベロスはそう言った。
「いや、だけど――」と僕が反論しかけると、ファー・ジャルグが「きひひ」と笑い声をかぶせてくる。
「バジリスクに続いてコカトリスまで失っちまったら、蛇神兵団も戦力激減になっちまうからねえ。これから憎き魔神族との大一番を控えてるってのに、そんな真似はできっこないだろうさ」
「うるせーぞ、小人野郎。手前だって、その魔神族の端くれだろうがよ? なんなら、手前からひねり潰してやろうか?」
「おお、おっかない! でも、暗黒神様だってそんな風にお考えなんでしょう?」
「うん。個体種の生まれ変わる時間がのびているんだとしたら、余計にそんな真似はできないね」
僕は、そのように答えるしかなかった。
たぶん、人道主義に訴えても、ケルベロスを納得させることはできないのだろう。ましてや彼は、蛇神族と反目し合う魔獣族の一員であるのだった。
「彼女ひとりが協力を拒むっていうんなら、それはそれでしかたないけど……でも、この城に駐屯する蛇神兵団の面々は、彼女と運命をともにする覚悟みたいだね」
「ああ。何せバジリスクってのは先代の団長だし、コカトリスはその連れ合いだ。現在の団長であるナーガよりも、コカトリスのほうを慕う連中がいたっておかしくはねーだろ。……ま、死人みてーに冷たい血をした蛇どもには似つかわしくねーけどな」
「それでも、同族は同族だからね」と、パイアが口をはさんでくる。その女戦士めいた精悍なる顔は、ずっと不機嫌そうなままであった。
「あたしも蛇どもは気に食わないけど、今回ばかりは同情してやらなくもないよ。もしも自分が同じ目にあってたら、人間どもを皆殺しにせずにはいられないだろうからね!」
「へえ? イノシシ女の伴侶は、やっぱりイノシシなのか?」
「伴侶なんざ、いやしないよ! ……たとえばあんたが20年経っても生まれてこなかったら、あたしらだって我慢ならなかったろうって話さ」
パイアの言葉に、ケルベロスは「へん」と肩をすくめた。
「魔獣は魔獣で暑苦しいよな! こっちは10年しか生きてねーんだから、そんな同族愛を熱弁されても挨拶に困っちまうぜ」
「もう何十年か生きてみりゃあ、あんたにだって理解できるさ。あたしらは、かけがえのない同胞なんだからね」
「暑苦しいぞ、イノシシ女」
「やかましいよ、犬っころ」
魔獣族の荒っぽいコミュニケーションは、僕にとって心地好くなくもなかった。
いっぽう、蛇神族というのは――冷ややかな顔の下に、どろどろとした情念を秘めているものなのであろうか。伴侶の死を嘆き悲しむコカトリスの境遇には同情を禁じえないが、その思い詰めた復讐心は始末に困りそうなところであった。
現在、さきほどの大広間においては、魔獣兵団の団員のみ、適性検査を行っている。人間の姿に変化して、魔力を隠蔽できる魔物が存在するかどうか、ハーピィたちに確認をしてもらっているのだ。
しかしコカトリス率いる蛇神兵団の者たちは、それすら拒絶してしまっていた。これは明らかな命令違反であるために、全員が僕に処刑される覚悟で、協力を拒んだのだった。
「ちょっと僕も、ゆっくり考えさせてもらおうかな。ケルベロス、どこか静かに過ごせる部屋を貸してもらえるかい?」
「今は見張り以外の連中が大広間に集まってるんだから、どの部屋もすっからかんだよ。寝るなり暴れるなり好きにするがいいぜ」
「ありがとう」と僕が立ち上がると、ラハムが「あの……」と呼びかけてきた。
が、僕が振り返ると目を伏せてしまう。その悲哀をたたえた表情から、僕は彼女の内心を察することができた。
「大丈夫だよ。さっきも言っただろう? 魔神族との決戦を前にして、コカトリスを死なせるつもりはない。彼女につき従う団員たちも、それは同様だよ」
ラハムは目を伏せたまま、「ありがとうございます……」と囁いた。
しおらしい態度であるが、彼女も彼女で妖艶なる美貌の持ち主だ。そんな彼女がしおらしくしている姿は、なよやかなる手管で男を篭絡する傾国の美女というものを連想させた。
(誰も彼も、一筋縄ではいかないなあ。僕ひとりじゃあ、どうにもできそうにないや)
全員で部屋を出て、僕とファー・ジャルグを除く3名は大広間のほうに戻っていく。
僕たちは回廊を反対側に進み、適当な小部屋で腰を落ち着けることにした。
「さて……事情は伝わったよね、ルイ?」
『ええ、おおよそは』というルイ=レヴァナントの冷たい声が、僕の懐から響きわたる。
そうして胸甲の隙間から、1匹の黒いネズミが這い出してきた。ルイ=レヴァナントが僕に預けた、使い魔である。この使い魔が持つ魔力は実にちっぽけなものであったので、ずっと僕が魔力ごと隠蔽していたのだった。
「どうにかして、コカトリスを説得しないとね。やっぱりこのままにはしておけないだろう?」
『無論です。君主の命令に逆らう者を放置しておけば、ベルゼビュート様の威光にも傷がつきましょう』
木の卓に降り立った黒ネズミは、沈着なる口調でそう言いたてた。
つぶらな瞳をした愛くるしい姿であるので、ルイ=レヴァナントの凍てついた声音は実にミスマッチだ。
『それに、コカトリスが生命を捨てる覚悟で叛旗をひるがえしたのなら、単身で人間の領地を襲撃するやもしれません。それでは、我々の作戦にも支障をきたしましょう』
「うん。彼女は上級の魔物だから、彼女が暴れると城の結界まで破壊されることになるんだよね」
『ええ。そして、ベルゼビュート様たちが潜入している間にそのような騒ぎを起こされては、正体の露見にも繋がります』
僕たちは結界が破壊されても人魔に化すことはないのだから、その時点で正体が露見してしまうのである。そんな不安要素を残したまま、潜入捜査を決行するわけにはいかなかった。
「……ところでルイは、どうしてバジリスクのことを黙ってたんだい? 蛇神兵団の先代団長が戦死していたなんて、けっこうな大ごとじゃないか」
僕がそのように問いかけると、使い魔のネズミはけげんそうに小首を傾げた。無言のままだと、実に可愛らしい。
「いや、ガルムを説得するときに、ケルベロスが戦死した件を引き合いに出しただろう? そのときに、バジリスクの名前も一緒にあげていれば、余計に効果的だったんじゃないかと思ってさ」
『いえ。迂闊にバジリスクの名を出せば、蛇神兵団長の心にどのような波紋を落とすか不明であったため、差し控えたまでのことです』
「ふうん? やっぱりナーガも復讐心にとらわれてしまっているのかな?」
『いえ。バジリスクが戦死した際、次の蛇神兵団長に任命されたのはコカトリスであったのです。しかしコカトリスは、すぐにバジリスクが生まれ変わるはずだと言い張り、それを拒絶いたしました。コカトリスに譲られる格好で団長の座についたナーガは、著しく自尊心を傷つけられたように見受けられます』
「なるほど。それで両者を引き離すために、コカトリスをこの地の責任者に任命したのかな?」
『そういった意味合いも、多分に含まれていたかと思われます。ゆえに、この地にはコカトリスおよびバジリスクに心を寄せる者たちが集結しているのでしょう。言ってみれば、蛇神兵団はナーガ派とコカトリス派で二分されている状態にあるのです』
そうして育まれたコカトリス派の団結力が、現在の僕たちを悩ませているわけである。
「うーん、どうしよう。なんとか彼女を説得できないかなあ?」
溜め息まじりに僕が言うと、使い魔のネズミはぴょこんと直立した。
『我が君のご命令とあらば、なんなりと』
僕は、ずっこけそうになってしまった。
「あ、あれ? ルイには何か、説得の材料があるのかな?」
『説得というか、舌先三寸で丸め込むことは可能であるかと思われます』
「それは外聞が悪いなあ。何か彼女を騙そうというのかい?」
『これを騙すと称するならば、我々は両兵団長をも騙していることになりましょう』
あくまでも沈着に、ルイ=レヴァナントはそう言った。
『虚言を吐くのではなく、真実に彩りを添えて呈するのです。さすれば、相手の心を動かすことも難しくはありますまい』
「うーん、聞けば聞くほど不安になってくるんだけど……それで、コカトリスにどんな真実を呈しようというつもりなのかな?」
ルイ=レヴァナントは、淡々と言葉を綴り始めた。
その内容は――決して僕の意向に反するようなものではなかった。
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