第4話

 客と店長フラワーの蛮行で荒れた店内を黙々と片付ける。


 店長の手慣れた様子を考えるに、ああいった手合いはそう珍しくはなさそうだ。


「こんなんでよく営業できますね」

「まぁ、他に深夜営業やってるとこ残ってないからね」


 恐ろしい事実だ。


 決して火星の深夜に出歩く人間がいないワケではない。

 利益と苦労を比べて他店が営業をあきらめた中、フラワーだけがいまだに商売を続けているのだ。


 それでもレジを通る商品を数えれば、利益になっているのか怪しい。


「ところで良かったんですか?」

「なにが?」


万引き犯ばばあ、そのまま帰しちゃって」

「ああ」


 そのまま帰したというのは若干語弊がある。


 バニー婆は定価の三十倍の額を支払わせることで和解した。

 結局死体になった魚人からは、金品を奪ったあげく卸売り業者に売り飛ばしたのだ。りにかけられた後に、スーパーの生鮮品売り場にでも並ぶのだろう。


 意外にもどちらの所持金も多く、金があるならちゃんと買えよと言いたくなった。


 カッパに関しては、婆を捕獲するドサクサに紛れて逃げられてしまった。

 散弾を受けた甲羅が残っていたので、これを売りさばけば『かっ●えびせん』一袋分くらいは補填できるだろう。


「警察呼んでも、被害を補填してくれる訳じゃないからね。

 調書に手間かかるから、やるだけ損」


「そうなんですか」

「それでも、万引きを見逃すと『あの店なら平気』なんて勘違いする輩が出てくるから、対処は入念にさせてもらうけどね」


 そのえげつなさは、すでに見せてもらいました。


「でも、なんであの時、銃を使わなかったんだい?」


 躊躇なくショットガンをぶっぱなした店長が、臆病な俺にたずねる。


「銃がなかったので」

「ふ~ん」


 意味ありげな『ふ~ん』だ。

 俺は観念して、自らの過去を彼女に告げる。


「実はですね……」


 以前、俺は食肉加工会社に務めていた。

 そこで過不足なく働いていた。


 楽な仕事じゃなかったし、給料がいいわけでもなかった。

 それでも仕事なんてそんなもんだろうと割り切っていた。


 でもある日起きた事件で、その生活あたりまえは消え去ってしまった。


 仕事中、近くにいた同僚の顔を殴ってしまったのだ。

 それは意図したものではなかったが、白茶の兎人は鼻を鳴らし激怒した。


 俺はそんなに怒ることはないだろうと相手をなだめたが、兎人の怒りは収まらなかった。

 俺はやむなく、兎人を射殺してことなきを得た。

 だが死体は偶然にも加工用のベルトコンベアに乗り、そのまま他の同僚たちの手によって食肉として加工されてしまったのだ。


 会社側の弁護もあり、俺は無罪を言い渡されたが、兎人の家族からは恨まれ、会社ブランドを守ることを優先した司法への信頼も失っていた。


 そして俺は、会社そのバを逃げ出すように辞め、この火星ホシへと来たのだった……。


「仕事も決めないうちに?」

「貯金があったから大丈夫だと」


「でも駄目だったんだよね?」

「年金のこと忘れてて、差し押えられたんです。俺、一二〇歳まで生きる自信ないのに」


吸血鬼ボクなんて入らせてももらえないぞ」

「老化しないからじゃないですか?」


「好きで成長しないワケじゃないんだけどね」

「ボケるより良いじゃないですか」


 不足した胸元を不満そうにしている店長を軽くフォロー。

 暗い過去は、くだらない笑い話に塗り替えられ、重い空気はなかったことにされた。


 店内の後片付けがおおよそ済み、バスタービームと書かれたブーメランを消化器の後ろに戻す頃には、朝日が登り始めていた。

 もうしばらくすると朝番の店員が出勤し、俺の役目はそれで終わりとなる。


「そういえば店長」

「なんだ?」


 俺は賞味期限が切れ、廃棄品になった『素敵なステーキ弁当(米国産和牛)』の譲渡を願いでる。


 だが、肝心の廃棄弁当は姿を消していた。

 フラワー店長に疑いの視線を向けるが、彼女は首を振って否定する。


「じゃ、誰が?」

「自力で逃げたんじゃ?」


「へ?」


 そういえば、結局あの三人は誰も弁当を狙ってはいなかった。


 そのことを不思議に思っていたけれど……ひょっとして、あの時の殺気は弁当自身から放たれたのか?


 それは盲点だった。


 確かに素材が新鮮なら、賞味期限後に再び動き出すこともありえる。

 今頃あの弁当は、逃げ出したタイヤキのごとく、故郷に帰って牧草をんでいるのかもしれない。残念だ。


「お腹が減ってるんだ?」

「最後にした食事がいつだか思い出せません」


「わかった。今日だけ僕のポケットマネーでおごってあげる。

 好きなお弁当選んで良いよ」


 この薄桃金髪の僕っ娘吸血鬼店長、実は女神属性も持っているのか。

 輝いて見えるぜ。


 だがしかし、それは本当に無料ただという訳ではなかった。

 あるいは無料ただほど高い物はないということか。


「そのかわり、明日もシフトに入ってね」

何時いつです?」

「もちろん深夜」

「…………マジ?」


 正直、今日みたいな仕事を連日続けるのはつらい。

 できれば昼間が良いと願いでるが、昼のシフトは歴戦のおばさま方で構成され立ち入る隙はないらしい。


「ねっ、おねがいだよ」

 可愛らしい笑顔でそうお願いされると、ノートは言えないのであった。

 どうやら、吸血キスによる束縛はまだ解けてはいないらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コンビニ無法地帯(カオティック) HiroSAMA @HiroEX

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ