第3話

 レジに向かう客がいないことを確認すると、もう一度店内を確認して回る。


 俺に殺気を向けた容疑者は三人いた。

 その誰もがクセのある風貌をしている。


 長居をするばかりで、商品を購入する素振りを見せない連中を客と呼んでいいのかは微妙だが……とにかく気を引き締める。


 一人目はデメ金顔の魚人だ。

 スーツを着て床に座り込んでいた。焦点のあわぬ瞳を虚空に彷徨わせ、口をパクパクさせている。鱗の付いた肌はしっとりと濡れているので、あとで床掃除をせねばなるまい。


 二人目は、お菓子コーナーに陣取ったブリーフ一丁のカッパ。

 真剣に商品を物色しているが、背負ったデカい甲羅が通路を塞いでいてすごく邪魔だ。


 三人目は、バニーガール姿のシワシワ老婆。

 胸元にしぼんだ胸を収納しつつ、電子タバコの煙をプカプカさせている。店内で喫煙とは非常識な。


 この中に、『素敵なステーキ弁当(米国産和牛)』を狙っている人物がいる。

 一、四七〇火星円もするような高級品を無料ただで持ち去ろうなんてふてぇ奴だ。


――だがどうすればいい?


 賞味期限到達までそう長くはない。

 弁当を時間までキープされてしまえば手出しができなくなる。


 ならば、カウンター裏にでも隠してしまえば……そんなことを考えたら、フラワー店長の困り顔が思い浮かび、無性に切ない気分になった。


 駄目だ、吸血キスされた影響で、店の不利益になるようなことはできない。

 だが、俺が『素敵なステーキ弁当(米国産和牛)』を食うには、なにか手を打たなければ……。


 結局、なにも思いつかないまま、時間は流れていく。

 俺は崩れた商品の位置を直しながらも、弁当を狙うライバルの特定に思考を巡らす。


 魚人、カッパ、バニー、三人が三人とも挙動不審で怪しく見える。


 他の客が買い物を済まし入れ替わっても、その三人だけは不動のスタイルを貫いたままだ。


 先手必勝といきたいところだが、堂々とトラブルを起こすわけにもいかない。


 そんなとき、意外な行動に出たのは緑の肌をさらしているカッパだった。


 カッパはおもむろにエビの描かれた赤い袋の菓子をとると、「クパァ!」と開帳し、中の薄黄色の菓子――かっ●えびせんを貪りだす。


「金も払わずに食うんじゃない!」

「うちの子が材料なんです」


 なんと、かっ●えびせんの材料はやはりカッパだったのか。


「だからって買わずに商品を開けるな!」

 店の不利益は見逃せないと、カッパの頭にかかとを落とす。


 さらに逃げられないように床に押さえつける。

 火星カポエラ三級の腕前は伊達ではない。


 こいつを万引きで捕まえておけば、残りはふたりになる。

 そうすれば、俺の『素敵なステーキ弁当(米国産和牛)』が守られる確率はグッとあがってグッドだぜ。


 でもその計画は、スタッフルームから飛び出してきたフラワー店長の言葉によって打ち消される。


「おい、マグナム!」

「万引きです!」


 自らの無罪を主張する。

 俺に男を押し倒してどうこうする趣味はない。


「そっちじゃない!」

 店長はそう言い返すと、壁に掛けられたショットガンのポンプを引き、俺へと向けた。


 わけもわからないまま、射線から飛び退くと、散弾がすぐ側を通過していく。


 着弾地点にはデメ金顔の魚人がいた。

 スーツが穴だらけになり血がこぼれる。


 だがそれにひるみながらも魚人はグッとこらえる。

 両手の袖口から小さな拳銃をとり出すと、その両方をフラワーに向けた。


 ふたりの間にいた俺は、巻き込まれぬよう、急いでその場を離脱。

 直後に発砲音。


 撃ったのは魚人が先。

 しかし二発の弾は、どちらも小さな的フラワーをとらえない。


 すかさず散弾が打ち返された。

 さすがにもう一発は耐えられず、魚人は仰向けに崩れ倒れる。


 その衝撃で、スーツの内側から丸い金属の缶詰が転がり落ちた。

 どうやら、カッパが騒ぎを起こした隙に万引きしようとしていたらしい。


 コンビニの床に猫の餌ネコカンが転がるが、それを魚人がどうしようとしたのかまではわからない。


「お客様、会計前の商品を懐に入れるのはおやめください」


 次弾を装填した店長は、ショットガンを構えたまま警告する。

 虫の息となった魚人に、それが聞こえているのかは微妙なところだ。

 

 騒ぎはまだ終わってはいなかった。


 混乱渦巻く店内から、バニー姿の老婆が逃走を図る。

 その手には、会計を済ませていない小さな箱がふたつ。


「マグナム、やれ!」


 命令に従い、とっさに投げつけた缶詰ネコカンは、老婆の背に命中したものの勢いは緩まない。

 それどころか怪異現象のごとき高速でショットガンの射程外テンガイへと抜け出した。


「ちっ」

 舌打ちをしたフラワーが消化器の裏へと手を伸ばす。

 そこには赤い金属の巨大ブーメランが隠してあった。


「バスタ――! ビィ――――ム!!!!」


 渾身の力で投げられたブーメランは、ガラスをぶち破り高速で逃げる老婆へと追いすがり命中する。

 恐るべき破壊力を秘めたブーメランだったが、それでも枯れた身体が両断されることはなく、シワシワの片乳をこぼし転倒させただけで終わっていた。


 老婆を回収に向かうと、彼女が万引きしようぎろうとしたのが、極薄のコンドームであったことを知る。


――老婆に必要なのか?


 使っているところを想像したら、気分が悪くなった。

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