#101 : Eternal Force Blizzard / ep.2

 謎のオリジナルカクテル、禁忌の呪文・《エターナルフォースブリザード》。効果、相手は死ぬ。

 もちろん、飲んだって死にはしないけれど、何が入っているか分かったものじゃない。恐る恐る舌で味わってから口の中に運ぶ。悪くない。それどころか、かなり美味しい部類に入る。

 こんなふざけた名前をつけないで、もっとそれっぽい名前をつければいいのに。


「さあ、7つの謎を解き明かせ!」


 メイドさんと凛子が応援する中、美琴は禁呪の真名——レシピ推理を始めた。

 まず、推理の必要がない材料が3つある。グラスの縁の《塩》に、氷漬けになった《カットライム》。そしてグラスの底に溜まる青い着色リキュール《ブルーキュラソー》。

 簡単な3つを先に答えて、残り4つ。


「たぶんですけど《ドライジン》と《トニックウォーター》。あとは……」


 ベースは《ジン・トニック》なのに、けほ、と小さく咳をしてしまう。喉奥が辛くてむせる。痰が絡まるような違和感と焼きつき。ドライジンは加水されてまろやかになるから酒の仕業じゃない。

 こんな味わいはアレしかない。夜ごとに飲んでいるカクテルの割材だ。


「《ジンジャーエール》ですね。ここまでは?」

「素晴らしい! 冒険者さんは6つ的中! あとひとつです!」

「すっかりあの女に洗脳されちゃってるねー」


 呆れ通しの凛子に見守れらながらも、美琴は残るひとつの正体を探る。舌で後味を、鼻で残り香を、目で面影を。

 だけれど。


「あー……全然分からない。ヒントもらえます?」

「いいでしょう! ヒントは、あまーいモノ!」

「甘さ……」


 ——最後の材料が甘さだとしたら。

 シャンディは客のリクエストに応じて臨機応変に製法を変えている。甘いカクテルをうんを甘くしてほしい客には、サトウキビを原料にしたスピリッツの《ラム》や《シュガーシロップ》で甘さを加える。

 ただ、甘味は繊細だ。ほんのり混ぜる隠し味程度に留めなければ、甘さが立ちすぎてカクテル本来の味を壊してしまう。そんな微妙な加減の隠し味をレシピ当てゲームの答えにするだろうか。いくらなんでも理不尽すぎるのでは?


「ああ、時間がありません! 冒険者さん、あと5秒! 4、3……!」

「じゃ、じゃあほんのちょっとだけ《ラム》が入ってる!」

「さあ、世界の命運はどうだ!」


 スポットライトが落ちて、証明が戻る。

 途端、顔面が猛吹雪に襲われた。テレビ番組の罰ゲームでよく見るドライアイス砲を、メイドさんが噴射している。


「冷たあっ!?」

「哀れ、冒険者さんは氷漬けにされたのでしたー。ちなみに正解は!」


 ドラムロールの効果音に続いて、メイドさんが微笑んだ。


「私の《愛情》です!」

「ああ……」


 文句を言う気力もなくなったし、さも分かってる風で《ラム》なんて答えてしまったのが居ても立っても居られない。

 メイドさんとは目も合わせられず、6問正解のご褒美のチェキすらもカメラから目を逸らして、美琴は黙って《エターナル・フォース・ブリザード》を干したのだった。


「面白いよね? ここ」

「からかって楽しんでない?」


 「そんなことないよー」と笑う口ぶりだけで、どう思っているかなんて明らかだった。悔しくはあったけれど、一時は波乱含みだった凛子とも、冗談が言い合えるような関係になれたのだと気づく。


「ありがとう、美琴さん」

「何が?」

「私のこと、友達だと思ってくれてて」


 凛子と親しくなったのはここ最近のことなのに、それこそ長く連れ添ったみたいに互いを知り合っている。


「友達じゃなくて親友でしょ?」

「はあ……」

「もしかしてヒいた?」

「……無自覚に女振り回すトコ、直した方がいいと思うの」


 ため息を《桃源郷の誘惑》——正体は《ピーチフィズ》だった——で飲み下して、凛子はローストビーフに手をつけていく。諦められないと聞いていた通り、叶わなかった恋をすっぱり忘れたりはできないのだろう。


「これが私なりの距離感だからさ」

「そんな生き方でよくもまあ……」


 凛子に従って、肉欲を満たす。生焼けでほんのりと赤みの残るローストビーフは、赤身特有の旨味に歯応えと脂身に付け合わせの西洋ワサビが見事に調和していて、脂っこいのにいくらでもいけそうになるほどで。

 美味しい。探し求めていた名物とはきっとこういうものだと思う。アンティッカでローストビーフを出すワケにはいかないだろうけれど。


「ね、美琴さん。ずっと聞きたいなって思ってたことがあるの。聞いていい?」

「何?」


 何気ない質問だと思った。


「美琴さんがみんなに優しいのって、もしかして自分に自信がないから?」


 背筋を冷たいものが走った。


「なんでまたそんな話?」

「勘? ていうか経験かな。いろんな女の話聞いてきたからわかるの。私の仕事って心まで裸にすることだったから」


 そう思っているなら、裸にしないでほしい。誰にだって踏み込んでほしくない部分のひとつやふたつある。


「いやいや、そんなこと……」

「そういうトコだよ」

「え?」

「私、美琴さんの心に踏み込もうとしたんだよ。普通は、裸にするなんて下品な言い方されたら怒るよ。なのに怒らなかったし、ごまかしたよね」


 返事をしたくなかった。だってそれは。

 子どもじみた背伸びをしてしまう本当の理由だから。


「八方美人とか優柔不断って嫌われがちだけど、そういう人って自分よりも他人を優先しちゃうから、そう思われちゃうんだと思うの。私の主観だけど」

「そうなんだね」


 相槌は適当だった。

 共感を示せるほど、自分自身を認められない。


「あ、そうだ。琴音とはどう?」


 だから話題を逸らした。ちょうどミモザの件で凛子とデートする約束になっていたし、琴音のことについても聞きたかった。「凛子の話を聞きたかった」と自身に思い込ませて、真相から逃げる。


「聞きたいな、ふつつかな妹が迷惑かけてないかお姉ちゃん心配」


 話題を無理矢理逸らしたからか、凛子は眉をひそめていたけれど溜飲を下げてくれた。「腹立つ!」とひとつ吐き捨てて、ナイフも使わずローストビーフにかじりつく。さすがの肉食系。


「あいつね、私に意識させようとしてくるの」

「何を?」

「結婚。しかも姉妹揃って同じ手なんだもん。笑っちゃったよ」


 琴音もブライダル情報誌で匂わせていた。それなりに結婚願望はあるらしくて、実妹が醸し出す女の一面にわずかにめまいがする。


「凛子さんは興味ないんだっけ」

「全然」


 2杯目のカクテルを飲む凛子にどんな反応を返せばいいのか、話を振っておいて分からなくなってしまう。

 立場が難しかった。友人と実妹のどちらに立つかなんて選べない。気持ち的には願望を覗かせる琴音のほうに共感してしまうけれど、どちらの考え方も理解はできる。


「難しいねー……」

「へー」


 ちらりとこちらを見られた。凛子の視線は訝しげで、話題を逸らしたのを悟られてやしないかと気が気じゃなくなる。シャンディ相手とはまた違う、心理戦の遊戯のようだった。


「琴音が結婚したがる気持ちもわかるんだよ。凛子さんかわいいから」

「美琴さん相手だったら考えてもいいかな?」


 茶化してくる凛子の言葉は無視して、続けた。


「でも、結婚だけがゴールじゃないって考えも理解できる。特に芸能人ってその辺、複雑そうだから」

「まあ、ホントのトコはそうなの」


 軽く息を吐いて、凛子は椅子の背もたれに身を預けた。立て付けの悪い椅子が、ギイと軋む。


「諦めてるけど、別にしたくない訳じゃない。でも私は普段の琴音以上に、女優やってる琴音が好き。もし報道されて変なイメージがついたら、私のせいで仕事が減ることになるんだよ。そんなの耐えられない」

「本当に好きなんだね、琴音のこと」

「好きなんて一言で言い表せないくらいにはね」


 俯いた凛子のまつ毛が綺麗だった。事あるごとに美琴をダメ元で誘惑してくるし、気のない素振りをしているけれど、凛子の本心は充分伝わる。


「琴音にはもったいないね」

「だからそういう、すぐ思わせぶりなセリフ吐くの直して」

「無自覚なんだけど……」

「なお悪いから」


 そう言って笑い合って、話はどうでもいい日常会話に流れていった。アンティッカの名物を考えていたからちょうどよかったことだとか、琴音の生態について悪口を言い合ったりだとか。凛子からは、マンションでの出来事——熱唱しながら家事に励む隣人の葵生がうるさいだとか、犀川は相変わらず何を考えてるのか分からないだとか。

 どのエピソードにも琴音が登場していて、しかも凛子の口で語られる琴音の姿には知らないことも混じっていて。妹の黒須琴音でも、女優の黒須琴音でもない、琴音が望んだ琴音になっている。

 琴音は成長した。

 オトナになりきれない、子どものままの美琴を残して。


「今日はありがとね、凛子さん」

「あー、楽しかった!」


 会計を済ませ、秋葉原の街をふらついた。

 ほろ酔いくらいの凛子はにへらと目元を崩して、腕を絡めて胸元を押し当ててくる。酔っているから仕方がないし、特に美琴は掘り返されたことを忘れたくて、ついつい酒が進んでしまっている。


「凛子さん大きいよね。いくつ?」

「Gの75!」

「えー、すごい!」

「触っていいよ?」


 どこまでなら浮気になるんだろうと考えて、すぐに気にならなくなる。凛子とは何もない友達なのだから、別に気にしなくてもいいなんて自己を正当化して、そのことに自分自身気づかない。

 だけど、秋葉原の駅前。午後8時過ぎ。まだひと気も少なくはない都会の真ん中で乳繰り合うのは残った理性が許さなかった。


「今度触らせて? できればひと気のないトコで」

「美琴さん真面目すぎるよ! 琴音と足して2で割りたい!」


 乳を揉む揉まないという意味不明な問答を繰り返して向かった改札には、人だかりができていた。電光掲示板を運転見合わせの文字が右から左へ流れている。電気系統の故障らしく、路線図が真っ赤に灯る。近くの鏡に映った顔は、信じられないくらい真っ赤だ。ひどく酔っている。


「動いてないみたいねー」

「んー……」


 凛子はおもむろにスマホを取り出して電話をかけていた。


「ねー。秋葉原まで迎えにきてー」

「えー? 明日オフでしょ? 別にいいじゃない」

「なんでお酒飲んでるの!? 信じらんない意味わかんない無理!」


 口ぶりからして、相手は琴音なのだろう。無茶苦茶ばかり言ってきた妹様たる琴音が、逆に無茶苦茶を言われる立場になっているのが面白かった。通話を代わってもらって、美琴も叫ぶ。


「お姉ちゃんの頼みが聞けないのかー!?」

『なんで姉ちゃんも居んだよ、浮気か?』

「迎えに来なきゃ凛子っちゃうぞー!」

「奪われちゃうー!」


 言って、凛子とふたりしてケタケタ笑った。琴音はまだ飲み始めで酔いが回ってないのか、醒めたテンションで面倒臭そうだった。


『タクシーでも拾って帰りゃいいじゃん。それか六本木——』

「あの女は無理!」


 ブツッと通話を切って、凛子は改札前から踵を返した。腕を引かれるまま、美琴もついていく。電車が停まれば行き先は2軒目、3軒目。月末までに消化しなきゃいけない有給休暇もあるから、朝まで飲んで連絡すればいい、なんてぼんやりした頭で考える。

 ただただ楽しかった。

 自身を押さえつけていたタガを。八方美人だとか優柔不断だとか、他人の目ばかり気にしてしまう気疲れを、翌朝待ち受ける重い一撃と引き換えに一瞬でも忘れられる。

 それがきっと、酒の魅力で、魔力。


 だから、凛子の足が2軒目になど向いていないことも、あまり気にならなかった。


 *


 目が覚めると、ベッドの中だった。知らない天井と、温かく肌触りのいいシルクタッチのリネンが迎えてくれる。布団の肌触りを感じるということは、すなわち。


「あ、たま痛い……」


 揺らぐ頭を持ち上げた。決してビジネスホテルなんかではない、煌びやかで小洒落た内装。枕元のデジタル時計は、午後10時前を指していて、時計の隣には正方形の小袋がふたつ。女性同士のカップルには必要のないもの。

 瞬時に、ここがどこだか悟った。同時に、ガチャリと音を立てて扉が閉まる音がする。


「おはよう、美琴さん」

「え、と……これは……?」


 凛子はくすりと笑う。


「かわいかったよ」

「な……!?」


 頭を抱えた。せめて思い出そうとするけれど、何も覚えていない。だけど身につけているのは下着の一枚だけで、ラブホテルのベッドの中で眠っていたということはもう、考えられることはひとつしかない。れっきとした浮気で不倫、しかも実の妹の女に手を出した。ミシェルの件どころの騒ぎじゃない。


「うそうそ。何もしてないよ。

「冗談やめてよ……」


 しっかり服も下着も脱がされているので「何もしていない」にはなんの信憑性もないけれど、凛子の手に持ったレジ袋を見れば察知もついた。


「タクシー拾って帰ろうと思ったんだけど、途中で歩けないくらいになっちゃってたの。乗り場も混んでたし、休んだ方がいいかなって」


 「だから朝ごはん買ってきた」と、おにぎりやらサンドイッチを冷蔵庫に入れながら凛子が言う。そして美琴には水を、凛子はまだ飲み足りないのか桃の缶チューハイを開けて、ベッドサイドに腰を落とした。


「私に襲われた、とか思った?」

「……正直。疑ってごめん」

「そういうこと言われちゃったら襲えないね」


 冗談か本気か分からないダメ元のアタックをかまして、凛子はおもむろに服を脱ぐ。ケーブルニットの首から長い黒髪がこぼれ落ちて、薄手のインナーの下には甘めのレース使いのブラが窮屈そうに止まっていた。かなり大きい。


「ふう……」


 咄嗟に視線を逸らしたけれど、別に逸らさなくていい気もしてよく分からなくなる。凛子は友達としてしか見れないのだから構わない気もするし、凛子だって友達だと思っているから美琴を脱がしたのなら。


「はい、触ってもいいよ?」

「たしかにひと気のないトコって言ったけど……!」

「それは覚えてるんだ?」

「琴音と電話したトコくらいまでは」


 もらった水を飲みながら、凛子の体を眺めてしまった。着痩せするタイプなのかと思うほど、美琴の想像以上に凛子のシルエットは女性的だった。

 出るトコ出てて引っ込むトコは引っ込む。華奢で骨の凹凸くらいしかないシャンディとは真逆のメリハリの効いた肉感的な体型。琴音はこういう体が好きなのかと思うと、なんとも言えない気持ちになる。


「どしたの、そんな複雑そうな顔して」

「いや、琴音の性癖を垣間見た気がして……」

「わかる。私も、兄さんのエロ本見つけた時そんな気分だったな。素人女子大生モノで」

「お兄さんは地元?」

「パパやってる」


 凛子の顔色がわずかに翳った。聞いてはいけないことだったのかもしれないと思って、急いで別の話題を探そうと明後日の方向を見上げた。

 途端、凛子が告げた。


「また話題逸らそうとした。美琴さん、人の顔色見過ぎ。忖度魔人なの?」


 言葉に詰まる。冗談めかして流す暇も与えず、凛子は続ける。


「なるべく傷つけないように気を遣ってくれてるんだと思うけど、それっぽっちで傷つくほど子どもじゃないよ? もうアラサーだしね」

「ごめん……」

「また謝る……。あの女にもそんな風なの?」

「そんな風って」

「すぐに自分の意見引っ込めて、相手に合わせようとする感じ」


 缶チューハイをあおりながら、凛子は部屋のテレビをザッピングし始めた。地上波に飽きたのか衛星放送を選曲して、アダルト専門チャンネルで指を止める。映像の中では、専門の女優が艶めかしい姿で喘いでいた。相手は当然、男性。


「私ね、今まで一度も男に抱かれたことないの。抱かれたいと思ったこともない。美琴さんは?」

「それくらいは……」

「あるの? ないの? 抱かれたいと思ったこと」


 何を聞かれているのか分からなかった。そんなこと話せる間柄の友人もいなかったので、一気に踏み込まれた途端、距離感を見失いそうになる。


「……ある、けど」

「じゃあ、もしかしたら分かんないかもしれないね」


 前置きして、凛子が肩を寄せる。触れ合った体は、外出していたからか凛子の方が冷えていた。ふたりして下半身だけ布団に埋めて、無味乾燥としたアダルトビデオの痴態を眺めている。


「小学生の4年だったかな。幼馴染の女の子と仲良くなりたくて悩んでた頃に初潮が来てね? その時、ああ私女だったんだ。女だから女を好きになっちゃいけないんだって思ったらショックで。ショック受けるってことは、私はあの子のことが好きだったんだって分かって」


 缶チューハイを枕元に置いて、凛子が肌を密着させる。柔らかくて引っかかりのない滑らかな肌。


「今みたいに気軽にネットで相談できない昔の話だし、田舎で、子どもだったから本当に苦しかった。あと私バカだから、世間体なんてブッ壊してやりたくて告白して、失敗して」


 凛子の昔話があまりに悲しくて、背中に手を回す。せめて、冷えた体が温まってくれたらいい。


「転校したの」


 それだけで、何があったのか理解できた。


「これからは普通の子みたいに男が好きなフリしてようって思って。その頃から胸も大きかったから、結構告白されて付き合ってもみたんだけど全然好きになれなかった。私が好きだったのは、私に好きな子取られて泣いてる女の子で」

「そう……」


 共感の言葉を口にできなかったのは、「お前に何が分かる」と言われそうで怖かったから。


「それからずっと、そんなことの繰り返し。女の子の友達なんてほとんどいなかったし、ビッチ扱いされてた。意味わかんないよね、男とキスもしたことないのにビッチとか」


 はあと吐き捨てて、凛子は続ける。


「でも、分かってくれる幼馴染が居たの。ひとつ年上のお姉さんで、私に言ってくれた。凛子は変じゃないよ、好きだよって。そのお姉さんの名前は、白井伽耶」

「いま?」

「義理の姉になったの。兄さんと結婚して、子どもまで産んで」


 凛子の歴史は、裏切りの連続だった。告白してイジメに遭い、告白しなくても邪険にされ、唯一信じられると思ったお姉さんは、お義姉さんになってしまった。


「でも私、後悔してない。どんなに世間が北風浴びせてこようと、間違ってないって胸張れる。まあ、私がバカなだけかもしれないけど」

「カッコいいと思うよ、そういうの」

「そう? ありがと」


 言って、首筋にキスをされた。友情の証として受け取っておくことにする。


「だからね、私、他人がどう思うかとか考えないことにしてるの。気が合う人とだけ連んでたらいいやって。レズキモいって石投げてくるブスとかビッチ扱いしてくるペチャパイどもに、どうして気遣わなきゃいけないの? 時間の無駄だし、そう思うならご勝手にって感じ」


 凛子の告白はまさに、身も心も裸になったようだった。

 なんだかんだ琴音といるのも、あれだけ邪険にされながらアンティッカに通うのも、凛子なりに感じ入るところがあるのだろうと思う。


「でも、美琴さんは違うよね。周りさえよければ自分はどうなったっていいって思ってそう」

「……誰にも嫌われたくないって思うの、そんなに悪い?」


 口に出してしまった。シャンディには悟られているだろうけれど、口にしたことはない自身の問題。


「……私は、凛子さんみたいに強くないんだよ」


 凛子は静かに抱きしめてくれた。


「あの女、ホントに最悪……」

「シャンディさんを悪く言わないで……」

「悪く言いたくもなるから」


 キツく抱きしめられる。桃の香りに混じって、トリートメントのアロマが鼻腔をくすぐる。好きな匂い。


「あの女は優しくない。美琴さんの心に踏み込むのが怖いから、認めて受け入れてるフリしてるだけ。だからあいつを許せないの」


 涙があふれてくる。冷えた凛子の背中に、雨を降らせてしまう。どうしようもない本音を暴かれたことがツラくて、慰めてもらっているのが情けなくて。


「嫌われたくないからって自分を殺してたら、いつか誰も愛せなくなるよ。あの女みたいに」

「シャンディさんは、そんな人じゃ……」


 自分で自分がわからなくなる。結婚の話が進まないのも、遊戯のやりとりも、どこか表層的で上すべりしている気がしてくる。信じていると誓い合ったはずなのに、その誓いすらも揺らいでしまうような。


「……私はね、美琴さんを奪いたい訳じゃないの。あの女と幸せになってほしい。癪だけど、見ててイライラするくらいに」

「なに……それ……」

「貴女が変えるの。過去を捨てたフリして、過去に縛られたまんまのふざけたバーテンダーを」


 シャンディの過去を、美琴も聞き出そうとはしなかった。何があったとしても受け入れるつもりでいて聞き出さなかったのは、話したくないなら話さなくていいと言ったから。

 だけれど、もし。

 シャンディが踏み込もうとしない原因が彼女の過去にあるなら。


「どうすれば……いいの……」


 抱かれていた肩が離され、腕を引かれた。ベッドサイドに、下着姿でふたり並んで立ち上がる。


「こんばんは。今夜だけ限定復活の《アロマティック》のりんです。なんでも話してくれていいよ、美琴ちゃん」


 微笑んだ凛子——いや、キャストのりんがそこに居た。

 泣いていたのに、思わず笑ってしまう。嫌われたくないからって自分を殺してるのは凛子のほうで。ただ、その優しさはきっと親友として向けてくれるもので。


「おカネないよ……」


 凛子は頬にキスして笑った。


「披露宴の引き出物、私のだけちょっと豪華にしてくれたらいいから」

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