#100 : Eternal Force Blizzard / ep.1

「……なるほど。アンティッカに名物が欲しい、ですか」


 一泊二日の小旅行から数日後。美琴は《特命係》オフィスを訪れていた。早苗以下3名にお土産を渡すついでの雑談めいたランチミーティングの議題は、シャンディから相談されたこと。


「お店に取材が入るから、他店舗と差別化したいらしくてね」

「あの女の存在が充分な差別化要素だと思いますが」

「だめだよだめ、差別はよくないよ。いじめ反対!」


 黙して話を聞いている飯田ですら、ミシェルの見当違いにはツッコミを入れなかった。《特命係》ではいつもの光景なのかもしれない。

 ことの発端は昨晩に遡る。


 *


「取材させていただけませんか!」


 オレンジの間接照明が照らす薄暗い店内、アンティッカ。

 特等席でバーテンダーの働きぶりを観察していたとき、ふたつ隣に座す女性客が突然切り出した。

 すわ「ドッキリ?」とくすくす笑うシャンディは、受け取った名刺を手に美琴の向かいに寄ってくる。なんとなく興味はあったのでちらりと名刺に目をやると《東京ナビゲート》というロゴが見えた。


「弊社で発行している《東京ナビゲート》に、ぜひともアンティッカを掲載したく思いまして」


 それはハイソな港区からギラギラした新宿。サブカル三大聖地に下北沢。ディープスポットの北千住、蒲田、赤羽から住みやすい西東京、果ては奥多摩ばかりか伊豆諸島に至るまで、東京を隅から隅までナビゲートするライフスタイル・グルメに強い情報誌だ。美琴も何度か読んだことはある。


「だそうですけど。美琴さんはご存知?」


 なんで私に聞くのと思ったけれど、アンティッカのオーナーバーテンは人間不信だ。うっすら笑顔は浮かべていても女性記者への警戒は崩さない。嫌ってそうだしね、マスコミとか。


「東京の混沌カオスっぷりがよく分かる雑誌だよ」

「ありがとうございます、それがウチの売りなんです」


 ちょうど空いていた隣席に記者が移ってきて、美琴まで名刺をもらってしまった。

 編集者、|宮下花奏かなで。刈り上げたボブから覗く耳には、大きなイヤリングが揺れている。デキる女編集感がスゴい。

 いちおう名刺を交換すると、花奏は琴音の動画を見ていたらしく、「有名人に会えた」とばかりに感激していた。さすが編集者、アンテナを張り巡らせているだけある。

 二言三言交わしてから、花奏は企画意図を説明し始めた。


「実は、オトナの隠れ家20選と銘打って都内のバーを紹介したいと考えておりまして」


 花奏が取り出したタブレットには仮の誌面が映し出されている。アンティッカは8ページの特集記事の後半でダイジェスト的な扱いを受けるらしい。


「なーんだ。うちがナンバーワンじゃないんですね」


 唇をすぼめるシャンディと同じく、アンティッカがこの扱いなのは悔しかった。けれど、他店の内装写真を一目見て納得してしまう。


「他も素晴らしいお店ばかりでして」

「うわ、オシャレ……」


 残る店はすべて、アンティッカに負けずとも劣らないオトナの隠れ家だ。特集されて客が大勢来れば隠れ家でもなんでもないような気はするけれど、ホントの隠れ家は記者お断りだろう。が大事なのかもしれない。


「まあ、載せたいならご勝手に」

「そんな言い方しなくても……」


 やっぱりマスコミ嫌いのシャンディは、こだわり強めのラーメン職人みたいなストロングスタイルを貫いていた。一方の花奏は平身低頭、お礼を言っている。まるでこちらが悪者だ。


「そこで、ひとつお頼みしたいことがございまして」


 コピー用紙の取材資料を差し出して花奏の説明を受ける。諸々の注意事項——店側に金銭負担は求めないだとか——が並ぶ中に『名物のオリジナルカクテルをご紹介いただく』と書いてあった。


「オリジナルなんてあった?」


 シャンディは「うーん」と唸って言う。


「《ミコト》くらいですけれど、あれは美琴さん限定ですものね」

「そうして。お願いだから……」


 《ミコト》。いつだったか作られた《シューティングスター》のアレンジカクテル。遊戯で歯の浮くようなセリフを言い過ぎた恥ずかしい女・黒須美琴を、真っ赤なマラスキーノチェリーで皮肉ったものだ。そんなものを名物にされてたまるか。


「後日改めて取材に伺います。もし推し出したいカクテルがあればご用意いただけるとありがたいです」


 *


「へー。変わったカクテルを考えたらいいんだね?」


 差別化と差別の違いを説明すると、ミシェルはなんとか納得してくれた。そんなことを説明することになるとは思わなかったけれど。


「何かアイディアないかな? こういうの飲みたいなー、とか。見た目とか味とか」

「んーとね。甘いけどぱちぱち弾けて、ふわーってなるのが飲みたいな」


 ミシェルのふわふわした意見も貴重なニーズだ。とりあえずメモするも、《特命係》はミシェル以外下戸も下戸だ。

 女子会の輪から外れた飯田にも声をかけてみたけれど、彼もまた早苗と同じ種類の人間。《特命係》は飲みニケーションしがいのない部署である。


「やっぱり難しそうだな、オリジナルカクテル……」

「そもそも、なぜ美琴さんがカクテル創作を任されているのかもよく分かりませんが」

「それはまあ……忙しそうだし。私もいちおうは企画屋だから」

「であれば、敵情視察はいかがでしょう。完全なコピーは許されないでしょうが、ヒント程度にはなるかもしれません」

「確かに!」


 すっかり抜け落ちていた。アンティッカ以外のバーに行ったことがない美琴には、他のバーがどういった形態なのか分からない。そもそもアンティッカはオーセンティックなフリをしているけれどガールズバーなのだ。普通のバーテンダーは客とチェキを撮ったり、毎月14日にコスプレなんてしない。


「はいはーい、みんなで行きたい! 《特命係》の記念飲み会! ね、早苗さん!」

「必要ありません。時間の無駄です」

「でもでも、仲よくなりたいのにー……」


 ミシェルはしゅんと小さくなっていた。基本的に、早苗は仕事の話しかしない。そんな性格でどうやって董子をあそこまでオトしたのだろう。柳瀬家七不思議のひとつだ。


「まあ、いろいろ考えてみるよ」


 《特命係》のオフィスを出て、企画部に戻りながら考える。

 アンティッカのオリジナルカクテル案。これもまた企画と言えば企画だ。

 どういう時に、カクテルを飲みたくなるのだろう。そう考えて、初めてアンティッカを訪れた昨年冬を思い出す。


 仕事で失敗して、終電を逃してすっ転んでと散々な目に遭った。悪態をついて天に唾を吐いたら、今度は人形のように美しいバーテンダーを押し倒してしまった。申し訳なくて手を引かれ、アンティッカで《シャンディ・ガフ》を饗されて、気がつけば《シャンディ・ガフ》にどハマりして抜け出せなくなり今に至る。

 カクテルとの日々は、長いようで短い。


「いかんいかん……」


 途中からカクテルではなく、カクテルを作ってくれたバーテンダーとの馴れ初めを回想し始めてしまって、幸せな勘違いに頭を振るう。

 とりあえず、今は仕事をしよう。そのうち何かしらのヒントが見つかるはず。思い浮かばない名物のことを先送りにして、美琴は仕事に戻った。


 *


 新橋駅ナカの書店の冠婚葬祭コーナー前で、美琴は立ち往生していた。

 オリジナルカクテルのヒントを探しに書店に来たのに、目についたブライダル情報誌の前から一歩も動けない。

 悩む必要などない。買えばいいだけ。買って早く、カクテル創作のヒントを探したいのに。


「うあー……」


 パステルピンクに統一されたハッピーな色合い、カメラ目線で微笑むウェディングドレスの花嫁。そして『こんな海外婚がしたい』『オトナの結婚式特集』とデカデカ銘打たれた表紙は、かの有名な匂わせ雑誌。

 なかなか結婚に踏み切ろうとしない甲斐性なしにマリッジ・オア・ダイの最後通牒を突きつけて、2時間ドラマの刑事役よろしく犯人を崖に追い詰めるための武器である。失敗すると双方深手を負うので、諸刃の剣でもあるが。

 美琴が悩んでいるのは、別に失敗のリスクに怯えているという訳ではなかった。


「絶対、重いと思われる……」


 すでに何度も、シャンディ相手にはプロポーズしている。クサい台詞ばかり吐く紳士状態のみならず、普段通りのひどく子どもっぽい姿まで。どちらもシャンディは頷いてくれたので、婚約は済ませている、状態だと思う。


 ——婚約。

 それは言葉の重みに反して、まるで雲を掴むようなふわふわとした関係。口約束して指切りげんまん、嘘ついたら《イエーガーマイスター》を吐くまで飲ませても許さないだろうシャンディは、プロポーズに「はい」は言っても、「結婚しましょう」とは言ってくれない。

 理由は分からない。きっと過去のトラウマだろうから、心の整理が終わるまで待つ気ではいた。他に誰かがいてキープされている状態——というのは考えにくいけれど。


「いや、重いとか今さらな気もするし……。ていうか今はカクテルでしょ……」


 どんなに考えにくくても、世の中に絶対はない。降水確率ゼロでも雨が降ることもあるように、人間不信のバーテンダーが突如やけぼっくいに火がついて、《チェシャ》と復縁する可能性だってなくはない。

 そしてこう言うのだ。「だって、ただ愛を囁くだけなら、幼稚園のお遊戯会でもやってますものね」って。


「あああ……!」


 世の女性が役所に急いでしまう理由が痛いほどよく分かる。

 口約束の婚約状態は不安なのだ。最悪の焦らしプレイである。


「お客様ー? 結婚は考え直した方がいいと思いますよー?」

「び、びっくりした……。凛子さん、今帰り?」


 背後で凛子が笑っていた。聞くと、汐留でひふみの歌番組収録の直後だったらしい。


「新橋あたりうろついてたら美琴さんに会えないかなーって思ったの。運命感じちゃうよね?」

「腐れ縁ではあると思うけどね」


 吹っ切れたのか雇い主に似たのか、凛子は楽しげに笑っていた。

 彼女はシャンディさえ絡まなければ落ち着いていて人当たりよく、琴音さえ絡まなければ優しくて気立てもよい。

 そして、色恋沙汰に関しては異様に察しがよい。


「とうとう決めちゃうの?」

「まあ、こういう雑誌読むのも勉強かなって思って」

「不安なんでしょ? 婚約したまま先に進めないの」


 察しが良すぎて口から心臓が飛び出そうになる。


「なんでそんな鋭いかな……」

「ブライダル雑誌買おうか悩んでる女なんて、誰が見たってお見通しだよ」

「だよねー」

「最近は私たちみたいな人も対象にしてるみたいだから」


 雑誌を手に取って、凛子はパラパラとめくる。わずかにではあるけれど、マイノリティカップル向けのアドバイスも載せられていた。


「……結婚考えたことある?」


 ぽつりと零した質問に、凛子は「うーん」と唸った。


「初めから諦めてるの。今さら『同性婚歓迎します』なんて言われたって、ああそうですかって感じ」


 美琴と違って凛子は、女性ひとすじな女だった。だからこそ結婚だとか披露宴だとか、そういうものには縁もゆかりもなかったのだろう。発言に重みがある。


「なんかごめんね、変なこと聞いて」

「変じゃないって、大事なこと。だって美琴さんはしたいんでしょ? あの金髪クソ女と」

「金髪クソ女……」


 顔面の引きつりを抑えられなかった。シャンディが絡めば、可愛らしく大人しい顔立ちに潜んだ牙が剥きだしになる。それが白井凛子だ。


「そういう凛子さんはどうなの? 琴音と」

「ないない」


 凛子はなんでもなさそうに笑っていた。本当に結婚願望はないのだろう。琴音とはそんな話をしたことがないので、あるのかどうなのか分からないけれど。


「別に結婚だけがゴールでもないでしょ?」

「それもそうだけど……」


 凛子の言うことはもっともだったけれど、もし自分が同じ立場だったら。所詮は紙切れ一枚だけの絆でも、すがらずにはいられない気がする。事実、口約束だけの婚約が不安でしょうがない。目に見えたゴールが欲しい。


「美琴さん、結婚願望強いんだ。かーわーいーいー」

「そうなんだよねー……」


 たとえ祝福されにくい結婚で、反対する人だって居るとは思っていても。

 やっぱり、純白を着たかった。子どもの頃ちょっとくらいは憧れたし、一生に一度だし、人生で一番綺麗で幸せな瞬間を切り取って残しておきたい。


「ね、いいお店知ってるの。立ち話もなんだし悩み聞こっか? 晩ご飯まだだよね?」

「ホント? ありがとう! 凛子さん素敵!」

「最高のフレンドでしょ?」

「最高!」

「セックスってつけてもいいよ?」


 ダメ元で放たれる半分本気の冗談は聞き流した。


 *


 新橋から山手線で数駅。サブカルの聖地、世界の趣都しゅとたる秋葉原。本当に存在するとは思わなかった、絵に描いたようなオタクファッションに身を包んだ人々を横目に、美琴は凛子の案内に続く。


「ここ、高まったときたまに来るの。店外でけっこう使ってて」

「へえ……」


 凛子の趣味とは思えない店構えに、面食らってしまった。

 欧風居酒屋・《ヴィレッジ》。趣都に相応しい西洋ファンタジー酒場風の店内は、琴音が遊んでいたモンスターを狩って身ぐるみ剥ぐゲームにそっくりな世界観だ。中でも一番目を引くのが。


「クエストお疲れさまです、冒険者さん!」

「2名なんですけど、空いてます?」

「はぁ〜い。ご案内しますね!」


 ホールスタッフがすべてメイドさんだった。胸元を強調し、露出度の高い衣装の隙間から色気がだだ漏れている。おおよそ男性客ばかりかと思ったけれど、女性客も少なくはない。かわいい女の子は目の保養になるからだろう。実際かわいいので仕方ない。

 そこでようやく、凛子いわくの「肉欲」の意味が分かった。


「肉欲ってそういうことね……」

「え?」

「なんでもない」


 敢えてガタつく作りにしているだろう無骨な椅子に座って、周囲を眺めてみる。

 確かに、店内を忙しなく行き来するメイド服のウェイトレス達のレベルは高い。相当な面食いの凛子でもストライクゾーンに入りそうな顔とスタイル。さらに美琴の目を引いたのは。


「3番テーブルの勇者様、討伐クエスト達成でーす!」


 マイク片手に場を盛り上げ、拍手喝采を巻き起こすメイドさんの姿。《ヴィレッジ》という非日常空間でお客様を楽しませるエンターテイナーを演じるプロ根性だ、感心せずにはいられない。

 この店も、テンションこそ違うがアンティッカと同じだ。オーセンティックな非日常で客を楽しませていると思うと、抱いていた偏見も吹き飛ぶ。


「ご注文はお決まりですか?」

「とりあえず《皇帝御用達サラダ》と、《ミノタウロスの特製ロースト》を。あと、《ジャック・オ・ランタンのポタージュスープ》」


 感心してぼーっと店内を眺めていると、若いメイドさんが注文を取りにきた。「優姫」と名札にある20歳そこそこの女性。肌つやのキメが細やかで、しっかりした太もも。細くて華奢なシャンディとはまるで違う。


「美琴さん?」

「え?」

「お酒はどうする? メニュー見て?」


 先ほどの注文を聞いてもメニューを見ても、何も頭に入ってこなかった。

 サラダにしてもポタージュにしても意味不明な単語が並んでいるし、カクテルの欄には《サキュバスの口づけ》だとか《サイクロプスの涙》だとかが並んでいる。おまけに価格表示はすべて円ではなく《ゴールド》(税込)だ。

 いったいこの店は何を出す気だ。

 非日常と異世界ファンタジーとメイドと太もものせいで情報過多を起こした美琴はとりあえず、目を瞑ってメニューを指さした。


「あ、メイドさん。この人初めてだから、お願いしていい?」

「ちょっと待って何それ?」


 凛子はにへらと口元を緩めている。「かしこまりました!」と駆け出していったメイドさんにも聞けなくて、美琴は不満たらたらに凛子を睨みつけた。


「変なことじゃないから平気だって」

「鋭くて嫉妬深い人が居るんだから頼むよ……」

「だいじょうぶ。よく知ってる」


 よく知ってるならやめてほしい。凛子からすれば、普段さんざんやられている仕返しなのだろうけれど、どうして巻き込まれなければならないのか。美琴はがくりと肩を落とした。


「そうだ、お土産ありがとう。すごく美味しかったよ、あっさりしてて」

「そ、よかった。気に入ってくれたみたいで」


 鬼怒川のお土産は、ミモザを引き取りに行ったついでに渡していた。琴音を起こさないように、マスクにゴーグル、ゴム手袋までした凛子が玄関先までケージを持ってきたのは記憶に新しい。シャンディが爆笑し、凛子がキレていたのはいつもの光景で。

 その後、いかにミモザが居て苦労したかとうとうと語る凛子の話を聞いていると、メイドさんがワゴンを引いてテーブルにやってくる。本格的なレストランで見るような、銀のドーム。それを開くと——


「お待たせしました、《ミノタウロスの特製ロースト》です」


 ——巨大な塊肉のローストビーフが器の中できらめいていた。思わず写真を撮ってしまうほどの非日常感。ただ、メイドさんは写らないよう画角に気を遣う。あとで見つかって恥ずかしい目に遭いたくないので。


「肉欲高まるよね!」

「ああ、そっちね……」


 なんのことはない。ただの肉が食べたい欲求だった。巨大な塊肉が薄くスライスされ、皿に饗される。ローストビーフと言えば、スーパーで売っているようなパサついたものだとばかり思っていたのに、とにかく油がのって肉汁があふれている。あまりにワイルドだ。異世界ならではなのかもしれない。

 追って揃った《皇帝御用達サラダ》——ただのシーザーサラダ——と《ジャック・オ・ランタンのポタージュスープ》——ただのパンプキンポタージュ——の写真をキャーキャー言いながら撮影していると、注文した飲み物が届いた。


「こちらが《魅惑の桃源郷》。そして《エターナルフォースブリザード》です」

「え?」

「《エターナルフォースブリザード》。相手は死ぬ!」


 ドヤ顔でメイドさんが決めポーズを決めていた。何を頼んだのか分からなくなってメニューを見直すと、ちゃんとカクテルの欄に書かれている。


「とりあえず、かんぱーい!」

「いやこれ何!?」

「だから《エターナルフォ——」

「それはよくて!」


 細長い円筒形。コリンズグラスには炭酸の泡が昇っている。半透明でやや薄い青色。氷入りのロングドリンクで、よく見ると氷漬けになったライムが浮かんでいる。グラスの淵はスノースタイルの塩で飾られているので、ここだけ見れば《ソルティ・ドッグ》のアレンジにも思えなくはない。

 だけど、グラスの一番下に、青色2号でも混ぜたような真っ青な液体がたゆたっている。エターナルなブリザードを表現しているということなのだろうか。

 見た目は涼やかで爽やかだ。見た目だけは。


「冒険者さん大変です! 緊急クエスト発生が発生しました!」


 途端、店内照明が落ちた。そして四方から注ぐスポットライトが美琴を照らし出す。隣に座った凛子はにこにこ笑って眺めているだけで、助けてくれるつもりはなさそうだった。


「……《エターナルフォースブリザード》、それは世界を滅ぼす絶対零度の禁呪にして、決して封印を解かれてはならないもの!」


 メイドさんは、マイク片手に店内の客全員を盛り上げる。抑揚たっぷりの芝居は本当にファンタジー世界の出来事のようで。


「この禁呪を手にした冒険者は、その真名しんめいを当てなければならない! さもなくば、世界を永遠の氷の中に閉じ込めてしまう!」

「凛子さんどういうこと!?」

「がんばってねー、冒険者さん」


 突き放された。ひどくない?


「さあ、禁呪のカクテル《エターナルフォースブリザード》と戦うのです、冒険者よ! 禁呪に含まれる7つの謎が解ければ、世界は救われるであろう!」

「よくわかんないけど利きカクテルってこと?」


 メイドさんは設定を守ったまま何も言わなかったけれど、首肯と指でOKサインを出していた。

 利きカクテルとなれば話は早い。世界を守るよりも簡単だ。夜ごとのアンティッカ通いで鍛えた舌がある。ちょうどオリジナルカクテル創作に行き詰まってもいたし、変わったバーを見たい気持ちもあった。

 これは世界を氷河期から守るため。

 何よりシャンディのため。

 謎のカクテル《エターナルフォースブリザード》の、ふつふつと湧き上がる水色の液面を、底の濃い青を見る。まあ、十中八九、《ブルーキュラソー》だろうけれど。


「いざ、勝負!」


 美琴はカクテルを口に含んだ。

 思った以上に、美味しかった。

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