#62 : Preview

「そろそろ起きてくださいな、美琴」


 まどろみを引き裂く、鈴を転がしたような囁き。瞼を開けると、ベッドサイドに腰掛けたシャンディが呆れたような微笑みを向けている。

 経堂に朝が来た。美琴は枕元に置いたスマホで時間を見る。

 ――午後一時。


「大遅刻じゃない!? どうして起こしてくれなかったの!?」


 慌てて起き上がり、シャンディの肩を掴んで揺すった。「あらあら」とボブルヘッドドールのように頭が揺れて、オレンジの香りが辺りに漂う。明治文具の事務・凛子のデスクに電話を掛けて無断欠勤を有給休暇に切り替えてもらおうとスマホに手をやったところで、美琴はようやく思い出した。


「そうだ。もう辞めたんだった……」

「ふふ、ぐっすり眠れましたね」


 四月。水曜、午後一時過ぎ。

 明治文具を依願退職することになった美琴は、月末までの有休消化期間に入っていた。普段は目覚ましなど掛けなくても朝目覚めるというのに、仕事を辞めたと分かれば体内時計すらその仕事を放棄してしまうらしい。

 平日昼過ぎに目を覚ます、なんとも言えない罪悪感。眠りすぎてすっきりしない頭でリビングに向かうと、オーディオスピーカーから聞き馴染みのある声が聞こえる。琴音のものだ。


『黒須琴音がお送りする《チアアップ》水曜日は、FMみなとをキーステーションに全国33局ネットでお送りしています』


 休業中唯一の琴音の仕事、それがラジオの生放送だ。午後一時から五時までの四時間に渡る帯番組の水曜パーソナリティ。途中リクエスト曲紹介やニュース、交通情報を挟むとは言っても、六秒以上沈黙することなく平日昼間に喋り倒している。


「妹さんはちゃんと働いてるのに、お姉さんはダメダメですねー?」

「クビになったんだからしょうがないよ。ていうか初めて聴いた、琴音のラジオ」

「ふふ、ちゃんと女優してますね。疲れないのかしら?」


 朝食だか昼食だか分からないシャンディ特製トーストを摘まみながら、流れてくる琴音の声に耳を傾ける。素の琴音とはまるで違う、清楚清廉な化けの皮。嘘八百のまったくのお芝居だ。未だに自身が考えたあの儀式――素と女優を分かつ儀式をマネージャーと続けているのだろうかと美琴は過去に想いを巡らせる。


「琴音はオンとオフで別人だからねー……」

「にゃおう」

「そうそう、見事な猫かぶり。バレないで続けられるんだから大したもんだよ」


 シャンディの鳴き真似に対抗するように、ミモザが「にゃおう」と声を上げる。昼ご飯を食べ終えた女王様は、定位置となった美琴の膝の上で丸くなった。


「ミモザはいけない子ですね。ご主人様の女に手を出すなんて」

「ネコにすら対抗意識燃やすから懐かないんじゃない?」


 「おーよしよし」とミモザの耳元を撫でながら、美琴は食事を終えた。経堂に住むようになってから、美琴のパジャマは毛だらけだ。ミモザも飼い主に似て、パジャマが好きなのかもしれない。


「にゃおう」


 途端、シャンディがまたネコの鳴き真似をしてみせる。リビングのローテーブルに座る美琴に向かって、四つん這いでじわりじわりと距離を詰めてくる。


「ずいぶん大きなネコちゃんもいたものだね」

「ええ、食べちゃおうかしら? 美しいバニーちゃんを」


 挑発的にきらめく琥珀色の瞳。ぺろりと舌舐めずりするシャンディの意図は、とてつもなく分かりやすい。睡眠欲と食欲を満たしたとあらば、残るはひとつだけ。


「ま、まだ真っ昼間だけど……?」

「いいじゃないですか、お互いやることもないでしょう? 好きなだけ寝て、好きなだけ食べて、好きなだけ愛し合いましょう? ケモノのように」


 あの一件以来、シャンディは一気に積極的になった。美琴が信じると告げたことで、リミッターが外れたのかというほどのアプローチを仕掛けてくる。見つめてくるシャンディの美しい顔。魅入られてしまえば、美琴も背伸びせざるを得なくなり――


「こ、これはこれは大胆な申し出ですね? ですが日が暮れるのを待ってからのほうがムードが出てよいと思いますけれど……」

「今日のあたしは女豹。ケモノに言葉は通じませんよ、美琴さん? がおーう!」

「ちょ、ちょっと……!」


 ――バニーちゃんは女豹に狩られるのだった。

 柔らかなカーペットの上に仰向けになって、両腕をシャンディに押さえつけられる。上弦の瞳で見下ろしてくるシャンディは艶めかしくも幸せそうな笑顔で、それが自身にだけ向けられたものだと気づけて美琴はただ安堵する。


「あらあら。嫌がってた割に、とっても嬉しそうな顔してますね?」

「い、嫌がったところでシャンディさんは襲うでしょう?」

「嫌ならいいんですよ? 夜を待つと言うのなら、あたしはそれでも」

「ま、待つのは――」

「待つのは? 何かしら。ふふ」


 これもまたシャンディの仕掛ける駆け引きだ。襲い掛かって美琴を受け入れ体勢にしておきながら、きれいさっぱり梯子を外す。美琴の性質を完全に理解しているからこそできる恐ろしいまでの遊戯。


「知りたいですね? 美琴さんは何を求めているのかしら?」

「ぐ、う……」

「恥ずかしがらずに仰ってくださいな? 何をしてほしい?」


 シャンディは言わせようとしているのだ、美琴の口から。

 女豹の顔のまま、ペロリと舌舐めずりする。ノーメイクでも美しい薄桃色の唇は、天然物のグロスで艶めいている。目を奪われる。

 かといって、負けるばかりでもいられない。シャンディに勝つためには自爆を覚悟して突っ込むしかないのだ。美琴は思いつく限り一番恥ずかしい手札を切った。


「かっ……」

「か? なんです?」

「私の身体に、聞いてみてはいかがでしょう……?」


 昼間にも関わらず、ふたつの満月が登った。琥珀色の瞳が見開かれる。シャンディの意表を突けたのだ。

 だが――


「困りました。余計に責めたくなっちゃいました」

「えっ、ちょっと……んっ!?」


 完全に逆効果だ。美琴の自爆はシャンディの背中を押しただけ。再び押し倒されて、開発されきった耳を甘噛みされた。

 ムードなんてあってもなくても関係ない。

 彼女の瞳に、挑発的な声に、オレンジの中に混じったほのかな体臭に。そして唇が触れ合う感触と、絡み合う舌の味――五感を刺激されたら美琴はそれでおしまいだ。


『おうち時間ですねー。わたしも撮影や舞台は軒並み中止になってしまって、今はおうちで料理とか挑戦したりしてるんです。最近は土鍋で炊くご飯に凝ってて。皆さんご存じですかね、はじめチョロチョロ……』


 当たり障りのないオーディオから聞こえてくる琴音の声が、美琴の耳を右から左へすり抜ける。ラジオどころではなかった。シャンディに魅入られて、愛されたくてたまらない。

 だが、シャンディはなおも梯子を外す。いじわる。


「妹さんの声を聴きながら責められるってどんな気分です?」

「聞かないで……!」

「ラジオを?」

「そ、そっちじゃなくて……」


 惚れた弱みは、幸せな悩み。毛だらけのパジャマをめくられ、おへそに唇の触感を感じた瞬間に、美琴の理性は吹き飛ばされる。


「ふふ。お顔がマラスキーノ・チェリーになっちゃいましたね。かわいいバニーちゃん?」

「う、あ……」

「この際、ホントにバニーちゃんとして飼われちゃうのはいかがです? お仕事探しなんて辞めちゃって、あたしに永久就職しちゃっていいんですよ?」


 ほんのりと赤らんだシャンディの顔が愛おしい。蕩けそうな意識の中では、ほんのわずかに残った働く意欲――シャンディと対等でありたい気持ちすらも溶けて消えてしまいそうになる。

 天使と悪魔、ふたつの意識が美琴の中で暴れている。

 天使は凛子のように「対等になるんじゃなかったの!?」と。一方の悪魔は董子のように「好きな人に尽くす生き方だって素敵だよ!」と。


「シャンディさん……悪魔……」

「ええ、女豹あらため悪魔です。美琴を誑かす、とびっきりかわいくてわるーい女。堕落しちゃってくださいな」

「堕落じゃ、なくて……私は……」

「素直じゃありませんね? 身体に聞いてみましょうか?」


 理性も労働意欲すらも溶かすほどの甘い悪魔の囁きが、美琴の意識を奪い去ろうとした、その時だった。


『重大発表ー!』


 ラジオから素っ頓狂な琴音の声が聞こえてきた。


「あら、重大発表ですって」


 シャンディはここぞとばかりに焦らしに入る。それなりには溺愛している妹なのに、いざという時を邪魔されると疎ましく感じられて。


「い、まは……私を……」

「あらあら。おねだりだなんてえっちなバニーちゃんですこと」


 告げて、微笑むシャンディに頭を撫でられる。愛おしさが身体じゅうに染み渡ってくる。本当に董子のことを笑えないと、美琴は縮こまりたくなる。ようやく、ラジオの内容が美琴の耳にも入ってきた。


『本日はわたしからリスナーのみなさんに大切なお話があります! なんと! わたし、黒須琴音の……!』

「もったいつけちゃってどうしたのかしら?」

「……たぶん、デビューシングルのこと。こっそり音源もらったし」

「女優にモデルにDJに歌手ですか。売れっ子は違いますねー」


 スタッフのお遊びだろう、ラジオから聞こえるドラムロールでもったいつけて、琴音はエコーの掛かった声で宣言する。


『新マネージャーを紹介します!』

「違いましたね? まあ、肩すかしもお笑いパターンのひとつですけど」


 シャンディの言葉よりも気になるのは、琴音のマネージャーの件だった。新マネージャーを紹介するということは、前任者が辞めたということになる。


北谷ちゃたんさん辞めたのかな……?」

「ちゃたん?」

「沖縄出身のマネージャーさん。琴音とはデビューからの付き合いだったはずだけど」


 美琴も何度か会ったことのあるマネージャー・北谷ちゃたん翠莉みどり

 沖縄生まれ沖縄育ちの小麦肌、姉御肌の気さくなワンレンが似合う女性。昨年夏、江ノ島の海の家でのラジオ公録で会った時は、収録中にも関わらず瓶スピリッツと焼きそばを堪能して女優モードの琴音を呆れさせていたことを覚えている。

 ようやく理性が戻ってきた美琴は、琴音の声に耳を傾けた。


『さっそく紹介しますね。新マネージャーのさんです!』

「えっ!?」


 美琴とシャンディ、ふたりの声と表情がシンクロした。まったくもって寝耳に水。どういうことだか理解できない。


『凛子さんはアロマに詳しくて、毎日いい香りがするんですよ。ね? あれ、喋りたくないのかな。恥ずかしがり屋さんみたい。おーい、凛子さーん? ……あは。スタジオの外ですごい勢いで頭振ってます。かわいい』


 はじめは同姓同名かとも思ったが、アロマに詳しいとなると話も違ってくる。おそらく美琴もよく知る白井凛子その人だ。


「美琴は何か聞いてます?」

「いや何も……あ!」


 シャンディの問いかけに、美琴は数日前に凛子から届いた謎の写真を思い出した。理由も聞かずスルーしていた写真は、チラシの裏に書かれた五つの約束。四つ目の約束だけやたら内容が濃いが、《有給休暇》だの《社会保険》だの、美琴も喉から手が出るほどほしい言葉が並んでいる。


「凛子さん、琴音のマネージャーになったんだ……」

「それで生放送で公開処刑ですか。あらあら、ちゃーんと確認しないからですよ、おバカさん。ふふ」


 シャンディは楽しげにころころと笑っていた。一方それどころではないのが美琴だ。あの迷惑妹の面倒を、今後凛子が見るというのは正直、忍びない。


『本日のメールテーマは最近はじめたこと。それと、恥ずかしがり屋さんの凛子マネージャーに励ましのメッセージもお待ちしています。番組メールアドレスはkotoneアットマーク――』

「送らなきゃですね、励ましのお便り」

「いやいや、琴音の嫌がらせだから。送っちゃダメ」

「もう送っちゃいました。董子さんも送ったと今しがたLINEが。普段から聞いてるそうですよ、この番組」


 「メール読まれるかしら?」と瞳をキラキラさせてわくわくしているシャンディに、呆れと愛しさのため息をひとつ。

 凛子への申し訳なさを感じるが、とは言え凛子がラジオに出たらどんな反応もするかも気にはなる。興味本位だ。美琴は先ほどまでの甘い誘惑も忘れて、シャンディの膝枕でラジオの声に集中することにした。


 *


 とんでもないことになった。

 凛子は窓ガラスの向こうで笑顔で手を振っている琴音への怒りを必死に抑えていた。

 FMみなと、第一スタジオ・調整室。平日昼帯の生放送番組・チアアップを全国にお届けしている琴音の仕事現場。


「黒須さんCMあけます。3、2……」


 スタジオ内のマイクの前には琴音が座っている。その外、調整室にはボタンやらスライドが並んだ機械の前に音効技師がひとり、ストップウォッチ片手にキューを出すADがひとり。収録を見守っているディレクターがひとり。そして、琴音の付き添いとして来ただけで、為す術なくラジオ現場の仕事を見守る新人マネージャー白井凛子。

 三密の権化であるスタジオだろうと、ラジオ放送は止められない。それは放送に携わる者の悲しい宿命であり、また情報を伝えることを使命とするスタッフの矜恃でもあるように凛子には感じられた。


 ことの発端は数日前。凛子が琴音のマネージャーを襲名してしまった日に遡る。

 自粛期間で琴音の仕事は延び延びだ。特にやることもないと高をくくっていた凛子は、ラジオも中止になるものだとばかり思っていた。だが電波は停まらない。感染防止を徹底して生放送を続けるという。あげく、琴音はそのことを前日夜まで話さなかったのである。


「え? だって知ってると思ってたから」


 なんの悪びれる様子もなく語る琴音にただただムカついた。喩えるならば「明日お弁当だから」と前日夜になって初めて親に話す小学生みたいなうっかり具合だ。

 結果、凛子は朝イチで琴音の所属事務所・アンブッシュへ出向いて社長以下スタッフに挨拶し、マネージャーとして最低限のいろはと社名入り名刺を託されてここにいる。

 明治文具改め、芸能事務所アンブッシュ。黒須琴音専属マネージャー。

 それが凛子の新しい肩書きだった。が。


 ――ラジオに出るなんて聞いてないんだけど!?


 琴音のマネージャー紹介の件は台本にないアドリブだ。

 調整室のスタッフたちは突然のアドリブに戸惑いはしたものの、琴音がその後、出たがらない凛子を応援する流れに舵を切ったことを明らかに楽しんでいる。悪ノリだ。


「黒須さん、マネージャー応援メールです」

「ちょっ……!」


 調整室の男性ADの声は、スタジオ内の琴音のヘッドフォンに届いたらしい。琴音はガラス越しに目配せで返事をして、手元のタブレットでメールを読み上げる。


『凛子さん応援メールが届いています。川崎市のサブエラナさん。「凛子さんがんばって! これからの琴音さん凛子さんカップルの活躍に期待してまーす! ことりん最高!」。カップルだって、照れちゃうねー?』


 ガラス越しに琴音が優しく微笑む。推し女優・黒須琴音の笑顔に心臓を射貫かれそうになるが、認知拒否だ。凛子はぶんぶんと頭を振って返答した。

 いったいどこの誰なんだ、応援にかこつけて意味深なカップルメールを公共の電波宛に送りつけてくる川崎市のサブエラナめ。特定して張り倒してやりたい。


『凛子さんはまだ恥ずかしがってるみたいだから、じゃあもう一通。世田谷区のシャンディ・ガフさん。……あは、なんだかこの人とは気が合いそう。ふふ』


 ――余計なことしないでよ、シャルロット!


『「初投稿です。凛子さんがんばってくださいな。恋人と一緒に仲良く応援しています」だって。最後の一文、要る? 自慢かな? お幸せに。どうかな? 凛子さんは出てくれる?』


 出るわけないでしょ、と全力の怒りを込めて琴音をにらみつける。ラジオというか番組のお約束としてはいい加減出て行って喋った方がいいのだろうが、そんなものを守る気は凛子には毛頭ない。いざとなったら「マネージャー初仕事だから業界のこと分かりません」で乗り切るつもりだった。

 だが、琴音は手を変え品を変えアドリブを放り込んでくる。


『わー、凛子さんににらまれちゃった。じゃあ今度は、わたしと凛子さんが仲直りする方法をメールで募集しますね。リスナーの皆さんのお便りで、凛子さんは天岩戸あまのいわとを開いてくれるかな? どうかな? ではここでお聴きください。犀川ひふみで《ストロボ・ストライド》――』


 アップテンポな打ち込みサウンドが鳴り、琴音が手元のレバー――カフを降ろした。これでマイクの音が放送に乗ることはない。現在、放送を聞いている全国の人々は、ひふみの楽曲を耳にしながら仕事に家事に休息に精を出している。

 放送を取り仕切っているディレクターの男性がにこやかに語り出した。


「黒須さん、今日はメールかなり多いですよ。マネージャーさんを縦軸に使ったのがいい感じです!」

『ありがとうございます。凛子さんのフリのおかげですね』


 スタジオ内の琴音の声が調整室に反響した。凛子は慌てて否定する。


「いや違います! 私はそんなつもりないです初仕事なので!」

「初仕事でラジオのノリ分かってるのは見事ですよ! リスナーの期待も相当上がってますので、頃合い見てスタジオ入りお願いしますね」

「いや無理無理、無理ですって! 私は出たくないです!」

『大丈夫ですよ、凛子さん。わたしに任せてもらえれば』


 反響する琴音の声。返事は、全部お前のせいだと恨みを込めた全力の睨みだ。

 ただ、敵意を剥き出しにしている相手は推しの琴音だ。憧れてずっと見ていたくなる、優しく清楚で物腰柔らかい深窓の令嬢のごとき佇まい。全国ネットで――おそらく美琴も聞いているのに――自分の声を世間に発信することにも緊張するし、そもそも琴音がいるだけで心臓は今にも破裂しそうだ。


「貴女ズルすぎ!」

『そんなにイヤ? 凛子さん』

「私は出たくないの! 琴音だってこのラジオだって大好きなの、推しなの! だから一緒に出るとか絶対無理!」


 凛子は全力で本音を吐露する。調整室とスタジオの空気は一瞬凍り付くも、直後に大爆笑した。男性D、ADも、女性の音効技士も、当然ながら琴音もゲラゲラ笑っている。


「はっはっは……! 黒須さん、新マネージャーさんも最高ですね!」

『でしょー? わたしの灯台みたいな存在ですから』

「マネージャーさんの件は番組ラストまで引っ張りましょう! これがウケたら来週もこの件やるのもアリですね」

「無理です出ません! 琴音……さんも拒否して!」

『さっきの番組愛を叫べば大丈夫だよ』

「無理無理無理無理無理!」

「黒須さんそろそろ曲終わります。5……4……」

『じゃよろしくね、凛子さん』

「ひえええええ……!?」


 アウトロに合わせ、琴音が再び曲紹介を済ませた。その後もラジオは滞りなく進行していく。

 ラジオDJとして見事に仕事をこなす琴音と、スタッフたちのアットホームな雰囲気に牙を抜かれて、凛子は調整室のソファに横たわることしかできなかったのだった。


 *


 一方、世田谷区・経堂。


「美琴! あたしのメールが読まれました! あたしラジオでメール読まれたの初めてです!」


 余程嬉しかったのか、シャンディはぴょんぴょん飛び跳ねていた。彼女のラジオネームは《シャンディ・ガフ》。これ以上ないほど伝わりやすいものだろう。

 美琴はただただ頭を抱えていた。シャンディが大喜びしていることではない。琴音の悪ノリが――女優の化けの皮を被っているにも関わらず――炸裂したからだ。もちろん世間の人々には女優とマネージャーのじゃれ合いにしか映らないが、実情は美琴が一番よく知っている。


 ――たぶん、好きっぽいな。恋愛感情として。


 琴音が凛子をマネージャーにした理由は、おそらくこの一点だ。凛子の気も知らないで滅茶苦茶をやっている。


「ねえねえ美琴! どうです? すごいですか!?」

「それは……よかったね……」

「ふふふっ! ノベルティの番組特製ステッカーっていつ届くのかしら! わくわく!」


 喜び過ぎて董子に電話をかけ始めたシャンディを横目に、美琴はカーペットに力なく寝転んで天井を仰いだ。隙あらばと身体に乗っかってきたミモザを撫でながら、美琴はつぶやく。


「あとで凛子さんに謝っとかなきゃ……妹が迷惑かけてますって……」

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