#39 : Earthquake / ep.3

 小一時間後。六本木はずれのアンティッカに琴音が現れた。さすがに三度も通うと勝手知ったるものなのだろう、特等席でグラスにちびちびと口をつける美琴の隣に滑り込み、ふうと息を吐く。


「実家のような安心感だね。姉ちゃんいるし、未来のお義姉ちゃんもいるし」

「ご両親に挨拶も済ませましたものね、美琴さん」

「まだ早いですから」


 琴音が現れると妙に調子が狂う。アンティッカで見せる姿と琴音の前で振る舞う素の姿はまるで違うのだ。おまけに気楽そうな琴音の態度が、却って癪に障るというもの。写真を撮られたのは身から出た錆と言え、誰のために赤澤来瞳に土下座をしたと思っているのだろう。

 琴音はシャンディと美琴の薬指を交互に眺めて、にんまりと目を細める。


「うらやましいな。私もいい感じの相手欲しいんだけど」

「事務所NGでしょ」

「それ。恋愛もまともにできないのにロマンスの芝居なんてできるかってハナシ」


 ケタケタと笑う琴音の表情を見て思い出す。以前、凛子は「最後にとった客が琴音だった」と告げた。人違いかもしれないが、琴音のファンである凛子が推しの顔や声を間違えるはずはない。

 ならば琴音が言うとは、どちらなのだろう。気になったところで尋ねることもできず押し黙っていると、琴音は切り出した。


「聞いたよ、同棲始めたんでしょ? もう秒読みみたいなもんじゃん。今日はおめでたい報告でもしてくれんのかなって思ったんだけど」

「そんな暢気な話じゃないの。琴音にも関係がある深刻な話」

「深刻?」


 尋ねるに尋ねられない疑問を意識の外に追いやって、美琴は写真の件について説明した。すべてを聞かれたくはなくて土下座などはばっさり省略して伝えると、琴音の表情は一転、感情のこもっていない無表情に変わる。

 素の琴音はいつもこうだ。魂が抜けたような顔をする。


「……なるほどね。私と姉ちゃんが似てるから、プロポーズのスッパ抜きが、私のスキャンダル写真になっちゃうと」

「いやプロポーズではないから」

「あら、そうなんですか? あれだけ愛を叫んでおいて、あたしを貰ってくれないだなんて」


 「よよよ」とばかりにシャンディはわざとらしく泣き崩れる。それに呼応するように、突如琴音に胸ぐらを掴まれた。ヤンキー漫画から盗ってきたような、左右非対称なにらみを利かせている。


「シャン姉泣かしてんじゃねえぞコラァ!」

「ヤンキーコントやってる場合じゃないの! どれだけ深刻なことか分かってんの!?」

「あーね。女抱いてたなんて知られたら大スキャンダルだよ、まったくさあ。黒須琴音の姉っていう自覚あんの?」

「アンタに自覚を問われる筋合いないから」


 陰で凛子を抱いてたくせに、とはさすがに言えなかった。気心知れた姉妹と言えど、踏み込みづらい話もある。


「とにかく。あのスキャンダル写真が世に出る前に対策を打たなきゃいけないの。今日呼んだのは、手伝ってもらいたいから」

「何させる気? 適当な俳優と熱愛中ですってマスコミ各社にFAX送ればいいワケ?」


 琴音が頬杖をついて操っているスマホを奪い取って、美琴はカメラアプリを起動した。そしてインカメラでよく似た姉妹ふたりをフレームに納める。

 が、アンティッカはあまりに薄暗い。ぼやけたセルフィの輪郭だけでは、誰が誰なのか分からなかった。


「シャンディさん、電気つけて貰えませんか?」

「営業中なんですけれどね。特別ですよ?」

「何してんの、姉ちゃん?」

「姉妹で自撮りして、アンタのインスタにアップするの。そうすればあの写真が世に出ても、『あれは姉の美琴です』って言い逃れできるでしょ」


 オレンジの照明が灯される。スマホのインカメラが黒く潰れていた美琴と琴音の顔をはっきりと捉えていた。この写真をSNSにアップすればいい。そう思ってシャッターを切ったところで、琴音はくつくつと笑っていた。


「何がおかしいのよ……!?」

「や、私のために必死だなあと思ってさ。それ思うとおかしくて」

「誰のためにやってると思ってんの……?」

「役者には人の心がないと言いますからね」

「ま、こういう仕事してるとどっかしら壊れるものだから」


 シャンディの発言に自慢げに乗っかったところで、琴音は撮影されたセルフィをまじまじと眺める。おそらく美琴のような一般人以上に、写真を吟味しなければならないのだろう。化粧や身だしなみ、居場所を特定するようなものが映り込んでいないか。

 しばらく眺めた後で、琴音はため息とともに吐き捨てた。


「インスタに載せるにはインパクト弱いなー」


 シャンディの――というよりミモザ写真集と化した猫アカウントをフォローするついでに、美琴は琴音の投稿をざっと眺めていた。飛行機雲や殺風景な荒野、あげく豚骨ラーメンなど、おおよそインフルエンサーとしての自覚がない写真ばかり並んでいる。公式認証マークを返上すべきだ。


「ラーメンの写真インスタに載せてるヤツの発言とは思えないんだけど?」

「スキャンダル写真が霞むレベルで、そっくりさんの姉がいるアピールしなきゃいけないんでしょ。この自撮りじゃ拡散力が弱いんだよ。もっと『マジで!?』って言っちゃうようなネタ仕込まなきゃダメ」

「自分が全然やってないくせによくそんなこと言えるわね?」

「あのクソみたいな投稿にはちゃんと意味があるから」

「どんな意味よ……」


 窮地に立っているはずなのにどこか他人事のような琴音に呆れてしまう。しばし考え込む美琴と琴音のテーブルに、聞きに回っていたシャンディがチェイサーを饗していた。


「シャンディさんからも何とか言ってやってください……」

「難しいですね。芸能関係の方が来店されることはありますが、SNSのアドバイスを求められたことはありませんから。第一、SNSでのアピール方法を指導する職業すら世の中にはあるくらいですし」

「そこを何とか……!」


 芸能人にとってSNSは営業だ。フォロワー数や閲覧数が人気に直結するとあっては、マーケティングの専門家を雇ってでもアピールしなければならないのだろう。琴音はまるで関心がなさそうだが。


「そうですねえ……。なら、琴音さん? お耳を貸していただけます?」

「ん?」


 シャンディは美琴に視線を向けたまま、琴音に耳打ちした。途端に琴音の表情が不気味な笑みに変わり、一方のシャンディも琥珀色の瞳をイタズラに輝かせている。

 猛烈にイヤな予感がする。四つの瞳が、獲物を見つけた肉食獣のようにらんらんと光り輝いていた。


「待って、私にナイショなのはおかしくない……?」

「おかしくありませんよ。ねえ、琴音さん?」

「だね。確かにシャン姉のアイディアはインパクト抜群だし、事務所にも怒られない。だって

「ん……?」


 美琴の意見などお構いなしとばかりに、シャンディはアンティッカの暗闇の中に消えた。クローゼットを漁るような衣擦れの音をさせた直後、ハンガーに掛けようにも掛からない衣装を携えて戻ってくる。

 競泳水着にも似たフォルム。ただし胸元を支える肩紐はなく、白い毛糸玉のような綿毛が代わりに縫いつけられている。そしてデニール数1桁の、ほとんど素肌が見える網タイツ。高すぎるピンヒールの他には、謎のカチューシャ。針金が入っているのだろう、まるで耳だ。それも――ウサギのような。

 美琴はのけぞった。


「お着替えのお時間ですよ、バニーちゃん?」

「な、なんで私? ていうかその衣装……」

「琴音さんのアメリカ土産なんです。以前ご来店いただいた時、コスプレデー用に戴きまして」

「そ。本場仕込みのバニーガール衣装。だけどシャン姉にはちょっと大きかったみたいでさ。胸とか」

「殺しますよ?」

「おお、怖い怖い」


 微笑んだまま威圧するシャンディを尻目に、琴音がバニー衣装を手に取る。光を反射して黒光りするエナメルの質感が艶めかしい。


「これ着てインスタにアップしたら大反響だと思わない?」

「そりゃ、琴音が着たらインパクトはあるだろうけど……」

「や。着るの姉ちゃんだから」

「はあ!?」


 腹の底から声が出た。琴音とシャンディが浮かべた意地の悪い笑みに、美琴の背筋は凍り付く。


「美琴さんのバニー姿を琴音さんのインスタにアップするんです。突如あげられたサービスショットにネットは騒然。ゴシップ好きなメディアはこぞって、美琴さんのバニー姿を琴音さんだと思って拡散します」

「拡散って、勘弁してよ……!」

「拡散されるくらいセンセーショナルだからいいんですよ。さらに美琴バニーを数枚アップしてから、先のお二人の自撮りをアップしてネタばらし」

「なんと、さっきのバニーは黒須琴音そっくりな美琴お姉ちゃんでした! ハッシュタグは仲良し姉妹、姉はセクシー担当」


 あまりに突飛過ぎて美琴には理解が追いつかなかった。スキャンダル写真を潰すための代償としてはあまりにむごすぎる。


「着ない! ていうか着れないわよ! いくつだと思ってんの!?」

「じゃあいくつだったら着ていただけるのかしら?」

「いくつだろうと私は着ません! インパクト出したいなら琴音が着たって一緒じゃない!?」

「それ事務所NG。ていうかこんな恥ずかしいモノ着るヤツいんの?」

「それが着せようとしてるヤツの発言!?」

「まーまー、妹を助けると思ってさ。ていうかシャン姉も、姉ちゃんのバニー姿見たいと思うけど?」

「ええ、恥ずかしがり屋の恋するウサギちゃんは大好物ですよ」


 笑顔で圧されても、さすがの美琴もそうそう折れることはできない。痴態がネット上に拡散するだけでなく、アンティッカ通いでお腹もちょっとポヨっている。最悪なのが強烈な露出度だ。網タイツのみならず、ハイレグカットのエナメル生地は見た目以上に薄かった。生半可な処理では土下座以上の醜態を晒してしまう。


「大丈夫ですよ。以前お話した通り、あたしはアンティッカに泊まることもあるんです。ボディケア用のアメニティの類は充実しておりますから」

「剃ってあげよっか? 脇とか足とか――」

「着ないって言ってんでしょ!? 私がどれだけアンタのために惨めな思いしたか分かってるわけ!?」

「じゃあいつもので決着つけてもらおっかな」

「いつもの、って……!?」


 言うなり琴音は離席して、美琴の視界に入らないようにひとつ隣のカウンターに腰を落ち着ける。琴音がひとつ離れて座る。それは遊戯を観戦することに他ならない。


「ではさっそく遊戯ゲームを始めましょうか、美琴さん?」

「いやちょっと待ってよ!? あんな恥ずかしい格好を賭けて遊戯なんてしないから!」

「ならこうしましょう。美琴さんが負ければ、美琴バニー。勝てば琴音バニー。これならフェアですね?」


 自分が供託に上げられるとは思っていなかったのだろう、琴音は呑んでいたチェイサーで噎せ返った。


「や、言ったよね事務所NGってさ」

「オトナの事情なんてアンティッカでは関係ありません。だいたいそっくりな姉妹なんですもの。どっちがバニーちゃんになったところでよほど熱狂的なファン以外気づきませんよ」

「ホント、嫌な女だな」

「そちらも」


 琴音は乾いた笑いを浮かべて、大げさに肩をすくめてみせた。まるでアメリカのホームドラマのような「やれやれ」と言った雰囲気を漂わせている。どこまでもアメリカかぶれだ。


「ま、いいよ。シャン姉がんばれー。クソザコ姉ちゃん倒しちゃってー」

「ということですので、始めましょうか。愉しい遊戯を」

「もう何のためにやるのか分からない……」


 こうあっては抵抗もできない。項垂れた美琴の前に、三枚のコースターが差し出された。そのうちのふたつに独特なタッチのウサギのイラストを描いて、シャンディはコースターを伏せる。


「美琴さん、モンティ・ホール問題はご存じですか?」

「知りませんよ。なんですかそれは……」

「ならちょうどよかった。ご説明しますね」


 シャンディは先の三枚のコースターをシャッフルして、裏向きにカウンターに置く。伏せられたコースターに書かれた二匹のウサギの在り方は美琴には分からない。


「モンティ・ホールは、アメリカのテレビ番組で行われていた遊戯。ルールは至って単純。バニーちゃんの書かれていないコースターを選べたら勝ち」

「3分の1ってことですか」

「いーえ。この遊戯は美琴さんに有利。勝率は3分の2です」

「うん……?」


 シャンディは意味深に笑う。三枚のコースターのうち、ウサギが書かれたコースターは二枚だ。正解の、何も書かれていないコースターを選ぶ確率はどう考えても3分の1にしかならないように美琴には思える


「心理戦に持ち込もうとしてますね? 私を疑心暗鬼にさせて負かせるつもりでしょう?」

「この遊戯には続きがあるんですよ」


 琥珀色の瞳を輝かせ、シャンディは美琴の手を引いた。そして三つ並んだコースターのうちの真ん中を選ばせる。


「いま美琴さんは真ん中のコースターを選びました。このコースターにバニーちゃんが書かれていない……つまり美琴さんが遊戯に勝つ確率は?」

「3分の1ですよね」

「ええ。次にあたしはこうするんです」


 告げると、シャンディは美琴が選んだものとは別のコースターを裏返した。コースターにはウサギのイラストが書かれている。


「二匹いるバニーちゃんのうち一匹は、あたしがオープンしました。この段階で伏せられたコースターは、美琴さんの選んだものと、選ばなかったものの二枚だけ」

「え、ええ……そうですけど……」


 三枚のコースターから、ウサギが書かれたハズレのうち一枚はなくなった。残る二枚のどちらかがアタリで、どちらかがハズレということになる。


「さて、ここで美琴さんに大チャンス。今からコースターを選び直していただいても構いません」

「選び直す、って……」

「考えてみてください。先ほどまで勝率は3分の1でした。ですが今、美琴さんの前にあるコースターは二枚だから、別のコースターを選べば勝率は3分の2になります。どちらの確率のほうが高いかは一目瞭然ですよね?」

「す、数学は弱いんですけど……」

「姉ちゃん文系だからね」


 美琴と違って琴音は理系学部卒だ。シャンディの仕掛けてきたモンティ・ホール問題のこともすでに知っているのだろう、確率論に音を上げる美琴の姿を鼻で笑っている。


「モンティ・ホール問題は確率論のトリックなんだよ。姉ちゃんは最初、勝率3分の1の時にコースター選んだでしょ」

「そう、だけど……」

「で、シャン姉が一枚裏返したから、三枚が二枚になった。確率は合計して1になるから、姉ちゃんが選んでない方のコースターがアタリの確率は、引き算して3分の2」

「いや、なんでよ。二枚の中から選ぶんだから2分の1じゃない?」

「完全に引っかかってんね、くくく……」

「んんん……!?」


 美琴にはまるで理解ができなかった。最初は三者択一だから3分の1だが、今は二者択一。アタリの何も書かれていないコースターを選ぶ確率は2分の1にしかならないはずだ。なぜ確率が偏るのだろう。


「ともかく、選び直せば2倍の確率でアタリだと思ってくださいな。さて、どうなさいます美琴さん。選び直すか、そのままか」


 美琴は唸った。確率論はよく分からないが、選び直すと勝率が2倍になるらしい。となると当然、美琴の指はもう一方のコースター――確率3分の2のコースターへ向かう。


「あら、選び直すことにしたのですか?」

「確率論は分かりませんけど、3分の2なんですよね? だったら確率が高い方を選びますよ」

「そうですか、残念です」


 シャンディは残念だとばかりに瞳を下弦にしてため息をついた。

 美琴バニーを見たがっていた彼女が残念がるということは、バニーを阻止できるということだ。美琴が選び直した方がアタリ――すなわち美琴の勝利なのだろう。


「なんだ、私の勝ちってことですね? はあ、よかった……」


 ふざけた衣装を着ずに済んだ。

 そう美琴が思ったつかの間、シャンディは告げる。


「ホントはあたし、美琴さんのバニー姿を独り占めしたかったんですよねぇ。インスタで拡散なんてしてほしくなかったんですけど、選び直しちゃったんだから仕方がないですね?」

「え……? じゃあこっちがハズレ……?」

「ふふ。どちらでしょう?」


 美琴は気づいた。この遊戯の司会者たるシャンディは、三枚の配置を理解している。つまりモンティ・ホール問題は単なる確率論のトリックではない。

 シャンディとの心理戦、駆け引きの遊戯だ。


「やっぱり心理戦じゃないですか!? 適当なウソをついて私にハズレを選ばせようとしているんですよね!?」

「言いましたよね。美琴バニーを独り占めしたい、って。あたしの言葉が信じられませんか?」

「どの口が言ってるの!?」


 シャンディの瞳が上弦に見開かれる。イタズラで人を食った、悪い女の顔だ。こうなってはもはや、シャンディの真意は読めない。アタリのコースターはおろか、シャンディが美琴にバニーを着せたいのかどうかすら分からなくなる。真相は琥珀色の瞳の中だ。


「正解を教えてあげますね。美琴さんが最初に選んだコースターがアタリです」

「それがホントかどうか分からないんだけど!?」

「だからあたしを信じてくださいと仰っているでしょう?」

「ついさっきまで私にバニーを着せたいって言ってたじゃない!」

「ええ、バニーは着ていただきたいですよ? ですが独り占めしたいじゃないですか」

「それが信じられないって言ってるの!」

「だったら普段のように駆け引きで聞き出してみてはいかがかしら?」


 くすくす笑うシャンディを相手に駆け引きをしかけるべく、美琴はせいいっぱい背筋を伸ばした。


「……い、愛しい私の恥ずかしい姿が流出すると、私を独り占めしたい貴女は悲しむのではないですか?」

「そうかしら? 世間の人々に、美しい恋人を見せびらかしたくなるかもしれませんよ?」

「さ、先ほどまでと仰っていることがまるで違いますね!? これはこれは、乙女心は変わりやすいということでしょうか?」

「変わりやすい乙女心を見抜いてくださるような方だから、あたしは美琴さんを選んだのですけれど。ふふ」

「ぐ……」


 バニーのこと、琴音にこんなやりとりを見られてしまっていること。ついでに、視界の外からケラケラと耳障りな笑い声が聞こえること。

 羞恥心が雪崩のように押し寄せて、美琴の言葉は瞬時に奪われる。


「では、そろそろ運命のお時間です。選んでくださいな」

「選ぶも何も、結局二者択一じゃない……!」


 コースターは二枚。

 美琴が最初に選んだ確率3分の1の方は、シャンディいわくアタリ。

 もう一方、選び直した方は確率3分の2だが、反応を伺うにハズレ。

 おまけに、シャンディが本当のことを言っている可能性は――五分五分。


「運命を信じるか、あたしの言葉を信じるか。さあ、どうぞ」

「う、ううううっ……!!!」


 美琴の指は二枚のコースターの上を右往左往した。さんざん悩んだ後、美琴は結局シャンディの言葉を信じる。選択は、最初に選んだコースターだ。


「……これにする! シャンディさんを信じる!」

「ふふ、あたしを信じてくださって嬉しいですよ」

「じゃあ!」


 美琴の選んだコースターを裏返すべく、シャンディの指先が伸びた。


「……ですが、まだまだ修業が足りませんね?」

「え……」


 アンティッカにふたり分の勝ち鬨と、ひとりの悲鳴が響き渡った。


 *


「あ、琴音のインスタ更新の時間だ」


 同時刻。ひとり暮らしの自宅で週末の夜を満喫していた白井凛子は、日課である推し――黒須琴音のインスタ投稿をチェックすべく、髪の毛を乾かしながらスマホを操作していた。タイムラインに流れる芸能人や友人の投稿をかきわけて、黒須琴音オフィシャルアカウントを探す。


「あった――」


 バニーガール姿の写真を見て、凛子の手からドライヤーが滑り落ちた。


「これ琴音じゃなくてみこっ……美琴さんだよね!?」


 凛子が驚くのは当然だ。

 インスタにアップされたバニーガールの女性は、琴音によく似ているが琴音ではない。その正体が分かるのは、黒須姉妹両方に会ったことがある上で、両者の違いをハッキリ認識できるくらい双方を観察していた者。

 世界でも数少ない該当者のうちのひとりが、凛子であった。


「えっていうかなんで琴音のインスタに美琴さん!? ちょっと待って何でバニーガールなのかわいい無理かわいすぎる美琴さん……! す、スクショ撮らなきゃ! いや画像保存!?」


 疑問を口にしつつも、凛子のスクショは止まらない。カメラロールには無数の、顔を真っ赤にしてバニーガールを着こなす琴音の姉、美琴の姿が保存されていくのであった。


 ――本日の恋愛遊戯、美琴の完敗。

 ただしスキャンダル写真を帳消しにしてしまうくらい、琴音の姉・美琴の顔は売れた。

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