分水嶺③

 この分水嶺は、義と不義の分かれ道。

 なんとわかりやすい人間であることか。僕は自分の単純さを誰かに言い当てられたような気がして、水流の上で一人苦笑いした。


 不義の道、もちろんそれが右側であるか左側であるかはどちらでも構わないが、ここでは便宜上、左側を不義としておこう。不義の道のほうが少し傾斜が強く、足を踏み外しやすい。僕の左足は必死に踏ん張っていた。逆に右足は右足で、流れる水に磨かれた岩が、反対側に足を滑らせろと言わんばかりにつるつるしている。右足を滑らせないために、普段使わない筋肉がぴくぴく動いていた。


 僕はこの比喩的水流に両足を浸し、水の進むどちらかの方向へ歩かねばならないようだった。一歩ずつ足を進めるたび、左右の水が流れを強くする。水流は目に見えない力で僕を左のほうへと引っ張ろうとしている。


 僕は自分の置かれている状況と、自分の精神が置かれている状況とをはっきりと認めた。認めるや否や、左の水流に逆らって左足を大きく浮かせ、右側に体を倒した。不義の水流に逆らうのは一度きり、それも一瞬でいい。ばしゃりと水音を立て、僕は右側の緩やかで穏やかな水流に流されていく。あとは義の流れが僕をあるべき方向へ導いてくれる。いつもこうして分水嶺から離れていく。


   👈


 風呂から上がった僕は、髪を乾かしながら友人に連絡した。「ごめん、迷惑をかけた。ありがとう、すぐに迎えに行くからサイゼにでも投げ出しておいてくれ」と、すぐに友人から返事がきた。


僕は湯を沸かして友人の彼女を起こした。二つのカップに即席の梅昆布茶を注ぎ、片方を彼女に渡す。彼女は痛む頭を押さえていた。少し酔いからさめたらしい。


「向かいのサイゼリヤまで彼氏を呼んでおいたから、早く帰るといいよ」と僕は言った。


「ごめんなさい、迷惑をかけたようね」彼女は梅昆布茶を少しすすると、苦い顔をして立ち上がった。すっかり忘れていたが、彼女は梅昆布茶が嫌いだった。


「水でも飲む?」


「ありがとう。でもサイゼで何か頼むから大丈夫よ」彼女はバッグの中身を確認して、玄関に向かって歩き出した。ふらつく足でサイゼリヤに向かう彼女後ろ姿を、僕は黙って見守っていた。

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