分水嶺②
その日僕が歩いていた分水嶺は、どうやら義と不義の分かれ道であるようだった。
僕は風呂の中でうとうとしていた。悩みを抱えながら風呂に入るとすぐ眠ってしまう。幼いころからちっとも直らない僕の悪癖の一つだ。
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午前十二時半。とっくに終電が過ぎたころ、友人の彼女が家に転がり込んできた。就職活動がうまくいっていないのか、リクルートスーツ姿のまま相当酒をあおったようだった。
彼氏はどこだ、今日は泊まるから悪いけど帰ってくれ、などぶつぶつ言いながら、そのまま充電が切れるように玄関で眠り込んでしまった。
酔った彼女は忘れているかもしれないが、このワンルームはつい先週からは僕の家だ。友人は就職し駅三つ向こうの町に引っ越している。
大学に通うという観点からこのアパートは理想だった。そのまま大学院に進学した僕は、この部屋を彼に譲ってもらった。彼女も十分知っているはずだった。
どれだけ揺すっても、彼女は寝息を立て続けるばかりだ。僕は仕方なく彼女を抱え、ソファの上に寝かせた。
泥酔したリクルートスーツの乙女は、それはもう無防備をかたちにしたようなものだった。彼女が友人と付き合う前、僕との間にあったことを思い出し、ついよこしまな気持が現れそうになる。
落ち着け。僕はまだ風呂に入っていなかったことに気づき、逃げるように洗面所に向かった。何も考えないように湯船に沈み、今に至る。
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夢の中で幾通りもの現実の続きを営んでいた僕は、夢の後に横たわる一瞬の幕間を挟んで、突如水流の上にいた。僕の五感が、これは夢とは全く密度の異なるものであると告げる。
足下を流れる水には境目がない。ただ右足には右斜め前に、左足には左斜め前に水が流れている。分水嶺――僕の頭の中にすっかり馴染んだ三文字が浮かんでいた。
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