公報と反発

 宇宙人でも見るような表情は、十中八九、この外見が原因であるにちがいなかった。

 唐突に恥を告白しておくが、吊り目と薄眉のせいで、よく子どもに泣かれる。生徒じゃなくて迷子のお子さんとかに。

 なので第一印象の挽回が難しいことは、身をもって知っている。就活の面接は、アイプチをして臨んだくらいだ(ドンキホーテにいくらでも売っている)。


 ましてや今の俺は、ゲロまみれの宇宙飛行士。

 こうなれば明るく丁寧な話し方、社会人として穏当おんとうなふるまいによって挽回するしかない。


「……はじめまして。宮廷教師の大春オーハルという者です。こちらには、偉大なる魔王陛下の外遊の同行者として参上した次第です。……このたびはお世話になります。よろしくお願いいたします」


 一語ずつ区切って、はきはきと喋り終えてから、頭を下げ、相手の反応を待つ。

 ヘルメット越しだが、ちゃんと聞き取れただろうか。そもそも言葉は通じているのか。〈自治区〉の人間たちが魔族語(?)を解するものかどうか、確認すべきだった。社会人としてはよろしくない不手際である。


 ふたりは俺をじっと見つめる。唾を呑みこんでいると、不意に細身の男が手を出した。

 握手、ということか。こちらの悪臭が届かない距離を勘案かんあんしつつ接近し、握りしめて笑顔をつくる。

 引きつっている自信があるし、笑顔が相手に見えているのかもわからないにせよ、努力はしているので許してください。


「ルナルカだ。このルペーニヤ〈自治区〉の総合監察官を務めている」


 一瞬遅れて、それが名前だと気づく。


「あ、えっと、ルナルカさんですか、ワタクシはオーハルという者です、よろしく……はははっ」


「それはもう聞いたよ」


 右の唇と頬を持ち上げ、ルナルカさんは笑う。


「で、こちらは弟君おとうとぎみであらせられる……」


「クーベルツェ」


 中年の男は、低く澄んだ声で言うと、空いている左手を握った。

 3人の腕で三角形をつくるような体勢。よくわからないフォーメーションだが、魔界的にはフォーマルな挨拶なのかもしれない。


「よろしくお願いします、クーベルツェ、さん」


 どういう敬称を使えばいいかわからず、さん付けに軟着陸。というか? どういうご身分?


「その、お兄様にもぜひお会いしたいのですが」


 手を離すついでにたずねると、兄は病でとこに臥せっている、と短くつぶやかれた。


「す、すみません、失礼しました……ではその、短いあいだですがお世話に」


「そうだな。あと3日でわれわれは魔族に滅ぼされるのだから」


「いやそうなんです、そうなんですよ、短いですよね、それはそうなんですがその件でみなさんに誤解が生じているのではないかとワタクシ考えておりまして今からそれについて釈明をさせていただけたらと考えておりまして」


 全力で釈明していると、後ろから鉄板を叩くような爪の足音が聞こえた。


「久しいな、ルナルカ。元気そうじゃないか」


「これはこれは陛下、お久しゅうございます。ますますのご壮健そうけん、噂に聞き及んでおりますぞ。〈学園〉のほうも無事、今年度でご卒業であらせられるとか」


「ああ、そうだな。ところでこちらの御仁ごじんは?」


 俺を無視して話は進んでいる。というかあんたら知り合いですか。

 いや待て。なんで魔族と人間が知り合い?


「偉大なる魔族の王よ、お初にお目にかかります。我が名はクーベルツェ、このルペーニヤにて畏れ多くも副総統を拝命いたしております」


 副総統さんは即座にひざまずいて、面を伏せる。対応が早い。


「うむ、苦しゅうない。顔を上げてくれ」


 殿様みたいな口調で魔王様がうなずき、クーベルツェさんはそのまま、ぐいと首を伸ばす。

 うっすらと張りついた垢が、薄紅色の首筋でひびわれている。整髪料でも塗っているのか、オールバックの長髪は固定されたまま、微動だにしない。


 ところで、こうした茶番を見物しているあいだにも、周囲からはこんなつぶやきが漏れ聞こえてくる――なんということだ、狂っているに違いない、魔族め、魔族め、魔族め。


「……あの、ですから、仕方ないんですよ!」


 俺のせいじゃねえという文句を呑み込み、公報マシーンになり下がる。なるべくデカい声で、みんなに聞こえるようにハキハキと宣言してやる。

 理屈に納得しているからではなくて、いかにイカレた理屈かを、堂々と喧伝けんでんしてやるために。


「つまり、ですから、魔界の人間は、悲惨な生活を、……送っている、じゃ、ないですか?」


 誰もしゃべらない。こちらも、誰の目を見ればいいのかわからない。酸っぱい臭気を嗅ぎながら、胸をふくらませて、言葉を吐いてゆく。


「なので、その、人間を悲惨な生活から解放するために、魔族は」


 そこまで吐き終えて、肩に硬いものがあたる。気づくと足下に小石が転がっていた。

 小石?

 ではない。よく見ると、建材けんざいの破片だ。


「あの者を殺せっ!」


 顔を上げると、さきほどのおじいちゃんが叫んでいて、手に持った煉瓦を、俺の顔面にふりかぶるところだ。すばらしい健脚。

 避けたいが、避けたら後ろにいる誰かに直撃する。


 反射的に上腕で防御すると、想像より軽い衝撃がつたわった。材質そのものが軽石だったらしい。

 その軽い重さに引きずられるようにして、腰をひねりながらおじいちゃんはその場に横転した。

 駆け寄ろうとして、立ち止まる。今度こそ首を絞められかねない。


「やれやれ、余計なことを」


 むしろ愉しげに含み笑いをしたのは、ルナルカさんだ。

 いっぽうで他のひとびとも、釘やらポケットから取り出した果物やら、思い思いに好きなものを、俺だけに投擲とうてきしてくる。


 ふりかえり、余裕な表情の優男やさおとこを睨んでみた。

 小学生ならギャン泣き確定だが、成人男性には効果はいまひとつ。おお怖い、と舌を出しながら、自分の薄い肩を細い両腕で抱きしめる。それからふと、鼻を鳴らして隣の中年男を一瞥する。


「で、どうする。話を続けるか?」


「無理に決まっているだろうが。私の部屋に行くぞ。……君は、身体を洗え」


 言い放ったクーベルツェさんが先導するのに合わせて、俺たちは小走りで第一会議室を退出する。

 そのうち誰か飛びかかってくるのではと、気が気でなかったがそんなことはない。例のおじいちゃんも他のひとびとに取り押さえられ、肩で息をしてこちらを見つめているだけだ。

 去りゆく間際、魔王様は彼らを横目に留め、かすかな声で、


「なぜ、これほど反発されているのだろう?」


 とつぶやいた。

 嫌な気分だが、〈自治区〉における魔族と人間の関係は、理解できた。

 どんなにえらい人間でも、どんなに支離滅裂な要求を押しつけられても、魔族の子どもひとりを相手に何もできない程度には、無力である。

 嫌な気分だった。

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