宇宙服とタキシード

 さて、不愉快な回想の途中だがここで復習。

 魔界における人間の居住区域は、行政法上、〈保護区〉と〈自治区〉に分けられる。前者は人間の保護を目的とした、まあ自然公園のようなもの。後者は魔族の領土内に設けられた、人間自身が統治を行う区域。ルペーニヤはこちらに属する。


 ところで居住区域は、半端な地形につくるか土地ごと空に飛ばすか地下に隔離するか、どこもそんな感じとのこと。

 このたびの目的地は、空を飛んでいるパターンだった。具体的には某天空の城のように、大地から削り取られた巨大な街が、そのまま浮遊していたのである。

 ドラゴンから降り立つ際、この眼で確かに見たから間違いない。



 雇い主の子飼いドラゴンは(例の赤いやつ)、初速はジェット機並み、最高速度はコンコルドをも上回る。そしてジェット機やコンコルドと異なり、空中での静止も滞空も自由自在。


「すごいですね」


 胸があたたかい。

 ホッとしているわけでも、しょうが湯やココアを飲んだわけでもない。今しがた、よくわからない魔法だか魔術だかで大量破壊兵器に改造されたにすぎない。


「そうかな? そう言ってくれるとうれしい」


 魔王様は小さな鼻を鋭利な爪でこすり、ふくふくと笑った。

 それはともかく、本当に俺は爆発するのだろうか? ハッタリという可能性も否定しきれないのでは? お前はそういう身分なんだから大人しくしていろという趣旨の、単なる脅しということも、ありえるのでは?

 そうだ、きっとそうに違いない。胸がぽかぽかしているだけで信じるなんて、どうかしている。


「……うん、うれしいのだが、そのまま乗ったらセンセイは確実に死ぬ」


「なぜでしょう?」


「想像してほしいのだが、音速を超越する生き物の首に、生身のニンゲンが乗っていたら、どうなると思う?」


「エクストリームやばいですね」


 振り落とされての墜落、衝撃による内臓破裂、高度の上昇に伴う気温低下による凍死。死因としてはそんなところか。


「なのでまずは、防護服に着替える。飛行場に着いたら用意させよう」


「もう行くんですか? そして今思ったのですが、魔方陣で向かえばいいのでは?」


「〈自治区〉ではその魔術は使えない。ニンゲンが単独で通り抜けてしまう可能性がある」


「どうしても行かないとだめですか? どうしても」


「飛行時はさほど揺れないから、少しは眠れるかと思う」


「そうですかわかりました」


 本当に俺は爆発するのだろうか? でもそのときは、人気ひとけのないところでこっそりドカンすればいいわけだし。言うて、なんとかなるやろ。だいじょぶだいじょぶ。

 誰か助けて。


「あっ、言い忘れたが起爆条件は心停止だ。死なないように、くれぐれも気をつけて」


 だれかたすけて。



 ルペーニヤという街は元々、魔鉱石(魔術の術式開発に用いる石)を大量に産出する鉱山都市だった。

 ところが300年ぐらい前から、他の場所から安価な鉱石が出回るようになり、不採算が生じた結果、採掘をやめてしまう。観光開発の話もあったものの、〈世界内戦〉の影響でうやむやに。

 そして内戦終結後は元魔王陛下(現魔王佐殿下)の指導の下、ニンゲンが独自に自治を執り行う場所、つまり〈自治区〉のモデルケースとして活用されることとなる。


「自治というのは、名ばかりではない。司法、行政、立法の運用についてはいずれも彼らに一任している。もちろんこちらから観察をかねて外交官を派遣し、随時指導にあたっているが」


「でも、土地ごと上空に隔離する必要あります?」


 当然の疑問をぶつければ、現魔王陛下は瞠目どうもくし、もちろんだ、と叫んでみせる。


「彼らの生存権を保障するためには、是が非でも必要な、また合理的な判断だとわたしは思う」


「わかりますけど、柵とかじゃだめだったんですかね」


「……実を言うと、ニンゲンの行政区域ができることに難色を示す者も大勢いたのだ。結果論としては、〈浮遊術〉を用いて正解だったのではないだろうか」


 そうですか。了解です。


「で、滅ぼんぶぉほっ」


 ところで今さらながら、まだ俺は防護服を脱いでいない。デザインは宇宙服に似ていて、ガラス製(?)のヘルメットから厚底のブーツまでが、全身をぴっちりと包んでいる。

 どういう理屈かよくわからないが、おかげでジェット機並みの速度でも、ヘルメットの中でゲロを吐くだけで済んだ。顔のまわりの吐物が気管に入ってしまったけれど。

 眠れなかったし眠りたいが、その前にうがいをしたい。


「ぷ、ぐっ」


「わあっ、しっかりしてくれ!」


 駆け寄ろうとするのを、手で押しとどめる。


「……で、滅ぼすんですよね」


「そうだが……?」


「そうだがじゃねえだろ、ないでしょ、あの、滅ぼすんですよね? か弱い生き物の生活を根こそぎ破壊するんですよねこれから?」


「そんなことはない! 肉体が灰塵かいじんにおとしめられようと、霊体は永久に不滅だ。おそらく」


「今おそらくって言った?」


「希望があれば、奴隷として生き返ることさえできる。実にこれからその説明をしなくてはならん……諸君、落ち着いて」


 まあ落ち着けるはずもなく、円卓の周囲は先ほどから、怒号と悲鳴に支配されていた。

 魔族の大将のくせに、物事の説明が下手すぎる。うまく述べたところでまごうことなき大量虐殺だが、それにしてもごまかし方ってもんがあるだろ。


「うう、どうしよう」


 怖気づいたライオン耳の女の子は、俺の賢察を仰ぐように、ぼんやりとした不安を乗せた瞳でこちらを見る。

 こんな状況とはいえ、生徒に頼られて無碍むげにするわけにもいかない。煉瓦づくりの手狭な部屋で、生ぬるい空気をかきわけながら、会話ができそうな人間を探す。


 そんなのいるのかというのは当然の疑問だが、いた。

 がっしりとした体格で、顔中に髭を生やし、長髪を後ろへ撫でつけた、中年の男。となりでぼそぼそと、耳元で囁くようにして密談を交わす、釣り目の、よくわからないがたぶん20代後半ぐらいの、細身の男。

 ふたりとも、タキシードを彷彿とさせる、黒っぽい礼服を着ている。他の連中は僧衣のような布きれに扁平な帽子という恰好なので、すこぶる目立っていた(だから見つけられた)。


「あの!」


 なんと声をかければよいのやら、道をたずねるような口ぶりになる。それでも周囲の狂騒ゆえに、自然と大声を出していた。

 ふたりが顔を上げる。宇宙人でも見つけたような表情で。

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