工夫と威力

 何がどうしてこうなった。そんなこと俺にわかるわけない。気づいたら胸に手をあてられて、ぽわぽわした光が出て、今からあなたは原爆です。

 結論から言うと、すべてが裏目に出た。


 経緯なんて思い出したくもないのだが、早いとこ思い出したうえで、現状の打開策を考えないと、みんな死ぬ。

 俺は、俺が死ぬのはギリ受け入れるけど、俺のせいで誰かが死ぬのは、無理。

 いや自分が死ぬのだって死ぬほど嫌だけどガマンしねえとこの異世界じゃやっていけねえんだからしょうがねえだろしょうがねぇんだよ! 死ねっ!



 さて、さかのぼること体感にして、およそ8時間前。真夜中の特別授業は、果たして粛々しゅくしゅくと実施されつつあった。


 ちなみに、映画のあらすじはこんな感じ。

 冷戦下のアメリカ。ひとりの軍人が精神的なトラブルを抱えている。彼は誇大妄想によってソ連への核爆撃を命令し、自分は基地に閉じこもってしまう。

 困ったのは政府だ。爆撃が現実のものとなれば、人類滅亡は確実である。


 爆撃機の航行を止めるには、基地と通信し、中止の命令を出すしかないが、暗号を発信しなければその回路が開けない。そして暗号の内容は、爆撃を命令した軍人しか知らない。

 合衆国の指揮者たちは知恵を絞り、最悪の状況を回避するために奮闘するのであった。



「こ、腰が痛い……」


 エンディングが終わった途端、無言でご鑑賞あそばれていた雇用主こようぬしは、涙目でをした。


「信じられん、この部屋は椅子もないのか!?」


「申し訳ありません」


 俺だって死ぬほど眠いが、ここは素直に謝罪。ご機嫌を取らないと話が進まない。


「まったくもう……それで、彼らはあの後、どうなるのだ?」


「放射線障害で悲惨な最期を遂げます」


。痛みや苦しみは?」


「あります。大いにあります。悲惨な最期って言いましたよね? 聞いてました?」


「怒っているのか?」


「とにかく痛いことや苦しいことに間違いはありません。僕がいた世界では国際問題に発展するほどですからね」


「たとえば?」


「僕の生まれた国では……」


 ちょっとためらわれるが、ええいままよ。言ってしまえ。


「およそ75年前、類似した形式の爆弾が、ふたつの都市に投下されました。いずれの爆心地にも、過去の災禍さいかを伝えるための施設が建っています。僕はふたつとも行ったことがありますが」


「なるほど。続けてくれ」


「施設というのは、爆撃で焼け残った当時の建物です。補強を施されて、そこに現存しているわけです。近くにある資料館では、実際の爆弾で焼けた物体や、爆風で吹き飛んだ家屋の材木が展示されています。爆撃を受けた人間の体験記、爆撃直後に撮られた写真もあります。どの程度の衝撃、熱線、放射線が観測されたのかというデータも、わかりやすい図で解説されています。死亡をふくめた健康被害についても」


。たしかに、滅ぼすのと引き換えに痛みや苦しみを押しつけるのは……」


 懊悩おうのうする小娘を横目に、俺はディスクをケースにしまう。

 映画を観てどう思ったのか。感想文を書かせればすぐにわかるが、それは不可能だ。この場で意見を引き出し、質問をぶつけ、軌道修正を試みよう。

 生徒の自主性ガン無視なのは百も承知だが、今だけは不良教師になり下がりたい。


「だとしても、工夫の余地が……」


 んなもんねえよ。


「ほ、他にどう思いました? 映画を観て」


「うーん、色がついてないので、誰が誰だかわからなかった」


「そう、なんですね~?」


「さすがに下半身の不具ふぐな者は区別がついたが、他は全員、同じに見えてしまって。あと、彼らはずいぶん原始的な生活を営んでいるように見えたが、異界のニンゲンの文明もあの程度なのか? でも食事はおいしそうだったなあ」


「そうですね、おいしい食事も……彼らはもう……二度と……! ううっ、すみません、……涙が、っ」


「目にゴミでも?」


 ぶっとばすぞと言いかけた自分の口を、自分の手のひらでふさぐ。下手なことを言って、馘首かくしゅセンサーに引っかかりたくない。


「本来なら、苦痛が最小限になるような改造でも行うべきなのだろうが……」


「いっそ使わないほうがいいですね」


「わたしも調べて知ったのだが、ゲンシバクダンというのは魔界こちらでは、ずいぶん古典的な兵器らしくてな。実用性のある資料に乏しくて……」


「へえ、そうですか。……待って原爆?」


「ああ」


 とくに動揺していない少女の瞳に見つめられたまま、放射線障害、という単語が脳裏をよぎる。気を失いかけながらも、しゃべらなくてはいけなかった。


「……いや、あっ、でもあれですよね、古代の兵器ですよね。それに資料が見つからなかったのに使うのは、あぶないし危険ですよね。そう思いません?」


「見つからなかったとは言っていない」


「しかも痛みや苦しみも、放射線障害も、あるし……ああ、かわいそうですね。そうですね?」


「うーむ」


「そうですよね?」


「ううむ、それは……」


 お。おっおっ? きたか? ついに偉大なる魔王陛下が、慈愛の心に目覚めてしまわれるのか?

 いいぞ、やればできるじゃないか。さすが俺の教え子。


「それは、一理あるな」


 よし。

 もう少しだ。もう一回うなずくんだ、そしてこう言うんだ――人間どもを滅ぼすのは中止だ。ルペーニヤにも行かない。

 さあ言って。言っちゃえ。言え早く! たのむから早くしてぇっ! ほらっボソボソつぶやいてないでもっと大きな声で!

 せーのっ!


「蛍光烏でも使うつもりだったが、威力が足りないかな」


 ? 

 今、威力って単語が聞こえたね。いやそこはいい。だめだけどだめじゃない。

 問題はその後ろの、述語。


「足りない、とは?」


「痛みや苦しみが生じるのは、破壊が不徹底だからではないか? 兵器の規模を大きくすれば、事態は解決するだろう。


 やばい。


「現地に棲息せいそくしている魔鳥を使うつもりだったが、予定変更だ。より大型の生物がふさわしい」


 やばい。

 と焦る教師を尻目に、生徒は自分の手をグーにしてパーにしてグーにしてパー。得体の知れない物体の大きさを、頭の中で想像しているような、そんな仕草だ。

 こいつの、握りこぶしほどの大きさの物体。

 ひとつだけ心当たりがあった。人間が必ず1個は持っている臓器だ。全身に血液を送るための、ポンプの役割を果たす。


、これくらいの大きさだったな?」


 手のぬくもりが、みぞおちにあてられる。

 まさに教育の敗北。俺は俺に黙祷。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る