四者面談と拳銃
とにかく、このようにして会食は開始されたわけであるが、ここで残念なお知らせ。
実のところ面談には合計、4名の参加者がいたのだ。俺、魔王陛下、魔王佐殿下、そして俺の監視役。
*
「そうか、視界がきかないか。では今から状況を説明する」
俺はうなずく。
「センセイの前には、夕餉のための
俺はうなずく。
「正面、すなわちもう一方の短辺には母上がいる」
俺はうなずく。
「左隣、すなわちもう一方の長辺にはクロフュスがいる」
俺は首をかしげる。
「もう一度、おっしゃっていただいてもよろしいでしょうか」
「クロフュスがいる。ニンゲンの
お気づかい痛み
あいつがなんでここに。待っていたのか? こんな暗い場所で? いつから?
「燭台を動かしてもいいですか」
「もちろん。灯りを持ち込むのは
はははと笑う魔王様、および無言の魔王佐殿下はひとまず差し置いて、俺はテーブルに鎮座する青白い
褐色の角が、
でもそれよりも俺の注意力は、テーブルに置かれた
「あれは?」
「あれは拳銃だ。見るのは初めてか? 魔物を仕留めるのに使う」
「今は、お前を仕留めるのに使う」
口をはさんだのは拳銃の持ち主だ。
かすれた母音の引きずり方と唸るような低音で、見た目はシカでも中身は壮年の男なのだとわかる。
「センセイが
「すみません、どういうことですか?」
「だから、センセイが粗相をしてしまったとして。自害するのは手間だろう? 痛いし、あっさり死ねるかもわからない。そこで彼の出番だ。暗殺の心得もある熟練者が手を下せば、すぐに安らかになれる」
うーん。そっかあ。
「では
「黙祷?」
と言ったのは俺だけだ。
黙祷。
の、ときに声を出すのは、粗相だ。俺は沈黙し
まるで耳たぶの裏で鳴るみたいに、リボルバーの回転音がなめらかに鼓膜をゆらす。
殺さんといて。
「センセイ、もういいぞ。終わった」
「アッはい」
「ニンゲンはそうやって黙祷するのだな。参考になる」
「……はい」
*
ニンゲンと魔族の視力の差異をめぐる話によって、会食は幕を開ける。
魔王様いわく、
「ニンゲンは夜目がきかないのだな」
たしかにそうだが、それにしてもこんな暗くせんでも。
「そうもいかない。
「いや、はあ、そうなんですね?」
燭台に目をやっていると、
「……今回は例外と申し上げたはずですが」
真正面から声がした。栗色と紫の中間の眼光が、こちらを見据えている。
「そうでしたね。思い出しました。殺さないでください」
「センセイ、落ち着け」
ところで目の前の平皿で、スープはかすかな湯気を立てている。その隣に杯があって、血のような色合いの飲み物が注がれていた。
怖いので手をつけないでおこう。
中央のパン籠には緑っぽいフォカッチャのような物体がいくつか。
それ以外の大皿の上には、たぶんサラダのような葉物、オムレツとホールケーキを足して二で割ったような惣菜、台形っぽい形状の肉っぽい何か、鳥の丸焼きっぽい何か、などなどが乗せられている。
「あなたを食事に招待したのは、愚娘です。私ではなく。夜目がきく保障のないあなたのために、灯りを用意するよう取り計らったのも、私ではなく彼女です」
食べ物に注目していると(率直に言って腹が減っている)、感情の見えない平板な声で魔王佐殿下が語りかけてきた。
「ありがたき幸せっ!」
元気に叫ぶと眼光が強くなる。まだ粗相は勃発していないはずだが。
「……どうぞ、召し上がってください」
言いたいことを呑みこむ音が聞こえたけど、幻聴だろう。ポジティブにならないとやっていられない。まっ、幻聴が聞こえたらもっとまずいけどね。八方ふさがり。みんな死んでくれないかしら?
よく見えないが、目の前にいっぱい並んでいるらしい左側のスプーン類をつかみ、スープをすくって口をつける。
唇や食道が溶ける感覚はない。セーフだ。
味は、……味は、嘘みたいにうまい。ええ、うま……え、えぁ、なんっ……
死にすぎて味覚が壊れたのだろうか?
二口目をすするが、いきなり舌がただれることもなく、乳の香気をたくわえた液体がなだれ込む。どことなく青っぽい、カシューナッツを噛んだような風味が鼻を抜けた。
え、めっちゃうま。なんなんこれ。
「どうだろう、口に合うといいのだが」
「あ、うま……美味しいです」
「そうか! それはよかった」
とてもうれしそうな声が闇の奥から聞こえ、少し遅れて、食器を動かす音が響く。
「異界にも
「ありますね、えー、味噌汁とか……味噌って調味料を、お湯に溶くんですけど」
いやはや、おいしいなあこれ。西洋っぽい味つけを想像していたが、むしろタイ料理とかに近い。ガパオとかグリーンカレーみたいな、鼻に抜けるタイプの香草の味。
ひとを選ぶかもしれんけど拙者は好きよ。うまうま。
「なるほど。原始的で低劣な調理方法だが、
「溶くだけじゃないですからね。具とか入れますからね」
「詳しいな。調理の現場を見たことが?」
「あんなもんいくらでも自分でつくりますし、みんな」
じゃなきゃ誰がつくってくれんだよ。
「ふむ、そうか」
魔王様は黙り込み、何やらナイフらしきものを動かす音が聞こえる。
そんなことよりこの会話。異世界っぽい。よくあるじゃん、誇り高き日本のおもてなし文化を紹介して、スゴイって言わせる流れ。
で、平穏な世界ならここで味噌に似た調味料とか都合よく発見してさ、目の前で味噌汁もどきテキトーにこしらえて飲ませてさ、
「お、おいしい……っ」
とかさ、胸が大きい奴隷の女の子に言わせてさ、一目ぼれさせてハーレム構成員ゲットだぜみたいな?
でもね、甘くない、現実は。あー妄想してると死にたくなるなー。
「お、おいしい……っ」
自分で言ってみるが、誰も何も言わない。恥ずかしい。死にたい。
「……これはどなたが作られたんですか?」
「給仕だ」
左辺から野太い声が俺の疑問に簡潔な答えを打ち返し、会話は終了。
「で、ですよねっ」
「そうだ」
食器を動かす音がなければ、葬式と勘違いしかねない陰鬱さだ。誰か言葉を発してくれ。
だいたい野郎ふたりはともかく、おふたかたは親子でありましょうが。気兼ねないコミュニケーションをぜひお取りになって?
「お、お母様はお料理は、ど、どうですか? されます?」
「それを知ってどうするつもりですか」
「へ、へーっ! そうなんですねえ! えっと……ヘイカは?」
「いや、わたしは、とくに」
どういうわけか料理の話を振ってしまっている。
魔王とそのお母様に料理の話を振るのは粗相だろうか? わからない。俺には何もわからない。
「というか、わざわざそんなことをしたがる者はいないと思う」
魔王様はどうやら繊維質の生野菜を噛んでいる。しゃくしゃくという、水菜をすり潰すような音が聞こえてきた。
牙を生やしているのに野菜を食べるのか。魔族の食習慣はよくわからない。
「は、はあ。どうしてそう思われるんですか?」
会話がつながったことに安堵し、さりげなく水を向ける。少女は咀嚼を続けながら、こう言った。
「第一に、手間がかかる。第二に、自分で食べるものだけを自分で作るのは効率が悪い。大量生産は経済の基本だ」
「う、うーん……」
それは、一理ある。カレーだってシチューだって寸銅鍋で大量生産したほうが効率的だ。
「それに、料理など覚えても役に立たない」
それも一理……
「……えっ、それは違うんじゃないですか?」
疑問形を駆使すると、闇が近づいた気がした。
向こうの返答が途絶えたからだ。
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