三者面談
ウミネコとマッサージ
こっそりあくびをしてみると、弛緩した顎がチューインガムのようにやわらかく伸びる。
頭の中がどことも言えず重たい。横になって意識の途切れる瞬間が想像できる。つまり、身体がその体験を欲しているということだ。
おあつらえ向きなことに、部屋にはシーツのないベッドが、寝やがれとばかりに安置されている。
背中を投げ出して眼を閉じた。
俺が選ばれたのは、戸籍とか血縁関係がめんどくさくないからかなと考えてみる。だとすれば、個人的な事情につけこまれたことになる。
あいつだから、あれだけど。これが赤の他人だったら、なあ。
ぼんやりとした
*
短い眠りの中で、夢を見ていた。あるいは短い眠りだからこそ、夢を見たのかもしれない。
夜の街にいた。星はなく、街灯はなく、それでもあたりはにわかに明るい。夜明けに向かう夜の
人影のない街は、小さかった。狭いのではなく、全体が縮小されたように小さい。どの建物の屋根も俺の肩より低く、どの窓も俺の頭より小さい。玄関は、ついていない。
沈黙する連なりは、つくりたての廃墟のようだ。
煉瓦の敷かれた、誰もいない清潔な街路をゆく。行く手の先、薄闇の向こうからは潮の匂いが緩慢に吹きつけていた。
波音が聞こえるのと、
そのうちのひとつを、白と黒の融解した指がすくい上げた。
色あせたハンチング帽、ギンナムチェックのシャツ、黒いサスペンダーとハーフパンツ。灰色のオオカミが波打ち
「遅かったね」
「はあ。どうも遅れまして――」
大声を張る自分が
訝りながらも歩調はゆるめず、断崖をつたう、岸壁を削り出した階段を降りる。降りるとき、足元に見たこともないサンダルを履いていることに気づく。
海鳴りは湿った空気の中で、近くに響いた。波が立ち上がる低い音と、押し寄せる高い音が区別できるほどに。
ハーフパンツの裾をまくり、やはり灰をかぶったような腿をあらわにしたオオカミは、骨ばった脛で波をかきわけて、腰に吊り下げた
「集まってきた」
そのひとりごとが、俺に向けられていることはわかっている。
そうだ。オオカミが集めたものを使って、俺は、やらなくちゃいけないことがある。とても大事なことだ。
でもそれが何かを、思い出せない。
「声を聴け。すべてはそこから始まる」
その言葉を聞いて、合点がいくとともに、
「ちょっと
「かもしれない」
肩をすくめてこちらの台詞にうなずくと、足元の波を掻き分けて歩み寄り、骨のような白亜をひとつ、俺に手渡す。
星に似ているが、輪郭が歪んでいた。施設のクリスマス会で作ったオーナメントや、あるいは生徒が図工の授業でこしらえた、紙粘土製のツリーの飾りを思い出す。
「誰が、理解してくれなんて頼んだ?」
強い言葉を吐いた自分を、一瞬、認識できなかった。
「俺たちのことを、俺たちのいないところで決めるな」
俺は泣いていた。
生ぬるい雫が頬をすべり、ぱたぱたと海面に落ちる。
「君は正しい」
オオカミは牙を見せずに微笑む。中性的な、線の細い笑み。細すぎる。胸がざわついた。彼は何か、重い病気なのではないか?
突拍子もない考えが浮かび、こわばりのような感情が頭に浸みて、涙は止まる。自分の悲しみが消えたからではなく、自分の目の前にいる生き物の悲しみに、気づいたから。
体温を持たない星の骨に、耳を押し当てる。
遠くでウミネコが鳴いた。
*
ぼんやりと眼が醒める。手でさわってみると、枕は乾いていた。眠ったまま泣いていたわけではなさそうだ。もういちど寝るかを決めあぐねたまま、ふたたび目を閉じる。
妙な夢だったけれど、そもそも夢ってのがすべからく妙であるからして……
とまあそんな具合にまどろみかけた、ちょうどそのときに足音が聞こえた。すちゃすちゃという、茶碗を箸でひっかくような音だ。
そのまま通り過ぎるかと思ったら、扉が開いた。見たわけじゃないが風が入り込んだので、開いたとわかった。
音は限りなく接近する。
「……センセイ、死んでいるのか!?」
声がでかい。寝ているやつの神経を高ぶらせないでほしい。
てか死んでねえし寝てるし。見りゃわかんだろ? 休ませろクソガキ。
「どうしよう、ヤブチカを……いや、これくらいわたし自身でどうにかしなければ。まだ逝ったとは限らない。落ち着こう」
ノックぐらいしろ、ひとりごとがうるさい、ヤブチカって誰――いくつか注目すべき点はあるが、指摘さえ
あわてる様子を観察したい下心もあった。
「落ち着け。えーとニンゲンの死の3兆候は、
おお、合ってんじゃん(なんで知っているのかというと、学生の頃に小児科病棟で看護助手のバイトをしていたとき、看護師さんに教えてもらったのだ)。
小学生のくせにやるじゃないか。さすが偉大なる魔王陛下。
まずはどれから確認する?
「まずは瞳孔だ。眼球を
ええ?
「ん? ちょっと待った。視神経が切断されれば瞳孔の反射が途絶えるから、確認そのものができなくなるな? であれば呼吸か?
落胆まじりのぬるい吐息が、湿り気となって
予想より近い位置にいる。冷や汗が出たり引っ込んだりして、身体が冷たくなり熱くなる。
「弱ったな、心音とて聴取できる自信は……」
耐えきれず薄目を開けた直後、ひとりごとが響きわたった。
「そうだ、いいことを思いついた! 心の臓が止まっていたとしても、
煉瓦の放つ、暮れ残りのような藍色に染まるあどけない
その表情には見覚えがあった。大量破壊兵器の使用を提案してきたときの、あれだ。
上体を起こそうとするがびくともしない。胸の上の重みに、意識が向かう。
骨と筋肉と爪の質量が、少しだけ高い体熱を伝えてくる。体熱の持ち主は俺の胸部、正確には乳首と乳首を結んだ線の中点に手のひらを当てている。
手の上に手を重ね、肘を伸ばし、
「おお、眼が醒めたか」
「あの、何を」
「センセイ、どうかそのまま」
慈愛をたたえた、
止まってねえしという抗議が声になるより早く、胸をスコップでえぐり取られたような、痛みを通り越して虚無の感覚が暴発した。
こみ上げる熱い体液が、唇の堤防を割って噴射される。
魔王様の
わあっ、という子どもじみた
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