つぶやきとあくび
「卒業研究で滅ぼすらしくて。どの方法がいいかとか、そういうことを聞かれましたね昨晩は。他にも、化学兵器を使われたいとのことで、それについてお話をさせていただいて。そしたら今朝、お借りしている部屋に、それを
「どういたしまして」
お姉さんがやさしく微笑むので、つられてこちらも微笑する。
うららかな春の
「たいへんですね、弟の出世欲につきあわされたばかりに」
「いえいえ、大椴くんには学生時代、お世話になりましたから。な?」
弟が眼をそらす。
余談だが大椴くんと俺は学生時代、ひとつ屋根の下で暮らしていた。ホルモン焼き専門店の、隣のアパートだ。であるからしてこいつの自活スキルが、生米を洗剤で洗うレベルだったことは知っている。
何が言いたいのかというと、どちらかといえば俺はお世話をするほうだったという、それだけの話。
「き、君は正気かね!?」
ブルカニア博士はポッポゥとくちばしを鳴らして、テーブルから身を乗り出す。
正気か、というのはこちらの台詞だ。いったい俺たちが魔族に何したってんだ。
「なんか現実感なくて」
「真面目に考えんか、この、ばっ、このっ馬鹿たれっ!」
テーブルをひっくり返しかねない
ちなみにこの場に、ズィビィーシヤ博士はいない。卒倒して奥の小部屋で横になっている。
「まさか、承諾したんじゃないだろうな!?」
「したつもりはないですが、しなかったら殺すと言われまして、しました」
「そ、そうか。よかった。いやよくなぁいっ!」
肩で息をしながら叫ぶものの、さしあたり着席してくれる。
俺も、ちょっと落ち着いてきた。言い換えると虚勢のメッキが剥がれつつあった。
「だって……好奇心で
やばい泣きそう。
なんで俺だけこんな異世界? おうちにかえして。
「……え、言うて現実、人間を滅ぼすって、可能なんですか?」
「ニンゲンの生息区域って魔族に隔離されて管理されてるからそれらをいっぺんにアレすれば理屈としては」
「ヴォーダン、あんた黙って」
「すみません姉上」
「……まあ
あらー。
「……秘書殿はこのことを?」
「私は陛下の御付きの者ではないので……、ニンゲンに関するものであることは把握しておりましたけれど、その、オーハル殿をご
「うう、ん、そうか……指導教官が誰だか知らんが、少なくとも今の時期なら、研究計画書の提出と口頭試問は終わっとるはずだ。つまりその、ニンゲンを絶滅に追いやるのは現実的に可能だと、加えて現実の政治経済に支障をもたらすものではないと、〈学園〉の連中も、周りの臣下もそう思っているのか……おい泣くな、しっかりしろ!」
*
「とにかく私たちは反対だから」
余談だが、アライグマは寄生虫持ちの害獣である。見かけてもさわらないで、すぐに保健所に通報しようね。
「とにかく、私たちは反対だから。ね?」
「もちろんだとも! そのような非倫理的な暴虐、いくら魔族といえど赦されるはずがない!」
マジに
「あの」
「なんだね」
「僕が言ったわけじゃないですけど、こんな意見もあるみたいです。仮に人間を滅ぼしたとしても、おふたりの研究対象の個体だけ生き返らせれば――」
「誰が言ったの? 角は生やしてた? 蹄は?」
怒濤の勢いで問い
言ったやつのほうを向かなかったのは、ひとえに友情の
*
人類を滅ぼすだなんて、そんな非道は赦されない。そのようなことはぜひとも、防がなくちゃならない。
収拾がつかないにもほどがあるので、上記の点だけ合意を取り、さっさと場を辞することにした。
自分の発言であそこまで場が荒れてしまったわけで、悪意があったわけじゃないにせよ、反省はしている。
少なくとも、良識的な魔族もいることは肝に銘じておきたい。たとえ息子の遺体を博物館に提示しているのだとしても。
「ありがとな、味方に引き合わせてくれて」
例の下水道魔方陣通路を往復して戻ってきた俺たちは、例のベッドしかない保健室みたいな部屋で、反省会をひらいていた。
といっても俺のほうは、すでに反省を済ませている。今度は友だちの番だ。
さきほどから似たような嫌味で、ド詰めさせていただいております。
「いやあ助かったよ、ほんと。こっちに来てから初めて助けられたな」
「ああ、そうね……」
顔面から扉にもたれかかる後ろ姿は、心なしか、やつれている。
かわいそうね。でもド詰め続行。
「いーんじゃない? 大椴くんとしてもさぁ、俺という人材を見つけてきたってことでぇ、おエラい魔族さんたちからお引き立てを得られるわけでしょぉ? よかったねぇ。出世おめでとぉ」
「お引き立てどころじゃねえよ! なんでこんなことに……このことが陛下のお耳に入ったら……やべえ吐きそ……」
それは困る。ここは俺の部屋だ。
「言っとくけど、お前が陛下のご意思に背く考えの持ち主ってことは、絶対に秘密だからな!
「お前が?」
「……おれがいなくなったら、どうする気だよ?」
ふりむいた困り顔と目が合った。
口調は弁解や
*
ひとりきりに戻ると、何とはなしに、あのときの友だちの饒舌を思い出した。
葉擦れの音、草いきれ、葉脈を透かす陽光、大樹の古い幹に、手のひらを置いたときの肌ざわり。
「雄弁は銀、沈黙は金」
そんなことわざが、ふと口をついて出る。
昔のひとは上手いことを言ったものだ。しかし疑問が残る。饒舌と沈黙の狭間、ぽつりとしたつぶやきというのは、どのような金属に喩えればいいのだろう?
――殺すか
あのさりげない、いきなり出くわした重みを、俺はどう取り扱えばいい? その辺に捨てるか宝箱にしまっておくか、さもなくばポケットにねじこんで、見ないふりをすべきか?
あいつは友だちだ。
何度も自分に言い聞かせてから、誰もいない、月も星も見えない部屋の天井を見上げ、こっそりあくびをしてみた。
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