ヅリプジァとコンタパチカ

 その後、引き続き館内で見せられた資料とやらは、ニンゲンの武具ぶぐ、狩猟道具、腰蓑こしみの、爪、指、脳、胃、心臓、肝臓、腎臓、膵臓、脾臓、性器、排泄物、尻尾などなど、多岐に渡った。

 尻尾は昔、ブルカニア博士がとある商人から二束三文にそくさんもんで購入したものらしい。河童のミイラみたいなもんか?

 武具のコーナーには、トドが持ってきた矢も展示するとのこと。



 ひとしきり、といっても体感で2時間程度にわたる長丁場ながちょうばの説明を受けてから、上階のがらんどうな広間で、昼飯のもてなしを受けることとなった。

 私室に案内されるのかと思いきや、居間でもなんでもない、ただっ広いスペースに連れ出される。真っ白な壁紙からは糊の匂いがした。


 姉弟きょうだいと協力して、スタバの屋外にあるような簡易式のテーブルをセットしていると、奥にひっこんだ夫妻が料理と飲み物を持ってきてくれた。見た目はホットサンドや、サラダや、冷製ポタージュのような食べ物だ。

 俺たちは炭酸水でご夫妻は酒。

 興味をひかれたが、ほろ酔いでの帰還はまずいのであきらめる。


「今日は楽しんでいただけたかな?」


 自信たっぷりな顔で、博士は俺に問いかける。さきほどから標的にされている気がするが、気のせいだと願いたい。

 無言でうなずくと、我が意を得たりとばかりに、向こうも深くうなずく。


「そうであればありがたい。まさか異界のひとに見せることになるとは思わなんだ、少しばかり緊張していたのだ」


 有田焼のような陶器に注いだ、甘酸っぱい香りのただよう果実酒をぐいと飲み干すと、間髪かんぱつ入れず啖呵たんかを切る。


「ニンゲンなんぞに文化などあってたまるかと吠え立てる者もおるが、儂に言わせればそのような輩こそ、文化の何たるかを知らん。見よ、フミ殿を! 畏れ多くも陛下に教えを垂れんがために喚ばれた者を前に、まだそのような戯言をぬかす者がいると? そのようなたわけこそ、無知蒙昧むちもうまいなる獣に違いないわ!」


 文字通り毛羽立つ頬が、うっすらと紅潮こうちょうしている。

 いきなり大声を出すな。うるさい。


「飲みすぎじゃない? まだお昼でしょ」


「なーにを言うか、飲まずにやらいでか! ズィズィも飲め、どうせこの者ら以外に客など来やせんしな、うははは!」


 ウルトラご機嫌がよろしいようで、けっこうなことだ。

 ほめられたが、喚ばれた理由はあなたの研究対象を滅ぼすためです、とは言えない。喜ぶどころか胃が痛い。それに排泄物を見た直後なので食欲がわかない。

 とりあえず愛想笑いを浮かべて、平和な会話の聞き役に徹する。


「そのヅリプジァは儂が作ったんだ、手慰てなぐさみに料理を覚えてな」


「なるほど、こいつは少々塩辛いと思えばそういう理屈でしたか。いやあ、これは一本取られました」


「あらごめんなさい!……ニオ、あなたコンシィフィエと間違えてコンタパチカを開けたでしょう」


「うん、そうだ。よくわかったな」


「わかったなじゃなくて、コンタパチカは水にさらして塩抜きしないとダメってこの前教えたでしょ? あー恥ずかしい! しょっぱいと思ったら……」


「でも美味しいですよ。そのお年で新しいことをお始めになるなんて、若輩者としては見習わなくてはなりませんね」


「もう秘書さん、このひとを甘やかさないでちょうだい」


「いーや、今日だけは存分に甘やかしてもらうぞっ!」


「はは、酔っておられますなあ……、おいフミ」


 トドがテーブルの下で膝をぶつけてくる。

 ぼそぼそと小声でしゃべりかけてくるので、聞き取るのがやっとだ。


「もっと自分から話せよ。合コンだと思って」


 思えてたまるか。

 脚をよけるが、布越しのもっさりした感触に追いかけられ、それでも逃れているとブルカニア博士の左脚に当たった。途端にアルコールで弛緩した視線が、こちらに移る。

 舌打ちしかけるのをこらえると、なぜか少女の弛緩した破顔はがんが脳裏に浮かぶ。

 邪念を振り払って、媚態びたいたっぷりの声でたずねた。


「その、おふたりだけだと大変じゃないですか?」


 たずねてから、いかん、と思い直す。

 ここは王立の建物、つまり人事も王族の意向が絡んだものに違いない。これではあのふたりを遠まわしに非難しているのと同じだ。


「あの、いやつまりですね、おふたりはこれまで苦労を重ねてこられたんだろうなとかそういう意味で言ったんであってだからその」


「わかっとるから、それ以上弁解せんでいい」


 自分の作ったホットサンド(ヅリプジァと称する)をかじりながら、真顔に戻った博士は鼻を鳴らす。


「どこの王立博物館が、まともな学芸員のひとりも雇わず、研究職に運営を丸投げするというんだ。そりゃ殿下のお気持ちも察するが……」


 酔っ払い然としてくだを巻くが、俺相手に巻かれても困る。

 ひとまずへらへらしておくが、自分からは何も述べない。同調ついでに余計なことを口走るのはまずい。


「確かにこれじゃあ、いつまで経っても一般公開に踏み切れないしね」


 ズィビィーシヤ博士もうれうように嘆いて、ポタージュをすする。俺も、神妙な顔を繕いつつ、同じものをすすってみる。

 豆乳をしたような食感で、わずかに柑橘類かんきつるいの香味がある。

 具が入っているわけでもなく、いやに素朴なのだが、だからこそもてなされているのだと実感できる、そういう種類の食べ物だった。


「失礼ですが、本当に両博士だけで?」


 自分の食事を平らげたお姉さんは、だしぬけにそうたずねる。見かけによらず健啖家けんたんかだ。


「ひとりも雇わずというのは語弊ごへいがありますね。私は学芸員の資格も持っておりますから」


 ズィビィーシヤ博士の言葉に納得していると、ブルカニア博士がふたたび鼻を鳴らす。鼻息も酒臭い。


「儂は、拒んだのだがな」


「ご勅命ちょくめいを?」


 信じられないというようにトドが瞠目どうもくした。


「そりゃそうだ。専門に資料を扱える者がおらねばどうにもならんと、ちゃーんと抗議したぞ、な。そうしたら彼女が呼ばれて……」


「当時は、異界への留学試験のための講師をしていたんです」


 ズィビィーシヤ博士が俺に笑いかける。

 。愛想笑いで返しながら黒毛くんを一瞥すると、獣の口の動きだけで、そーゆーこと、と語りかけてくる。ついでにウィンクもしてくれた。

 なるほどね。ですか、あなたの出自は。


「このような立場を拝命してからは、そちらの職は辞させていただきましたが」


「ああ、その節はすまなかったな……まったく、話が上手く転がるときは転がるもんだ」


「皮肉なことにね」


 博士たちはそれぞれの口角に(片方はくちばしだが)、皺を寄せて溜息をつく。

 まるでいい評判のない、文明のレベルが異様に低い愚劣な生き物たちを相手取ってきた人生というか魔族生には、それなりの苦労が偲ばれた。


 言うべきことを見失い、食べる気もなかったヅリプジァをかじる。

 肉を想定していたが、具の噛み応えは魚に近い。水茄子のような繊維質の野菜も挟まれている。温められた汁が舌先にこぼれ、かすかな苦味と青臭さを感じた。

 しょっぱいというほどのこともない。


「おいしいですね」


 ふたりの疲れが気にかかり、頬張りながら、どうにか口にしていた。

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