お姉さんと非常口
ところで話は変わるけど、友だちの
具志堅用高が好例だが、沖縄のひとたちは(あくまで本土の人間からすると)めずらしい姓を持っていることが多いわけで。
今となってはこの、雑すぎる推論のすべては誤りだと判明したわけだが、そんなことはどうでもよろしい。
ひとは誰しも、
ならば失われたものを嘆くより、未来の希望を
何が言いたいのかというと、トドのお姉さんは美人だ。
あれは、俺がブラック教職に疲弊していた頃。
日夜送られてくる友人の写真には、南国という地理条件を無視した、紛れもない色白の秋田美人が映り込むことがあった。
弟の覇気に欠ける、目もとの垂れ下がったマヌケ面が隣にあるおかげで、ほがらかな微笑みと、にも関わらずの
そりゃ惚れますわ。
弟くんに打ち明けるつもりはないにせよ、機会があれば連絡先を交換したい程度には、好きになってしまう、純朴なわたくしでした。
いや、ね。そりゃあ、真木よう子とお姉さんから同時に告白されたら、真木よう子。でもさ、池田エライザとだったら……
いや悪くないよ? 池田エライザ、悪くない。でも日本は一夫一妻制だからさ~、どっちか選べってなったら……
みたいなテンションでお会いしたところ、お姉さんは真木よう子や池田エライザより、紀州犬に似ていた。
なるほど。見た目がすべてじゃないが、こいつは強敵だ。
*
お姉さんとお会いしたのは、入り口を抜けたところのエントランスだ。ちょっとした丸天井になっていて、採光用の窓もないのに
足元の絨毯には紋章が描かれている。アライグマの女性のブローチと同じデザインだ。
その奥には殺風景な廊下が伸びていて、窓のない左右の壁には絵画が飾られていた。
私的な収集品というより、展示物の一環のように見える。
こちらの世界の人間が描いた絵、ということになるのだろうか?
「お初にお目にかかります。アンネと申します。
「お、大春です。どうも、……よろしくお願いします」
アンネ。人間的なお名前ですね。可能であれば一度、人間の姿になっていただけないでしょうか? そのほうが話しやすいので。
このような、異常に紳士的な文面に脳内保存をかけてから、俺は黒毛の弟くんと、なんとかと名乗ったフクロウをチラ見した。
「遅かったね」
お姉さんに問いかけられた弟くんは、問い詰められたわけでもないのに、兵隊のようにすばやく頭を下げると、
「武具の収集に手間取りまして」
などと、フクロウをチラ見しながら言う。
「あーそういうこと。ご苦労さま」
「もったいなきお言葉」
お前誰?
という口調で、さっきまでの牙を剥き出すやつじゃない、口角を上品に持ち上げる微笑を浮かべて答えている。
こんな言葉づかいで姉貴に話しかける弟というのは、はたして一般的なのだろうか。てかお前誰だよ。
逆にお姉さんの口調はトドに似ている。あー、って感じでやる気なさげに返事を切り出すところとか。
やめてくれ、俺のお姉さんが
まったく世も末である。
「そうだ、自己紹介の途中でしたね。手前味噌ながら、宮廷にて行政秘書の末席を賜わっております」
「ええ、と、僕は」
「姉上、こやつは偉大なる魔王陛下の宮廷教師を」
おいお前が答えんな! せっかくの会話のチャンスが!
「うん知ってる。殺ったのあなただし」
「はは、これは失敬」
トドはイヌ科特有に傾斜の激しい額を、ぺしりと自分で叩く。
んで誰でしょう、さきほどから俺を凝視しておる、このフクロウのおじいさんは。
*
おじいさんは俺やトドより、アライグマの博士より小さい。腕には体毛ではなく、鳥類の羽がもっさりと生え揃う。理知的な
そこまではいい。問題は服装だ。緑地に白の水玉模様なポロシャツを、モスグリーンのサスペンダーにIN。緑に緑に白、まるで非常口。全体の骨格は人間に近いので、珍妙さがグレードアップしていた。
珍妙さに気づいてしまった結果、チラ見がガン見になってしまう。向こうもこちらをガン見している。
と思ったら急に喉をふるわせた。
「素晴らしいっ!」
ほんっと唐突に、翼をひろげて天に向かって吼える。びっくりしたあ。
「これが異界のニンゲン……なんと仕立てのいい服! ああ、文明ッ!」
わけのわからない褒め
どうやら泣いていた。鼻声になったと思ったら号泣していて、大きなシミが襟元にいくつも浮かび上がる。鼻水も垂れっぱなし。
感情の起伏が豊かだが、大麻でも吸っているのだろうか?
「今日は、なんと
大げさな身振りとともにアライグマのおばさんを抱き締めて、おっさんは相変わらず
と、おじいさんは前触れなく、鳥類特有の
こちらを凝視する
おじいさんはゆっくりと
「君、君はまことに、われら魔の者にとっての
その光明は窒息しそうだし、首が折れそうだ。
「ああ、まったく異界というやつは……素晴らしいぞっ、これで、これでようやく、
あなたが俺の知らない俺の価値とやらを理解しているなら、手を放してくれないかしら。死んでしまいます。
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