30.春の大型アップデート

「わー、ぱちぱちぱち」


 葉月さんがそんな気の抜けた声を出す。

 それにしても、アップデート内容の確認か……。


「アップデートについての話って公開されてましたっけ?」

「木場君、君は本当に自分の興味がない方面には疎いな」


 三海先輩に呆れられてしまった。

 解せん。


「琉斗君、アップデート内容は今日の午後三時から公開だったんだよ!」

「そうなんだ。……初めて知った」

「一週間くらい前から告知は出てたぞ? ……って、その頃には琉斗は大忙しだったよな」


 一週間前か……。

 その頃にはユニーク装備の生産でてんてこ舞いだったな。


「まあ、いいじゃない! それよりも早速アップデート内容を確認してみようよ!」

「それもそうだな。さて、今回はどんな強敵が追加されているか……」

「三海先輩、嬉しそうだねー。私も興味あるけど」

「俺らも強くなったし、やっぱり強敵の追加は嬉しいよな」

「そうっすね。皆さんのおかげで、俺も戦闘レベルカンストできましたし」


 それぞれ異口同音に、新しいモンスターを期待している。

 俺の場合はちょっと違うけど。


「新しいモンスターか……新しい装備も追加されるんだろうな」

「琉斗は本当に生産のことばっかだな」

「そうでもないと、生産廃人なんてやってられないよ」

「まあまあ、いいではないか。それより、確認が先決だ」

「そっすね、三海先輩。さて、どうなっているのかな……?」


 全員がそれぞれの携帯端末で《Braves Beat》の公式サイトにアクセスする。

 そこには、お目当てのアップデート内容について書かれたページが追加されていた。


「おっ、ここだな……ってめっちゃある。琉斗、普段はこんなにあるのか?」

「いや、こんなに多いことはいままでなかったな。丸一日をメンテナンスに費やすんだから、これだけの量なのも当然……なのかな?」

「ふむ、私もこれだけの内容があるとは思わなかった。ともかく、ひとつずつ読んでいこうか」

「そうだな。……最初は戦闘関連か」


 アップデート内容は、いろいろと分かれているが……とりあえず俺も戦闘関連から見ていきますか。


「ふむ、まずは各種スキルの調整か。……弓は少々強化だな」

「メイスは小回りが利くようになった感じだねー。盾はー、うん、強化だね」

「よっしゃ、片手剣のスキルはかなり強化されてるぜ!」

「いいなー。細剣関係はあまり変わってないよ。和也君は?」

「両手剣も微調整ってとこだな。琉斗、お前はどうなんだよ?」


 調整内容に一喜一憂する皆。

 さて、俺のメインウェポンである刀は、と……。


「……かなり強化されてるな。各種スキルのモーションサポートが強化されてる。ダメージ倍率も少しアップかな」

「お前にとって、モーションサポートの強化って嬉しいんじゃないの?」

「……どうだろうな。体が無理矢理引っぱられるから、あまり好きじゃないんだけど」


 モーションサポートがあれば、誰でもある程度はその武器を扱えるようになる。

 ただし、重要なのは『ある程度』という点で、モーションサポートに頼りきりだとクリティカル狙いの攻撃などは難しくなってしまう。

 純粋にその武器を扱えるプレイヤーは、俺みたいに無理矢理修正されるのを嫌ってモーションサポートをオフにしているらしいし。


「そうか、一長一短って感じなんだな」

「だな。スキルの威力が上がったのは嬉しいが……滅多に狩りなんていかないしな」

「私たちが連れ出しているよね?」

「その時だってサポートがメインで、自分から攻撃にいくことは少ないだろう?」

「ふむ、それもそうだな」


 皆に納得してもらえたところで次だ。

 スキル周りのアップデートだが……。


「ほう、メインスキル関係はレベルキャップが50から55に上昇か」

「そうみたいだねー。まずは、レベル上げをしなきゃだねー」


 三海先輩たちが話しているように、いままでレベル50が限界だったスキルがレベル55まで上げられるようになるようだ。

 これは戦闘スキルばかりではなく、生産スキルも一律に引き上げられるらしい。


「これは、メンテナンスが終わったら鍛冶を鍛えないと!」

「お前はそればっかだな、琉斗。ほかのスキルはどうするよ?」

「それは後回しだな。……というか、俺が鍛冶を鍛えないと、新しい装備が作れない可能性もあるぞ?」

「それは大問題だね! 私も素材集めを手伝うから、レベル上げ頑張ろう!」


 装備コレクターな葉月さんにとっても、装備が作成できるかどうかは大事な問題のようだ。

 ゲーム同好会の面々は集中的なスキルトレーニングの結果、【解体】スキルのレベルが6まで上がっている。

 【解体】がレベル6もあれば、たいていのモンスターから高品質素材を入手できるので、全員頑張ったらしい。


「ほかにも、アップデートされているものがあるが……細かいところは各自で確認がいいだろう」

「だな。自分のスキルを確認したほうがよさそうだ。……量が半端じゃないからな」


 絢斗先輩の言う通り、スキルのアップデート内容は多すぎる。

 全員で確認するよりも、個人で自分のスキルを見ておいたほうがいいだろう。


「さて、次は……アイテム関連か」

「あ! 新しい装備が追加だって!」

「モンスターも追加されるし、装備も追加されるだろうな」


 追加される装備について、一部が公開されているが……なかなか凝った意匠の装備ばかりだ。

 これは作るのが楽しみだぞ。


「……おい、琉斗。生産の仕様変更があるみたいだぞ」

「なに? ……ユニーク装備の生産時間を短縮、か。要望を送りつけていた甲斐があったな」

「そんなことしてたのかよ……」

「さすがに装備ひとつに二時間とか三時間、下手すりゃ六時間はきつい」

「……確かにきつそうだ」


 皆で要望を送っただけあって生産工程が大幅に短縮されるらしい。

 これで、ユニーク装備を作るための障害がひとつ取り除かれたな。


「お、琉斗。ユニーク素材のプレイヤー間取引もできるようになるらしいぞ」

「本当ですか!? それはいろいろ助かる!」

「俺たちとしても助かるからな。これは嬉しいアップデートだ」


 もうひとつ出していた要望、ユニーク素材の取引についても緩和されたらしい。

 内容を確認すると、通常素材と同じように取引ができるようになったようだ。

 ただし、ほかのプレイヤーにユニーク素材を渡すときは、一定以上のGを受け取らなければいけないらしく、初心者が簡単に素材を入手できるわけではないみたいである。

 ……ただ、この仕様も抜け道はあるけどね。


「……このユニーク素材の取引制限、初心者が簡単に入手できる素材を高値で渡して現金を集めれば意味がないんじゃ?」

「いや、そんなことはないみたいだぞ、木場君。それ以外の通常素材や装備品にも、設定できる取引金額の上限と下限が設定されたようだ。安いアイテムを高値で渡すことはできなくなったらしい」


 なるほど、でもこの仕様ってどうなんだろうな?


「ふーん、でもそうなると、初心者に上質な装備を渡せなくなるんじゃね? 初心者支援はどうするよ?」

「いい着眼点だな、絢斗。初級レベルの装備品には取引下限はないらしい。無償で渡すことは可能なようだ。……現金を渡すには制限がかかっているようだがね」


 やっぱりこのアップデートは一長一短か。

 ボッタクリや安すぎる取引はできない反面、初心者支援にも響くと。

 このあたりは、この先も修正がかかっていくんだろうな。


「さて、アイテム周りもこのくらいか。最後はシステム関連だが」

「……おぉ、遂にギルドシステムが実装か!」


 ギルドシステム、要するに仲のいいプレイヤー同士が集まってひとつの集団として活動するためのシステムだ。

 いままで《Braves Beat》には実装されていなかったが、今回のアップデートで実装されるらしい。


「ギルドかー、どんな感じなんだろう?」

「そこはギルドを作ってみればわかるだろう。……ギルドを作るためのクエスト、と言うのが気になるがね」

「それもそうですね、三海先輩。あー、楽しみだなー」


 葉月さんはギルド実装が待ちきれない様子。

 ……さて、俺はどうしたものかな。


「せっかくですし、ギルドが作れるようになったらこの皆ゲーム同好会でギルドを作りましょう!」

「ふむ、それもいいな」

「いいかもねー。私も頑張っちゃおう」


 なんだか、ギルドの話で盛り上がってきたが。

 ……あ、メールの着信だ。

 差出人は、若様か。


「ねえ、琉斗君も一緒にギルドを作ろうよ!」

「……あー、ゴメン。俺はパスだ。知り合いの職人仲間でギルドを作るらしい。そっちのほうが優先、かな」

「えー……」

「まあ、そういうことなら仕方ないだろ、葉月。別にゲーム内で会えなくなるわけじゃないんだからよ」

「でもぉ」


 葉月さんには悪いけど、ヘファイストスがギルドとして活動するならそっちに参加しないとな。

 ゲーム開始当初からいろいろ支援してもらったし、恩返しはしないと。


「……ふむ、盛り上がっているところ悪いが。木場君、所属したいギルドはその職人仲間のところだけかね?」

「はい、そうですけど」


 三海先輩が確認してきたけど、なにかあるのかな?


「ならば問題ないな。ギルドは三つまで参加できるようだ。メインはその職人仲間のところであっても、私たちのギルドに参加できないわけではないらしい」

「そういうことなら大丈夫そうですね。ギルドが結成できたら教えてください」

「やったぁ! これで全員集合だね!」


 三つあるらしいギルド枠をひとつ消費することになったけど……葉月さんが喜んでいるし、まあ、いいか。

 ここで断ると、あとから文句を言われそうだし。

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