2.鍛冶士の日常

本日3話公開の2話目

前話をお読みでない方はそちらからどうぞ


次話は19時ごろ公開です


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「おーい、エイトのダンナ、いるかい?」


 工房の店舗部分から俺を呼ぶ声が聞こえた。

 丁度休憩しているところだったし、出ることにするか。


「ああ、いるぞ。休憩中だったし特に問題もない。なにか用か?」


 店舗に来ていた男は、すでに何度も注文を受けたことがある馴染みの客だった。

 ……一見さんお断りじゃないが、奥まった場所にあるので、新規の客がたどりつけるのは非常に珍しいことだけどね。


「相変わらずぶっきらぼうだねぇ。ま、そこもRPってね。……で、ダンナにお願いしたいんだけど、ワイバーン装備って作れるかい?」


 ワイバーン……このゲBravesーム Beatでは中級者が上級に上がるときの関門とされているモンスターだ。

 基本的に空中を飛び回っているから攻撃もしにくいし、尻尾の針には毒がある。

 あまり長時間飛び続けられないという習性を利用して、地面に降りたきたところを攻撃するのがセオリーだ。

 あとは、翼膜を破壊して飛行できなくするという作戦もあるのだけど、そっちは非推奨な戦い方とされている。


「ワイバーン装備ね、できるよ。素材は持ち込みだけど」

「よっしゃ! 素材はこんだけ集めてきたぜ。これでなにができる?」


 机の上に並べられたのは、ワイバーンの角や骨、ウロコ、翼膜、皮といった素材たちだった。

 ただ、惜しむらくはワイバーンの尾棘がひとつもないことか。


「……そうだな、メイン武器ってなにを使っているんだっけ?」

「双剣だな。扱いにくいって言われ続けてるけど、両手の剣でスパスパ敵を切り刻むのは楽しいぞ」

「……俺は、戦闘スキルをほとんど上げてないからその辺はわからないけど。とりあえず、この素材なら『飛蜥蜴の双剣』は作れるな。『ワイバーンの双剣』にしたかったら、『ワイバーンの尾棘』を四つ集めてくることだ」

「……マジか。尾棘って必要なさそうだから、パーティメンバーに全部譲っちまった」


 これもよくある話だな。

 手に入れた素材を分配するとき、作りたい装備に必要な素材を覚えていないと素材不足になるという。

 ……まあ、素材を狩りに行けるなら特に問題になることでもないけど。


「あー、ちっくしょー。二時間前の俺に尾棘を手放すなと言いたい!」

「その辺は自力でなんとかしてくれ。……それで、双剣はどうするんだ?」

「ダンナ、あとから『ワイバーンの双剣』にアップグレードってできる?」

「可能だぞ。少しウロコが足りてないけど、尾棘を狩りに行くならウロコも補充できるだろ」

「マジ助かるわ。ダンナ、ぶっきらぼうだけど面倒見は良いからな」

「おだててもなにも出ないぞ。それで、『飛蜥蜴の双剣』は作っていいんだな?」

「頼んだ! 作製費用はどれくらいだ?」


 費用か……。

 最近ワイバーン装備って作ってないから相場がわからないんだよな。


「そうだな……『飛蜥蜴の双剣』を作るのに一万Gゴールド、『ワイバーンの双剣』にアップグレードするのに二万Gってところかな」

「お、それでいいの!? 最近だとワイバーン装備って値段が上がってて、『飛蜥蜴の双剣』でも市場で買ったら五万はするのに」

「値上げしてほしいなら値上げするけど?」

「いえ、そのままの値段がいいです」


 思ったよりも値段が上がっているようだが、俺にとっては問題ない。

 材料は持ち込みだから材料費は存在しないし、鍛冶道具だってほとんど自分で作製している。

 よっぽど高難易度になる鍛冶道具は専門の職人に頼むけど。

 このゲームのサービス開始からずっと【鍛冶】スキルを鍛え、スキルマスター済みなのは伊達じゃない。

 ……俺が、スキルマスターをしている事実を知っている人間はごくわずかな同業者くらいだけどね。


「それで、双剣ってどれくらいの時間でできる?」

「そうだな……いまは急ぎの作業も入ってないし、一時間もあれば完成していると思うぞ」

「わかった! それじゃ一時間後に!」


 作製費用として提示した、一万Gを置き残し男は工房から出て行った。

 これからまたワイバーンを狩ってくるのだろうか。


「……ま、そこまで面倒をみるつもりもないけどね。俺は俺の仕事をするとしよう」


 急ぎの依頼は入ってないけど、作製依頼自体はいくつか請けている。

 早めに『飛蜥蜴の双剣』を作って、ほかの作業の時間をとることにしよう。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「すみません、遅くなりました、ダンナ!」

「本当に遅かったな。なにがあった?」


 さっきの男が飛び出して行ってから、すでに三時間が経過していた。

 注文された品はとっくにできあがっており、取りに来ないのか心配になってメールを送ろうか悩んでいたところだった。


「本当にすみません。パーティ募集をしてワイバーンを倒してたんだが、そこでトラブルに遭ってしまって」

「トラブル?」

「まあ、よくあるアイテム分配での揉め事だよ。特に今回はワイバーンの倒し方がひどかったんでなおさらだったがね」

「倒し方がひどかったって……ああ、翼を撃ち抜いたのか」

「ああ、おかげで素材の品質は下がるわ翼膜が入手できないわで……一言で言って散々だったよ」


 それはご愁傷様。

 野良パーティだとこう言うこともたまにあるからね。

 俺は狩りに行かないからそんなことないんだけど。


「それで、結局どうすることにしたんだ?」

「大もめに揉めたんでな……結局、翼を破壊したヤツに一匹分の素材を丸々引き渡してパーティから抜けてもらい、ほかのメンバーで残りのワイバーンを狩ってきたよ。……解体はまだしてないが」

「なんだ、解体しないで持ってきたのか?」

「まあな。あんなトラブルがあった直後じゃ、解体してアイテム分配って気分にも慣れなくてよ。参加人数分のワイバーンを用意して持ち帰ってきたよ」


 このゲームでモンスターから素材を得るには『剥ぎ取り』という作業が必要だ。

 剥ぎ取りといっても、実際に解体するわけではなく『解体ナイフ』というアイテムを倒したモンスターに突き刺すだけで済む。

 それを一定数繰り返すことで、パーティメンバーにも素材が行き渡る、そういう仕組みとなっている。

 ちなみに、誰がどんな素材を手に入れたかはわからない仕様となっているが、たいていはその場で交換するため、自分が絶対に確保しておきたい素材以外は仲間にも教えるのが普通……と、俺のところにくる客から聞いた。


 さて、剥ぎ取りシステムについては以上だが、モンスターを倒したあととれる行動はもうひとつある。

 それは『モンスターの死骸をそのまま持ち帰る』ことだ。

 モンスターの素材については剥ぎ取り一回につきパーティメンバーそれぞれが一個の素材を手に入れることができる。

 この剥ぎ取り回数は【解体】スキルのスキルレベルや、解体ナイフの品質で変わってくる。

 つまり、高スキルランクかつ高品質ナイフで剥ぎ取りをすれば、素材が多く手に入るというわけだ。


「ダンナって解体も引き受けてくれたよな。金は払うんでお願いできるか?」

「いいだろう。代金は五千Gな」

「わかった。……それじゃ、これ、お願いするぜ」


 男はインベントリからワイバーンの死骸を取り出す。

 ……っていうか、ワイバーンはそれなりに巨大なんだから、店舗部で取り出されても困るんだけど。


「バカ、ここで出すな! 解体部屋が用意してあるから、そっちで解体するぞ」

「あ、すまん。それじゃあ、そっちでまた出すよ」


 男がワイバーンをしまったことを確認して、俺は男を伴い地下にある解体スペースに移動する。

 そこで男とパーティを組み、作業台の上にワイバーンを出してもらう。


「……さて、それじゃ解体を始めるぞ」

「ああ、よろしく」

「まあ、ナイフを何回か刺すだけの簡単なお仕事だけど」

「……それを言ったらおしまいだな」


 のんびりおしゃべりをしている場合でもないので、サクッと解体を始めてしまう。

 俺はインベントリから緑色の解体ナイフを取り出すと、サクッとワイバーンの死骸に突き刺す。

 すると、ナイフの上にゲージが表示され、そのゲージが一杯になると一回の剥ぎ取りが完了となるわけだ。

 ……さて、のんびり刺してる間に、一回目の剥ぎ取りが終わりそうだ。

 一回目の剥ぎ取り成果は、翼膜に尾棘、ウロコか。

 悪くないね。


「ちょ、エイトのダンナ! なんで剥ぎ取り一回で複数のアイテムが手に入るんだよ!?」

「知らないのか? 【解体】スキルが一定レベル以上かつ特別なナイフを使って解体すると、一回の剥ぎ取りで複数のアイテムが手に入るんだぜ?」

「そんなの初めて聞いたぞ!」

「じゃあ、とりあえず、いま覚えていくといい。上位の素材を狙うときは、この方法を採れるかどうかで素材の入手量が段違いだから」


 説明している間にも剥ぎ取り作業は行い、二回目の剥ぎとりが完了した。

 このワイバーンからは残り五回くらいは剥ぎ取りができそうだ。

 さくさく剥ぎ取らせてもらおう。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「今日はいろいろと助かったぜ。おかげで『ワイバーンの双剣』もゲットできたし」

「それは重畳。ほかにも作りたい装備があったら、言ってくれ。素材持ち込みなら歓迎だ」

「今度はワイバーンの鎧を発注しにきますよ。それじゃまた!」


 男は上機嫌で店のドアを開ける。

 すると……。


「わきゃッ!!」


 ドアの向こうから少女が倒れ込んできた。

 ……顔面から床にダイブしたけど大丈夫か?


「うーん、いたたた……」

「大丈夫か、嬢ちゃん?」

「あ、大丈夫です。ちょっとダメージ入っちゃったけど」


 ドアを開けたら店に転がり込んできた、珍客。

 果たして、どんな用事があるのやら。

 今日はいろいろと飽きない時間が続きそうだ。

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