3.仮面の鍛冶士

本日3話公開の3話目

前話をお読みでない方はそちらからどうぞ


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 さて、文字通り転がり込んできた少女だが……放っておいても話が進まない。

 用件を聞いてみるとするか。


「ようこそ、お嬢ちゃん。俺の工房になにか用かな」

「ああ、本当に仮面をしてる! 仮面の鍛冶士って本当にいたんだ!」


 ピョコンと音がしそうな勢いで立ち上がった少女が、いきなりそんなことを言ってきた。

 倒れてたときは気がつかなかったが、この少女、それなりに背が高い。

 見た感じ、170cmくらいはあるんじゃないかな。

 可愛らしい、整った顔立ちに薄いピンク――というか桜色――の髪をポニーテールにまとめている。

 装備は……可もなく不可もないという感じの革鎧。

 メイン武器は腰に下げているレイピアかな。


「……いきなり飛び込んできてなかなかの言い方だな」

「あ、すみません。珍しいものでつい……」

「確かに、ダンナの仮面は珍しいわな」

「うるさいぞ、ダン」


 先程、ワイバーンの双剣を渡した男……ダンをにらみつける。

 ダンはまったく気にした様子はないけど。


「ダンナ。アバターがカワイイ系なんだからにらみつけても恐くないぜ?」

「うっさい! 俺だって好きでこんなアバターにしたわけじゃないわ!」


 VRゲームのアバターはリアルの体格準拠になることが多い。

 《Braves Beat》でも身長はリアルから変更できなかった。

 なので、俺の身長は155cmほどしかない。

 ……ゲームの中くらいは高身長にしたいのに。

 なお、いまの俺の装備は長袖シャツに厚手のエプロン、腰にはさまざまな鍛冶道具が入ったサイドバッグにこれまた厚手のズボン、頭にはゴーグルという鍛冶作業仕様の服装である。

 仕事中は見た目など気にせず機能性重視の装備なのだ。

 ちなみに、左目の周囲を覆っている仮面はアバター装備扱いである。


「それでお嬢ちゃん、なんの用があってわざわざこんなところまできたんだ?」

「確かにな。シータサーバーの奥の奥にある工房なんて、知ってるやつしかこないぜ、普通」


 《Braves Beat》では、ゲーム内が『サーバー』の名前で区分けされている。

 これは、街や狩り場の混雑を防いだり、ハウジングなどの領域を増やすためらしい。

 通常最初にログインするのはアルファサーバー、そこからサーバーを移動して各サーバーへと移動できるのだ。

 そして、俺の工房があるのはシータサーバー。

 通称『職人街』と呼ばれる、生産職の集まるサーバーだ。


 そんなシータサーバーの一角に工房を構えているわけだが……俺の工房の場所ははっきり言ってわかりにくい。

 町外れの裏路地に入りさらに地下に降りて、という経路でようやくたどり着くような場所だ。

 この少女のような一見さんが案内なしでたどり着けるような、簡単な場所ではないんだけど……。


「本当ですよ。どうしてこんな辺鄙な場所に工房を構えてるんですか?」

「場所代が安かったからだけど。……それで、ご用件は?」

「あ、そうだった。いけないいけない」


 どうやら、ようやく本題に入ってくれるらしい。

 なんとなくだけど、少し疲れた。


「あの、ここでなら『赤妖精のレイピア』を作れるって聞いたんですけど、本当ですか?」

「は? 『赤妖精のレイピア』? あれってユニーク装備だろ?」


 このゲームでもアイテムにはいくつかの区分がある。

 その中でも大きな区分になっているのが『ユニークアイテム』だ。

 だが、『ユニーク』とは言ってもひとつしかないという訳ではない。

 特定のモンスターまたはクエストでのみ手に入るアイテム、という扱いだ。


 今回話題に出てきた『赤妖精のレイピア』もそんなユニークアイテムのひとつ。

 とあるダンジョンのボスとして出てくる『赤妖精ファイアピクシー』を倒したときのみ手に入るアイテムとされている。

 あとはダンジョン報酬でも出るらしいが、それは割愛でいいだろう。


「お嬢ちゃん、ユニークアイテムは基本作成できないからこそユニークアイテムなんだぜ?」

「それは知ってますけど、ここでならユニーク装備の生産もできるって話を聞いて……」

「そいつはどこで聞いたんだ? さすがにガセだろ?」

「ええっと、外部掲示板です」

「……さすがにそいつを信じるのは無理があるってもんだぜ。なあ、ダンナ」


 確かに、公式掲示板ならともかく、外部掲示板で書かれたないようを信じるというのは純粋すぎるだろう。

 いや、公式掲示板にガセネタがない、なんてことは言わないけど。


「……やれやれ、どっからそんな話が出たのやら」

「だよな。さすがにダンナでもユニーク装備を作るなんてできないよな」

「作れるぞ。で、素材はあるのか?」

「あ、はい! 赤妖精は周回してきたので、素材は揃ってると思います」

「……は、ちょっと待て! ダンナ、本当に生産できるのかよ!」

「ダン、うるさいぞ」


 ダンの気持ちはわからないでもない。

 ユニーク装備の生産ができるという話は、それだけ大きな問題なのだから。


「実際に作れるものは作れるんだから仕方がないだろう。勿論、条件はあるが」

「……さすが生産廃人のダンナだな。ちなみに、条件ってのは教えてもらえるのか?」

「いちおう、秘密にしておくことになってるから却下だ。それに、生産者じゃないお前が知っても仕方がないだろう?」

「……だな。ちなみに、ほかの赤妖精シリーズも作れたり?」

「するな。布装備は俺の管轄外だから無理だけど、金属装備と木工装備なら作れるぞ」

「お! ってことは、『赤妖精の双剣』も作れるのか!?」

「作れる。素材があればな」

「素材ってなんだ!?」


 ダンが勢いよく聞いてくる。

 ダンも赤妖精装備がほしかったのかね。


「ええと……『赤妖精の水晶』が六、『赤妖精の腕輪』が四、『赤妖精の羽』が二だな」

「……よっしゃ、ちょっと赤妖精周回に入って素材を集めてくる!」

「いってらー。……ああ、そうそう。生産で赤妖精シリーズを作れることは内緒な」

「わかったぜ! 速攻で素材を集めてくるから、作製は頼んだ!」


 勢いよく飛び出していったダンを見送り、目の前の少女と向き合う。


「お待たせ。割り込みが入ってすまなかったな」

「あ、いえ。……ユニーク装備の生産ってやっぱり秘密だったんですか?」

「もうしばらく秘密にしておく、って話になってるな。まあ、バレたのなら仕方ないけど」

「あはは……それで、『赤妖精のレイピア』って作ってもらえます?」

「素材が揃っていればな。素材を見せてくれ」

「はい。……持っている素材はこれだけです」


 少女が手持ちの素材をすべて見せてくれる。

 ……ふむ、レイピアを作るための素材は揃ってるな。

 だが……しかし。


「素材は揃っているけど、品質が低いな。これじゃあ、そんなに良質な装備にはならないぞ?」


 このゲームにおいて、装備や消耗品の効果は品質によって差が出てくる。

 品質はFからS+までの八段階で区分され、標準品質はCだ。

 装備品を作った場合、最低品質のFと最高品質のS+では性能が倍以上も違ってくる。


 さて、今回の依頼で持ってきた素材だが……品質はすべてD以下だ。

 品質Cの素材アイテムも混じってはいるが、レイピア作りでは使用しない。

 品質がいい素材を選別しても、Eランクの素材が過半数になってしまう。


「……やっぱり、素材ランクが低いですか?」

「低いな。レッドフェアリーは倒し方で素材ランクが変わるってことは聞いたことがない。【解体】スキルレベルがよほど低いか、そうでなければ低品質の解体ナイフを使ったか……まあ、どちらにしても素材ランクが低いことに差はないけどな」

「たぶん、スキルレベル不足が原因だと思います。解体ナイフは『銅の解体ナイフ』の品質Bを持っているので……」

「……レッドフェアリーの適正解体ナイフは鉄製のB以上だぞ?」

「あう……」


 どうやらどちらも足りていなかったようだ。

 後の祭りだし、これ以上この話をしても始まらないけど。


「……とりあえず、解体ナイフはもう少し品質のいいものを買うんだな。それで、この素材でレイピアを作っても構わないのか?」

「あ、作ってもらえるんですか?」

「素材はあるから、完成品の品質が低くても問題ないなら作るぞ。……ただし、製作費はもらうけど」

「おいくらですか?」

「そうだな……ユニーク装備だし十万Gってところか」

「あ、それくらいでいいんですね」

「もっとすると思ったか?」

「市場で『赤妖精のレイピア』を買おうとしたら、その数倍はとられますから……」


 やっぱり市場価格は高騰しているな。

 期間限定クエストじゃないから、時間が経てば安くなるだろうけど。


「素材から作るならこんなものだ。ユニーク装備を作るための素材はトレード不可になってるしな。それじゃあ、必要な素材はもらっておくぞ」

「はい、お願いします。どれくらい時間がかかりますか?」

「……だいたい二時間程度だな。ただ、いまからだと夕飯とかの時間を挟むから……夜九時くらいにまたきてもらえるか?」

「わかりました。それじゃあ、よろしくお願いします」

「ああ。……念のためフレンド登録をしておくぞ。俺はエイト、エイト=ダタラ。【仮面の鍛冶士】のほうが有名だろうけど」


 フレンド申請をするためには、お互いにフルネームを知っている必要がある。

 昔のゲームではそんな必要はなかったと聞くけど、最近のゲームはほとんどが互いに名乗りあってからじゃないとフレンド申請ができないらしい。


「私はレイ=リーフフィールドです」

「レイ=リーフフィールド、な。……よし、申請できた」

「あ、申請きました。承認っと」


 フレンドリストに目の前の少女、レイの名前が表示された。

 これでなにかあっても連絡は取れるだろう。


「それじゃよろしく、レイ。あとで取りにきてくれ」

「わかりました。よろしくお願いします、エイトさん」

「エイトって呼び捨てで構わんぞ。俺もこんな口調だしな」

「私もこういうプレイスタイルなので……」

「ま、強制はしないさ。俺はあまり夜遅くまでログインしてないから、今日中に受け取りたい場合は早めにきてくれよ」

「はい。それでは失礼します」


 工房から立ち去るレイを見送り、俺は素材を持って作業場へと向かう。

 ユニーク装備作りは細かい作業になるからな。

 集中してやらないと。

 ……時間的に、下処理しかできないけどさ。



////


明日は2話投稿予定

朝7時と19時予定です




~あとがきのあとがき~



ユニーク素材の取引は不可ですが、生産者が生産用素材として受け取ることはできます。

ただし、その場合は『~の素材』という風にロックがかかり、使い回しや依頼者以外への譲渡はできません。

……素材があるのに生産者にも渡せないとか、無価値じゃないですかヤダー。

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